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【BLホラー】少年κ その4
それは、間が悪かったとしか言いようがなかったの。
全ての始まりは、シャワーを浴びている、あの人のカバンから着信音が鳴り響いたこと。
普段、私と会うときは「邪魔されたくない」って、電源を落としているあの人には珍しいことだった。
余程の緊急事態だと、思ったのよ。
ねえ、あなたも、そう思うでしょ?
あのね、彼のスマホを勝手に触るなんて、普段の私では絶対にあり得ない。
患者さんの容態が急変したのかしら?
咄嗟に、そう思ったの。
彼の担当でもあり、私の担当でもある患者さんの容態が安定せず、気になっていたから。
私は、彼のカバンからスマホを取り出し、液晶画面を確認したの。
普段、ロックをかけているはずが、その日は、たまたまかかっていなかった。
それが、見たくもないものを見ることになってしまったの。
そう、生れたばかりの、赤ちゃんと溢れんばかりの笑顔の彼とその妻の3人が写った待ち受けをね。
離婚届に判を押して、あとは提出するだけって言っていたのに……。
奥さんとは、弁護士を通して話し合いをしていて、1年以上顔をあわせてないって言っていたのに……。
写真を見て、すぐに気づいたわ。
彼のネクタイが、その前日にプレゼントしたものだったことを。
学生時代の飲み会があるということで、誕生日プレゼントだけを渡して送り出したの。
センスの悪い彼が、いい顔ができるようにと、その場で新しいネクタイをしめてあげてね。
それが、まさか、出掛けた先は、飲み会ではなくて産婦人科だったなんて、考えもしないことでしょ?
スマホを握りしめて、茫然としていると声が聞こえてきたの。
ユルスナ
許せない。
ゼッタイニ ユルスナ
絶対に、許せない。
ダマサレタ ダマサレタ ワタシハ ナニモ ワルクナイ
結婚しているなんて、知らなかった。騙された。
え? うん、そうなの、引っ越してきた時から、声が聞こえるの。
そういうものだって思っていたのだけど……、ひょっとして、あなたの部屋は声がしないの?
ごめんなさい。話が脱線したわね。
その声っていうのがね……
あれ?
そういえば、私って、彼が既婚者だって知らなかったんだっけ?
知っていて交際を始めた気が……、
そんなことは、どうでもいいことよね。
だって、私は、何も悪くない。
悪いのは、あの人。全部、あの人が悪いに決まっているもの。
ウラギリモノニ セイサイヲ クワエロ
裏切者には制裁を加えなくちゃ。
そんなことを考えていると、黒いモヤモヤしたものが、ベッドの下の隙間から次から次と出てきて、部屋中を這いずりはじめたの。ズリ、ズリ、ズリ、ズリって。
その、ズリ、ズリって音の合間に、何かが聞こえてきたの。
不明瞭だったけど、すぐに、わかった。
ああ、あの黒いものが、口々に同じセリフを呟いているんだって。
コ……セ ……ロセ ……セ コ……セ
何て言っているのか、最初、わからなかったのだけど、
耳が慣れてきたのか、聞き取れるようになったの。
明確になったその言葉を聞いて、ひどく、納得したのよ。
ああ、私がしなくちゃいけないことは、これだって。
コロセ コロセ コロセ コロセ
それでね、すごい数になった黒い塊と一緒に
私は包丁を握りしめて、バスルームに向かったの。
黒い塊の正体?
それ、本当に聞きたい?
ねぇ、ちょっと後ろを見て?
ほら、それと一緒よ。
あなたの背中にのっている、その……
◇ ◆ ◇
順調に進むかと思った渚と少年κとの半同居生活だったが、問題が生じ始めた。
不浄のものから狙われる生活から解放され、心やすらかな生活を得た渚とは逆に、少年κは日に日にやつれていった。
そして、とうとう学校で倒れ、自宅で静養することになった。
渚は、相変わらず、少年κの事を何ひとつ知らず、もちろん、自宅住所や本名も知らないため、見舞に行くことも、彼の様子を知ることすら出来なかった。焦燥感がつのる。
――俺の為に、無理していたことに気付かなかった。何でもいい。あいつの役に立ちたい。
制服から、学校のあたりはついていた。
渚は、思い切って学校に向かうと、聞きこみを続けた。
少年κに会いたい一心だった。そして、ついに本名と自宅を知ることに成功した。
少年κの名前は、葛葉夢人(カツハユメト)と言った。もちろん、聞き覚えはない。
自宅も、ごくごく普通の戸建て。彼が自分の素性をひた隠しにする理由がさっぱりわからない。
呼び鈴を押そうとしたとき、中から人が出てきた。
見覚えのある姿に、ドキリとして体が固まる。
――どうして、ここに……?
出てきたのは、剛志の祖父だった。
村から特急で3時間はかかる。
偶然のはずがない……
――騙された。あいつのことを信頼していたのに。剛志が裏で糸をひいていたのに違いない……どれだけ、俺の事を玩具にすればいいんだ。あんな奴に絶対に、負けない。二度と、手出しを出来ないように痛めつけてやる。
渚はギリギリと奥歯を噛みしめ、零れそうになる涙を必死にこらえた。
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