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【BLホラー】少年κ その3

「君は?」  少年は、ニコニコと微笑みながら渚の隣に座った。 「僕はね、中学3年の匿名希望。といっても、名前がないと不便だし、うーん……そうだね、少年κ(カッパ)って呼んでよ」 「河童?」 「ギリシャ文字の10番目。ほら、抗体のL鎖のκ鎖ってあるじゃん?」  少年がさらりと口にした言葉に、違和感を覚える。  渚の取り組んでいる卒研は、抗体によってがんを叩くという抗体医薬に関する物だった。このまま、大学院でも同じテーマで研究を続けることは決まっている。  そんな渚だからκ鎖と言われてもわかるが、中学生が口にする単語だろうか? 「で、どうして俺に話しかけたの? 何か用事?」 「うん、ずっと探していたから。やっと見つけることが出来て嬉しい」 「俺、君の事を知らないけど?」 「僕は、知っているよ」 「え?」 「僕は、渚を守るために、ずっと探していたんだよ」 「守る? 俺、君より年上だし男だし。どう考えても、それは違うでしょ」  この子は、何を言っているのだろう?  確かに童顔で、背も低く、女の子みたいで可愛いと言われることもある。  だからといって、こんなガキに守られる自分ではない。 「だって、さっきも危なかったでしょ?」  少年の言葉に、ギクリとする。  まさか、見えていたのだろうか?  親や友達、誰にも相談できなかった、あれが……。 「僕が祓わなかったら、引きずり込まれていたよ。だって、ほら……」  少年が差し出した指先の方向には、半開きの扉。 「今も、あそこから渚の事を狙ってるもん」  ずっと、視線には気付いていた。  隙間の向こうの暗闇から覗く無数の目。 「だから、渚には僕が必要なんだよ」  渚の手を引いて立ち上がった少年κの背は、中学生だというのに渚より高く、身体つきはがっしりとしている。  握りしめられた手は力強くて、今まで感じたことがない安心感に包まれ、居心地がいい。  手を離さずにこのままでいたいと感じてしまっている自分に、渚は戸惑っていた。      ◇  ◆  ◇  少年κは、1人暮らしの渚の家に入り浸るようになった。といっても、渚も卒研の追い込みで、部屋には寝に帰るだけ。顔を合わせることはほとんどない。  早い段階で合い鍵を渡した。長時間、部屋の前で待たせてしまったことがあったからだ。  少年κには、不思議な力があった。不浄のものを祓う力だ。  彼が言うには、渚は不浄のものを呼び寄せやすいらしい。  その呼び寄せられた不浄のものは、周辺に溜まり、より凶悪なものに育つ。渚を喰らってしまうほどに。  なので、育つ前に定期的に祓うことが必要らしい。  彼が、祓ってくれるおかげで、隙間に引きずり込まれる恐怖は激減し、数年ぶりに安眠を手に入れた。  24時間、休みなく虎視眈々と隙間から狙われる生活に疲弊していた。正直、限界だった。  そんな中での少年κが与えてくれた安堵は、唯一の救いだった。  昔はここまで、酷くなかった。  暗闇からの気配に怯えていただけだった。  実際に引っ張られることはなかったから。  いつからだろう?  そうだ、中学を卒業してから、気配が濃くなり始めたんだ。  昔は、それよりも、違うことの方がおぞましくて、怖くて耐えられなかった。  違うこと……剛志の存在が、耐えられなかった。  渚は、小学5年から中3で逃げ出すまで、剛志から性的ないじめを受けていた。  今から思うと、手をつないできたり、体に触れたりのスキンシップは多かったと思う。一番の仲良しで、大好きだったから気にならなかった。  それが、おぞましい行為に発展したのは、5年生の時だった。  いつものように、遊びに来た剛志は、その日両親が不在で渚が一人で留守番することを知ると、顔色を変えた。 「今日は、1人だけなの?」 「うん。でも、夕飯もちゃんと用意してくれているし、お風呂に入って寝るだけだから問題ないよ」 「今日は、新月だよ。闇で閉ざされてしまう……一緒に、泊まってあげようか?」 「ええ? 大丈夫だよ。明日の昼には戻ってくるし」 「ダメだ。今日、絶対にここに泊まる。頼む。一緒にいたいんだ」 「しつこいっ! 一人で大丈夫って言ってるだろ! 気持ち悪いこと言うなよっ!」  いつもと違う、剛志の態度に恐怖を感じていた。  こだわる理由がわからない。  顔色を変えて、泊まりたがる剛志が怖かった。  泊まって、一体、何をするつもりなのだろう?  その時、あいつの恐ろしい素顔を本能的に感じ取っていたのだと思う。 「剛志、もう、帰れよっ!」  耐えられずに叫ぶように言い放つと、剛志がすごい形相でのしかかってきた。  床に押し倒され、シャツが引き裂かれる。  必死に抵抗するが、大柄な剛志には、力ではかなわない。  結局、素っ裸にひんむかれ、顕わになったペニスを扱かれた。 「やめろ、お願いだからやめてくれよっ」  渚の涙ながらの懇願も無視され、剛志の手により初めての精通を終えた。  行為はそれだけでは終わらなかった。  自分とは全く違う、大人の形の剛志のものを無理矢理、口に含まされた。  限界まではちきれんばかりに大きく膨らんでいたそれは、ねじ込まれると同時に弾け、ドロリとした不快なものが口腔いっぱいに広がる。  今まで経験したことのない、苦い味と粘度に、鳥肌が立ち、反射的に胃の中のものを吐き出した。 「……おえ、っんっ……ぐっ」  涙と鼻水でぐちょぐちょになって咳き込む渚に、冷たい声で言い放った。 「渚には、僕の精液が必要なんだよ。どんなに嫌でも、飲んでもらうから」  剛志の宣言通り、渚が中3で引っ越すまで、学校のトイレや用具室、公園で、そのおぞましい行為は続けられた。      ◇  ◆  ◇  渚が目覚めると、横から健やかな寝息が聞こえた。その端正な顔をそっと眺める。  少年κは、最近では、部屋に泊まって行くことが多くなった。  布団は1つしかないので、一緒に寝る。男同士だから関係ないと言っても、抱き枕の替わりなのか、目覚めると後から抱きつかれていることもある。  知り合ってから1ヶ月経つのに彼のことは何も知らない。  得体がしれず不気味なはずなのに、居心地の良さに、拒否しきれずにズルズルと過ごしてきた。  相手は中学生。さすがにまずいだろうと、両親の事を尋ねると、学校にさえちゃんと行っていれば、外泊しても問題ないと言う。 「一度、死んだ人間だから、自由にさせてくれている」 「一度、死んだって?」 「僕、8歳の時に心臓の手術をしてるんだ。すごい大きな手術。だから、生きているだけでいい、他は望まないって。その時にさ、色々な人のお世話になった。命を分け与えられた。それから、僕の体は僕だけのものじゃなくなったんだ」  切なげな表情を浮かべて、呟いた。その表情に、心臓が早鐘を打つ。  渚が想像もつかない事情がありそうだ。  大人びているといっても、やはり、中学生だ。  辛い思いをしているのなら、なんとか力になってあげたい。  ――いつの間に、こんなに大きな存在になってしまったのだろう……    初めて感じる感情に吐息をつきながら、横で眠る柔らかな髪をそっと撫でた。

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