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最終話【BLホラー】少年κ その6

「どうして、こんなことに」  夢人はげっそりと、痩せていた。  体を起こす気力もないようで、ベッドにぐったりと横たわっている。 「エネルギーを消費するばっかりだったから」 「え? ちゃんと食べろよ! 何か食べたいものは? 今から買いに行くから」  夢人は力なく笑って首を横に振った。 「なんだよ、食い物じゃだめ……あ、霊的なヤツ? ひょっとして俺の為に祓っているから?」  夢人が自宅に戻ってからも、隙間から狙われることはなかった。  この部屋から、意識を飛ばして不浄なものを祓い続けているに違いない。 「もう、いいよ。俺の為にそこまでしてくれなくて……どうやったらエネルギーを得られるの? 何かあるんだろ?」 「じゃあ、渚、こっちに来て。あのさ、渚に触れるとエネルギーが満たされるんだ」  渚は、夢人の体を起こし、しっかりと抱きしめた。  がっしりとしていたはずの体が、すっかり骨が浮き出ている。    胸がぎゅっと締め付けられる。背中に回した手に力がこもる。  すっかり頼り切ってしまっていた自分が情けない。本当なら、大人の自分が守ってあげなければならないのに。  夢人の顔を見つめると、夢人も渚の顔をじっと見つめていた。  至近距離で、熱を帯びた視線が絡まる。  どちらからともなく、口づけを交わしていた。互いの口の中を犯しあう、そんな激しい口づけ。 「渚のことが好きだ。ずっと、渚にキスしたいと思ってた」 「俺も好きだ。いつの間にか、お前のことを好きになってた」 「あのさ、渚を抱きたい。今から抱いていい?」 「ええ? ご両親がいるし、ここではちょっと」 「ここじゃなかったら、いい?」  抱きたいってことは、自分は抱かれる方ということになる。  少し、微妙な気がするけど、夢人に抱かれるのは嫌ではない。  渚が軽く頷くと、夢人はすごくうれしそうに、破顔した。   「あのさ、どうして名前を隠していたの? 夢人っていい名前じゃん? これからお前の事、夢人って呼んでいい?」 「名前って、何の意味もないから」 「え? それってどういう意味……」  夢人は、問いには答えずに、もう一度、唇を重ねてきた。今度は、ついばむような軽いものだ。 「一番いい方法は、セックスすることなんだよ。僕も、渚からエネルギーをもらえるし、渚にも不浄のものが近づけなくなる」 「え?」 「僕には不浄のものは近づけない。だから、僕の体液を身にまとえば渚にも近づけなくなる。護符効果が得られるんだ」  体液を身にまとうって……それは、中出しってこと? どさくさに紛れて、なんてことを言うんだ、こいつは。  渚の冷たい視線に、夢人は慌てて言い訳をした。 「別に中出しじゃなくても、飲んでもらっても……って、そっちの方が渚にはキツイよね……もう、あんなことはさせないよ」  夢人の言葉に、急に、血の気が引いていくのが自分でもわかった。  どうして、知っているのだろう。  自分と剛志しか知らない、あのおぞましい行為を。 「お前は、誰だ?」  さっきまで、愛おしくて仕方がなかったその顔が、急に知らない人に思えて、まじまじと見つめる。  何者だ、こいつは。  夢人は、しまったという顔をした後、諦めたように口を開いた。 「僕が、8歳の時に心臓の手術をした話は知ってるよね? 法改正で、15歳未満の子供をドナーとする心臓移植が認められたんだ。それで、14歳の子供の心臓が僕に移植されることになった」  14歳という言葉に動悸が激しくなる。ひょっとして……。 「移植は大成功だった。しっかりと定着して、日常生活も問題なくおくれるようなった。そんな時、気付いたんだ。自分に別の記憶があることを……記憶転移って知ってる? 臓器にも記憶は蓄えられるんだよ。移植とともに、ドナーの記憶がレシピエントに移るんだ」  予感が、確信に変わる。ドナーは、剛志だ。 「剛志の記憶は、渚の事でいっぱいだった。だから、僕も渚の事は何でも知ってる。渚が剛志の事を心底、嫌っていたことも……」  夢人の顔が歪む。涙を必死に堪えている。 「僕は、剛志の記憶を持っているけど、剛志ではない。夢人でもあるんだよ……お願いだから、僕のことを嫌わないでっ!」  涙をこぼしながら必死にしがみつく姿は、頼りなくて、普通の中学生だった。  これが、夢人だ。  剛志の記憶があってもなくても、夢人は夢人。  失いたくない、唯一の人。  それは、何があっても変わらない。 「夢人、愛してる。夢人が何者でも、この気持ちは変わらないよ」  渚の言葉に、夢人は膝をついて号泣した。      ◇  ◆  ◇    ユルサナイ ユルサナイ      ダマサレタ ダマサレタ      ワタシハ ナニモ ワルクナイ  ずっと、憎悪の言葉を吐き散らしている。  修学旅行先から、連れ帰ってきた女の霊。  男にだまされ、殺すつもりが返り討ちにあい、そのまま怨霊になった。  あの子を連れて行こうと、狙っている。  旅行中も、帰宅後も、あの子から離れない。  本体は、それほどでもないのに、浮遊霊がいくつも合わさって強力なものに変化している。  あの子の周りには、そうやって吸い寄せられた不浄のものが溜まっている。  もう、そろそろ限界だ。  僕には、祓えない。  祓う力は持っていない。ただ、死者の声を聞くだけ。  姿を見ることすらできない。  僕の体液には、不浄のものを遠ざける力がある。  あの子を守りたくて、無理やり与えている。  そうすれば、どんなに強力な霊であっても、手は出せないから。    でも、どんどん効果が持続する期間が短くなっている。  あまりにも多くの不浄のものが集まっているせいだ。  体液を与えるたびに、あの子の僕を見る目が憎しみに染まるのがわかる。    お願いだ。  僕をそんな目で見ないで。    君を守るためには、仕方がないんだ。  僕を嫌わないで。  不浄のものを祓うには、特別な力が必要だ。  普通の存在では、持ちえない力。  10代目にだけ、特別に与えられる力。  おじいさんが僕に言った。  この神社は、八百万(やおよろず)の神を祀っていて、10代毎に神が交代する。  今は、蛇神を祀っているが、次の10代目から19代目までは水神(カッパ)になり、そして、また、10代目にもどり次の神に交代する。  そうやって、800万の神を順番に祀る。  神が交代するときに宮司の血筋も交代する。  次は、水神(カッパ)をご神体とする別の血筋がこの神社の宮司を引き継ぐ。  だから、蛇神をご神体とするお前は10代目は引き継げない。15歳の誕生日までに命が尽きると……。    15歳の誕生日まで、あと、1ヶ月もない。  来月の今頃には、僕は死んでしまっている。  でも、怖くはない。嬉しいんだ。  僕の代わりに、君を守る存在が現れるってことだから。  僕の命が、10代目、κに引き継がれる。  10代目には、不浄のものを祓う力が授かる。  出来ることなら、僕が君を救うκになりたかった。  水神(カッパ)様、どうか渚を守って下さい。  僕の分まで。  渚、君のことが本当に大好きだったよ。  君の未来が、あふれんばかりの幸福で包まれることを祈ってる。

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