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1-3 トオル

「そうやな、アキちゃんは()めるだけや。せやけど俺は病気んなったで」 「なんやねん病気って」 「アキちゃん恋しい病」  にこにこ俺が教えてやると、アキちゃんは照れたような仏頂面(ぶっちょうづら)になった。 「朝からなに言うとんねん、アホか」 「アホやなんて、ひどいなあ、アキちゃんは。ほんまに恋しいねんで。最近、ずいぶんつれないやんか。前は朝でも昼でも、抱いてくれてたのに。もう飽きてきたんか」  切なくなって、俺がアキちゃんの(ほほ)を撫でると、もう(ひげ)()ったあとの匂いがしてた。もう出かけるんか、アキちゃん。まだ七時やで。早すぎへんか。 「飽きてへんよ。ただちょっと……やりすぎもどうかと思て」  (あん)(じょう)なことを、気まずそうに言うて、アキちゃんは目を()らしていた。  アキちゃんは俺が、色狂(いろぐる)いや言うて困ってた。朝から晩まで、抱いてくれ言うて(せま)るもんで、アキちゃんは参ったんやろう。それに付き合ってたら、自分まで変になる。そう思えて怖かったんやろう。  皆そうやで、俺と付き合う奴は。怖いけど、やりたいねんで。せやけど普通は体が保たへん。のべつ幕無しに精気吸われたら、並みの人間やったら、そのうち死んでまうやろ。  せやから俺は、ひとりの相手とずっと付き合ったりせえへんようにしてきた。常に何人か(はべ)らして、その日の気分でとっかえひっかえや。朝やって昼やって、晩には別のと寝てることもあったで。そうでないと寂しいて、身が()たへんような気がしててん。  それがアキちゃんとデキてからは、アキちゃん一筋やで。せやから俺も心配は心配やねん。大丈夫かなって。俺はアキちゃんを、食い尽くしてしまうんちゃうやろかって。  けどなあ、アキちゃんの血筋は伊達(だて)やないで。  どうもアキちゃんは、どっかから無尽蔵(むじんぞう)の力を吸い上げてるみたいやで。それこそ巫覡(ふげき)ってもんかな。万物との交感や。  アキちゃんのおかんもそうやけど、山川草木(さんせんそうもく)の持つ霊気を、借りることができるらしい。それと一体になって、神下ろしできる。おかんはアキちゃんにも、その極意(ごくい)を学ばせたいらしい。  俺みたいなのと一緒にいたいんやったら、そのほうがええな。でないと吸い尽くされてまうよな。俺もそんなことはしたくないけど、精気を吸わんでは消滅してしまう。俺も生きるために食うてるんや。  アキちゃんが、他のと寝んといてくれ言う限りは、アキちゃんから(もら)うしかあらへん。血でも肉でも精液でも、なんでもええけど。  まさかいくら好きやから言うて、アキちゃん食うてもうたら、いなくなる。それは困るし、せやからしゃあない、ベッドでお(たわむ)れするんでええわっていう話やん。別にベッドやのうてもええんやけど、俺は。 「アキちゃん、やりたい。舐めてもええか」  切ないのが、苦しいように思えてきて、俺は抱いていたアキちゃんの頭に、身を折ってすがりついた。そうやって抱き合うだけでも、アキちゃんから何か暖かいもんが流れ込んでくる気がする。せめてそれだけでも(むさぼ)りたい気がして、俺は強く抱いてた。 「腹減ったんか、亨」  そう()いてくるアキちゃんが言うのは、俺の分もある朝食のことやない。アキちゃんはもう、俺がどういうモンなんか知ってる。出会ってからのこの半年で、俺はいろいろアキちゃんに話した。抱き合いながら。話すともなく、ちょっとずつ。  体が(つな)がってる時やないと、怖くて話されへんかった。人ではない、お前は嫌やと、アキちゃんに(こば)まれるんやないかと思えて。  でも、そんなわけない、アキちゃんは俺が好きなんや、受け入れてくれる。どんな俺でも、ちゃんと抱いてくれる。そういう気分がごちゃ混ぜになって、苦しくて、愉悦(ゆえつ)が入ると自然に口が開いた。  俺はアキちゃんの精気を吸ってるんやで。今まで数えきれんぐらいの奴を、こうして食うてきたんやで。後悔したけど、やめられへんかったんや。そうせんと俺は消えてしまうんやもん。  いつかはわからへんけど、力が尽きたら、消えてまう。死にたくないねん、アキちゃん。浅ましいかもしれへんけど、俺は死にたくない。アキちゃんとずっと一緒に居りたいねん。  そう言ってよがる俺を抱いて、アキちゃんはいつも、俺だけにしろと言う。(むさぼ)ってええけど、俺だけにしてくれ。他のと抱き合おうとせんといてくれ。欲しいだけしてやるから、俺を裏切るなって。  でもそれで、ええんかな。アキちゃん死んだらどうしよう。  精気吸うのは他のやつからにして、アキちゃんには与えるだけにしたい。俺は人から集めたもんを、まとめて誰かにくれてやることもできるんやで。  それによって強運が得られる言うて、俺を神のように崇めるやつらもいる。ご神体と交わって、運をつけようっていう連中や。人の血を吸う俺みたいな化けモンから、精を絞ろうっていうんやから、相当の化けモンみたいな連中やで。  せやけど俺の血やら精やら口にしてると、だんだん俺と同化する。ほんまもんの化けモンになってしまう。それに耐えられる奴は(まれ)や。それはそれで、だいたい頭おかしなって、体もおかしなってきて、最後は悲惨やな。並みの人間程度じゃな。  俺は抱き合ったアキちゃんの、頭のつむじを見下ろした。  アキちゃんやったら、どうやろ。  もしかしたら、平気なんとちゃうか。  俺と同じ、永遠に死なない体になって、俺と本当に、百年でも千年でも、ずっと一緒にいてくれるかも。ずっと俺を、抱いててくれるかも。  そう思うと、(のど)(あえ)いできた。  アキちゃん食いたい。アキちゃんに、食われたい。血肉の一滴まで混じり合って、一心同体のものとして、永遠に生きたい。  それは俺の貪欲(どんよく)か。けど誰かてそうやろ。誰かを好きになったときは。 「腹減ったわけやないけど、アキちゃんが欲しいねん、俺は。ずっと抱いててほしいんや。おかしいか」 「おかしないけど、おかしいわ……」  苦笑して、アキちゃんはバスローブの(すそ)を割って、俺の内腿を()でた。ぞくぞくした。 「昨日の夜やったばっかりやろ。夜は毎晩やってるんやで、亨」 「足りへん、それだけやったら。ずっと抱いといてくれへんかったら、寂しいねん」  お前はほんまに、どうしょうもないやつやなあと、アキちゃんはぼんやりと言った。そして、着てるものの前を開かせて、俺を()めた。

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