その頃。弁護士を志す分家の男子もまた渦中の争いに巻き込まれ、一度は夢を挫折したりと多くの無駄な時間を消費することになる。 　結果として自ら学び一族とは半ば絶縁をし、努力して今の地位を築くまでに至った─── 「今の私があるのは水緒様のお母様のおかげです。彼女が蒸発した日、密かに私の許へ伺って下さいました。そして私にこう仰った、家のために自分を犠牲にすることはない、と。 当時おつき合いをしていた女性とも強制的に手を切らされた挙句、自分の意思もなくただ親の言いなりになるしかなかった私の目を覚ましてくれました。私にとって彼女は人生の恩人です」 「ですから彼女の娘である水緒様を陰ながらお守りするのは私の責務」──そう語る弁護士の双眸は潤んでおり、彼にとっての辛い過去や感謝の気持ちが言葉の節々に現れていた。 　察するに己の職務理念に反する情報をリークする本意は、周防が水緒に結婚の意思があることを相談に訪れたからなのだろうか。 　誠意のない生活を水緒に強いていた周防に業腹であったのは間違いないだろうが、それよりも気になるのは周防に対する弁護士の態度だ。 　責めるでもなし好意的でもない。今ひとつ周防は彼の真意を推し量れず戸惑うばかり。そんな周防に構わず弁護士は話をつづける。 「水緒様のお母様が私の許へ訪れた日、かたわらにいらしたのは離婚された元ご主人でした。どうやって取りいったのかは存じませんが、彼は彼女の心を完全に取り戻しているようでした。 おふたりが駆け落ちされる際、私に藤隆様と水緒様の未来を託されていきました。弁護士となった暁には、西園寺の名に潰されないよう守って欲しいと」 　西園寺の名から逃れる旅路で事故に遭いともに亡くなったが、ふたりの亡骸は寄り添うように発見され、その表情は痛みに歪むものではなくむしろ幸福に満ちていたそうだ。