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第48話

 ● ● 「──櫂」  驚愕にツラは引きつり、文字どおり凍りつく藤隆は見ものだったぜ。すでに怒りなどぶっちぎってたし、ハイになっていたとはいえ噴きだしそうになるのを堪え無表情を保つほうが辛かったとかマジで笑える。  リビングのソファに腰かけ、西園寺とその妻と対席しひとり思い返す。  先ほどから周防と視線を合わせないよう気まずそうにうつむく西園寺と、そのとなりでは表情のうかがえない妻が沈黙のまま周防を見ていた───  インターホン越しに届く声はいつか聴いた喘ぎの主で、その瞬間ぶわりと全身の血が煮えるような憎しみを覚える周防だったが、怒りに任せることなく努めて冷静に身分を明かす。  自分はご主人の友人で近くまで来たので寄ったと話すと、程なくしてドアが開き妻が顔をのぞかせた。ふわりと砂糖菓子のような妻は愛らしく、およそ醜さや穢れたものとは無縁で大切にされてきたような女性だった。  この女が藤隆の一番大切なやつか──周防のなかに悪魔が舞い降りささやく、人畜無害に近づき身も心もぼろぼろにしてやれと。  外門が開かれ招かれると、笑顔で挨拶して敵陣に乗り込んだ。  広々としたエントランス、吹き抜けの天井からシャンデリアが下がり、絵画や白い家具などまるで夢をつめ込んだような邸内。  他愛のない妻の質問には営業スマイルにトークで適当に返し、すべてを壊してやりたい衝動を抑えながらエスコートされるままリビングに通される。  ソファに腰かけお茶や菓子がテーブルにならぶと、地下の倉庫にいるという夫を呼んでくると妻は席を外す。そのあいだにスマホを取り出すと、『今なにしてる?』と西園寺にlineを送る。  すぐに既読となり『荷物をまとめている。櫂は何をしてるんだ』と届く。ディスプレイに目をやりお茶を口に含む周防、思わず噴きだしそうになり慌てて飲み込む。  なにをしているかって? 今おまえン家のリビングで茶を飲んでるよ。嫁さん可愛いひとだなと送ってやればどんな反応をするだろうか。  もう妻が倉庫に顔をだす頃だろう、端的に『嫁に訊け』と返信しておいた。

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