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【BLホラー】夢 その1

 カチリと開錠の音で目覚めた。  枕元の時計は、1時過ぎ。  僕は、布団の中で、じっと息をひそめ、様子を窺う。  彼は玄関からそのまま、キッチンに向かい、おそらくテーブルの上に用意された食事を確認したのだろう、ひっそりと寝室にやってきた。  就寝中の僕に気遣ったのか、部屋の電気は付けず、月明りでスーツから部屋着に着替え、そのままベッドに入ってくる。 「おかえり」  僕は、目を閉じたまま、小さく呟いた。  はっと息をのむ気配がし、すぐに、「ただいま。起こした? 今日、緊急の手術があって遅くなった」と珍しく言い訳をした後、僕の唇に口づけを落とした。  彼の手が、布地の上から正確に乳首を探り当て、絶妙な力加減で揉み扱く。  唇を噛みしめる。  ――体で籠絡するつもりか、……卑怯者  その手にはのらないと心を閉ざすのに、彼に変化させられてしまった体は、心を裏切り貪欲に快楽をむさぼる。  窄まりの中に指が差し入れられると、無意識に腰を彼に擦り付けてしまっていた。 「……んっ……」  思わず声がもれ、彼の鍛え上げられた背中にしがみ付くと、首筋から石鹸の匂いと甘い香水の匂いが漂った。  ――あの女の匂いだ  意識した途端、一気に、血の気がひいて、ずくりと胸の奥が痛む。  黒い感情が溢れ出て、止められない。  嫉妬なんてみっともない。  自分たちは男同士。後ろ指をさされる関係だ。  わかっている。  彼を縛り付ける権利は自分にはない。 「一緒にいたんだろ? 彼女と」  僕は、背中に回した手をそっと離し、体を起こして言った。  声が震えそうになり、途中で口をつぐむ。  彼に動揺を悟られたくない。 「違う。それは……」 「もう、いいから。明日、彼女に全てを話す」  彼の言葉を遮り、ずっと大切に隠し持っていた切り札をちらつかせる。  ずっと、考えていた。  どうすれば効果的かを。 「やめろ、それだけはやめてくれ」  思った通りの反応に満足する。  病院長の娘で、婚約者でもある彼女に僕たちの状況を知られたくないはず。 「もう決めた。君がなんと言おうと僕は自分が決めたことは最後までやりとおす」 「ダメだ。勝手に決めるな」  彼がギリギリとすごい形相で、僕を睨む。  こんなにも、激しい怒りの感情をいまだかつて向けられたことがあっただろうか? 「彼女に全てを話して、お願いする」 「やめろっ!」  そう言って、彼は馬乗りになると僕の首を思いっきり締め上げた。      ◇ ◆ ◇  「西村さん? そっちのマウスはそこのラックじゃないですよ?」  渚(ナギサ)は、西村耀司(ニシムラヨウジ)に声を掛けた。  今日は、西村と渚が動物舎の掃除当番にあたっていて、マウスのケージ交換をしていた。  研究室ごとにラックの割り当てが決まっていて、西村は、よその研究室のラックにケージを戻すというあり得ない間違いをしたのだった。 「あ、ぼっとしてた。ごめん、ごめん」 「何かありました?」 「最近、変な夢ばかりみて……寝るのが怖くて寝てないんだ」 「えっ?」  西村は、渚と同じ研究室の先輩で、D1の25歳。M1の渚の2学年上にあたる。  背が高く、筋肉質のがっしりした体形の非常に容姿が整った美丈夫。  学部生時代は体育会系のテニスサークルの代表を務めていて、細かいことにはこだわらず、明朗快活なキャラは、男女問わず多くの人に慕われていた。   そんな彼が、たかが夢ごときで、怖くて眠れないとは尋常ではない。 「どんな夢?」 「うーん、説明に困るんだけど、妙にリアルな夢でさ」  西村は眉根を寄せながら、言葉を続けた。      ◇ ◆ ◇ 「ふーん、それで、今夜、わざわざ、その西村ってヤツの家に泊まりに行くの」  葛葉夢人(カツハユメト)は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら言った。  言葉がトゲトゲしい気がするのは気のせいだろうか。  夢人は高校1年生。付き合いはじめて約1年の年下の恋人だ。 「霊的なものだったら、なんとなく感じるかなって思って。いつも、世話になっているし、何より、あんな弱っている姿をみていられないっていうか、力になりたいっていうか……」  説明すればするほど、夢人の表情がますます、なんとも言えないものに変化していく。  何も悪いことはしていないはずなのに、この後ろめたさは何だろう?  とうとう言葉を続けることが出来ず、渚は俯いてしまった。 「はぁっ」  頭上から聞こえる盛大なため息に、上目遣いに見上げると、正面から目があった。途端になぜか目の端を赤く染めて、そっぽを向かれた。怒っているのかと思ったのに、なんだその表情? 訳が分からない。 「仕方がないな。僕もついていくよ。渚じゃ、祓えないだろう? 変なのに憑かれるのがオチだし」  夢人と渚の二人で、その晩、西村の家に泊まることになった。      ◇ ◆ ◇  西村の家は、高級住宅地の中にあった。  父親も母親も不在がちで、今夜も西村の一人だけらしい。  食事は、通いの家政婦さんが用意してくれるらしく、夢人と渚の分もセッティングしてあった。 「で、夢ってどんな内容なの? 詳しく教えて?」  さっきまでの、不機嫌さは微塵も見せず、ニコニコと人好きのする笑顔を西村にむけた。  夢人のことは、家庭教師先の生徒で霊感があり、今回、協力してもらうと説明している。 「一言で言えば、殺される夢。いろんなシチュエーションなんだけど、最後は首を絞められて殺されるんだ。それで目覚めると必ずついているんだ……」  西村が、ゆっくりとシャツのボタンを開ける。 「!?」  そこにははっきりと何者かの手の痕がついていた。

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