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拾陸
(何をしておるのだ…。)
靖久は護衛兵の平若丸に護られながら滝原の邸を脱し、牛車に乗せられた。
「靖久殿、大事ないですか?」
「…若丸……私は何処 に向かわされておる…直ぐに戻れ。」
「なりません。忌しい混血に穢されておりますゆえ、早く浄めねば。」
「穢れてなどおらぬ!直ぐに邸に…青成の元に私を戻せ!」
其の声は誰にも届かぬ。手にはまだ乾いた血が付いていた。それが青成の血だと思えば、靖久は口をつけた。東朱雀大路をひたすらに進んで京の外に出た時であった。牛車は止まり、共の若丸たちは膝をつき頭を下げた。
「滝原朝臣靖久、此処へ。」
聞き覚えない冷たい声に呼ばれ、靖久は牛車の御簾を上げ降りる。其処には此の世で見たことないほど麗しい少年が凛と立つ。少年は高貴な色の直衣を纏っておるが、一歩後ろに立つ男は文官と思わしき形をしておる。其の男は靖久の前に立つと、畳まれた白い衣と刀を靖久に差し出す。
「…菅原広彦、殿……。」
春宮博の菅原広彦が供にするは、決まっておった。
「冷泉院の…。」
「滝原靖久、選べ。」
肝を潰すままの靖久の言を待たず、少年、冷泉帝は静かに申される。
「鬼になるか、生霊になるか。」
靖久は其の詔 を見解けず、目を開いて帝を見据えた。
「臥薪 嘗胆 、か。それとも…。」
帝は広彦が靖久に差し出した刀を手にし、抜くと刃の先を靖久に向け青成が貫いた処と同じ処を示された。
――命の行 き方 を定めよ。
勅命が下ると、靖久の脳 に甦るのは、青成の死に顔と美しき声と愛しい涙。
靖久は刃を握り、白い衣を取る。穢れた衣を引き裂き脱ぎ捨て、白い衣を纏う。其れは死装束である。
ま一度、帝を見れば、帝は似合わぬ粗末な麻袋を靖久にたびつ。
「餞 よ。いや、形見、とも云うかもしれぬな。」
靖久は麻袋の紐を緩め中を見る。入っておったのは金色の髪がひと束。朱色の紐に括られておった。
「せ、い……じょ……。」
袋を握り打ち戦慄 いておると、横切られる帝が小さくのたまう。
――諸恋いは、命をも消すか。なんと憐れであろうな。
軽 しまれた詔は靖久の瞋恚 を生んだ。供をしておった護衛兵達は面をあげることも出来ずにおり、其の間に護るべき靖久は京をで脱した。
帝は去る靖久の背を見、怪しく笑う。
「弥生め、良き傀儡を得たものだな。」
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