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拾參

 冷泉院の春宮は椎柴(しいしば)喪衣(もぎぬ)を打ち着られ、帝が生前に建立された寺院へ向かわれた。其処が魂殿(たまどの)(*)であった。  先ん立って右大臣・滝原氏と左大臣・安原氏が服しておったが双方、春宮も涙は流れてはなかった。 「逝かれたか。」  春宮の冷たき物言いに聞こえた人々は色を失った。春宮はすでに時の者であると故故(ゆえゆえ)しく見ゆる。そばにおる春宮博の菅原広彦が押して眠る処まで春宮を導く。  春宮は歩きながら菅原に問われた。 「弥生とこうは滝原の嫡子を内裏まで運んだようだな。」 「ああ…鬼には慈悲をかけたとの報が弥生殿から。」 「広彦、貴様はあの穢れを(いと)わん鬼を未だ軽んじてる。慈悲をかけたように見せて、俺の時を阻むものをすべて消す手段を得ただけのことよ。」  広彦は身の毛がよだつ。顔色も声色も変わらぬ春宮がたりつられておる気がしていたからだ。 (弥生殿は若しやいまの羅生門の鬼さえも己の、春宮の傀儡(くぐつ)として…。) 「帝は流行病であったか。ならば荼毘にするのだろう。」 「(もがり)をしておっては、内裏も争を(こうむ)るやも…と滝原も安原も…朱雀院も。」 「そうか…、弥生、こう。切りは明朝だぞ。」  此処にはおらぬ弥生の君と康黄に春宮は命ず。  朱雀門の通りを隊を率いて歩く弥生の君、検非違使と共に陽明(ようめい)門の前で護りを固めた康黄は共に耳に手を添え、天を向き(いら)う。 「御意。」  その声と共に、弥生の君の背におった兵たちが次々と血を流した。悶ゆる間も無く、絶命。 「どうやら、鬼は不死身のようだな……。」  弥生の君はくつくつと笑いそろりと見返る。縹色の眼と弥生の君の闇の眼が交わる。 「最期に恋しいものと会う為に黄泉から還ってきたか。」 「俺は……靖久と共にあると、誓いをした……然れば……俺が、俺は…。」 ――貴様の傀儡になってやろう。  雲が陽を隠した。弥生の君は笑う。 「さしずめ、滝原朝臣靖久を殺めよと安原咲麻呂の糞に命じられているか。そんで、これを逃せばお前には死のみ……あーはっはっはっはっ!」  弥生の君のもの笑いに青成は()をかんだ。されど其れは青成の計らいと同じであった。 「いいぜ、丁度俺も帝から無茶な勅命が降ったところだ。お前のその命、使わせてもらおうか。」  弥生の君は鬼を恐れ退いていた生き残りの兵に命じ、青成を(から)ませた(*)。 *魂殿…遺体を安置するところ *搦む…捕縛する

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