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拾肆*

 靖久が目を開いた時は、既に夜更けであった。体を起こし見渡せば先刻までの粗末な小屋とは違い贅の尽くされた滝原の邸であった。  灯篭の火が揺らめいて、其れが眩しい。 ((みやこ)にかえされたのか……。)  御簾をあげて廊に出ると庭園を流る遣水(やりみず)を只眺む。虚しさが靖久の心を侵す。  薄い夜の(ころも)では夜風が肌を刺す。冷たい風が吹いた方を見やると、寒色の小袿(こうちき)と袈裟を纏う人影があった。その姿は世を捨てた女。 「誰か。」  (おど)す声を出すと人影はそろりと靖久に歩み寄る。靖久は素手での争いを構えた。 「靖久…。」  其の声は、靖久が求めたものであった。 「……せ、い…じょ…う……なの、か。」 「靖久…靖久ぁ…。」  袈裟を外すと月明かりに照らされた金色の髪が見えた。靖久も、青成も、駆けた。靖久は細い青成の身を離さぬよう強く抱きしめた。 「青成、何として此処まで…。」 「凛に聞いて、滝原の邸を探し忍んだ…靖久に会いたかったのだ……。」 「そうか…私もだ、青成…ああ、こんなに冷えて……。」  青成の冷たい手を取り、靖久は己の寝所へ引き連る。  灯篭の火を消し、月明かりだけの中、靖久は青成を横たえ口を交わした。 「ん、んぁ…ん…っ。」 「はぁ…青成……美しい……私は…。」 「靖久…もう良い……其れ以上は…。」  靖久の口から出る言は全て青成と同じ想いであり、青成は顔を赤くする。暗く見えぬはずだが、靖久は熱で解る。  青成は縹色の小袿の下は白装束ですぐに滑らかな肌に触れる。  するりするり、容易く解いて青成の生まれたままの姿を暴き、ひとつひとつを指先で愛する。青成の乳、手、臍、おおきくなるを味わうよう舌でなぞる。 「ふはぁ…あ、やめ……靖久ぁ……靖久…。」 「甘い…。」  繋がる処も細やかに濡らし、其の熱を青成は感じて泣きそうになる。卑しく聞ゆ青成の音も、すべてが愛おしい。 「や、す……ひ……。」  熱におかされて流る涙と(ことづ)けにし、青成は手を伸ばした。縹色の眼を揺らし、しかと靖久を求め、焼き付けた。 「靖久の、すべて……俺に…。」  急いたように気取られなかったろうか。青成はそう心を惑わしたが、靖久と繋がり体も心も(たた)える。  あの茅屋ではきっと優しがっていたのだろう。今の靖久はけもののまぐわいであった。激しく腰を打ち付け、寝所は涼しいはずで、汗がたれる。 「はぁ、はあ、あ、ああ、靖久ぁ、靖久ぁ…!」 「く…あぁ…せい、せい……なけ…私だけに、だ…!」 「うん…うあぁ…あ、も、も、ま、一度…っ。」 「一度、じゃない…何度も……何度も…してやろう……。」 「あ、あぁあっ!やす、ひさあぁ!」 (靖久……貴方と共にありたかった…。)  丑の刻、滝原の邸からほど離れたところ。護衛兵の衣を纏った弥生の君と僧兵が並んでおった。 「弥生、見ろ。」  僧兵が言うと、弥生の君はそちらを向く。細く白い煙が天に伸びるのが見える。狼煙(のろし)である。 「間も無く、逝くのか…。」 「想い人を生かすため、恋は人をこんな狂わせるか。恐ろしいなぁ。」 「確かに…俺にもわからん。」 「、お前も坊主なら経のひとつでもあげてやれよ。極楽浄土につれてくのもつとめじゃねぇの。」  僧兵は呆れつつも足元に置いてた編笠を被り、顔が見えぬようにする。腰にさげた数珠を手にすると狼煙に体を向けた。 「そういやさ、寺は平気かよ。」 「僧兵隊(俺の手のものたち)は山を下ってる。残ってるのは左大臣のとこの生臭ばかりだ。」 「見殺しか。」 「俺らの名付け親からの仏罰だ。俗世に溺れ、己を肥やしたことへのな。」  手を合わせ、目を瞑り、康黄は唱えた。 ――仏説阿弥陀経 如是我聞

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