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2-1 アキヒコ
朝っぱらから、見覚えのある人影が、叡電 の大学前の駅で黄昏 れているのを、俺は見つけた。
よれよれのコート。は、さすがに着てへんかったけど、省エネスーツ着た、守屋 刑事やった。部下らしい若いのを一人つれて、おっさんは斜 めになって改札口らへんに立っていた。
「守屋さん」
無視すんのも変かと思って、俺はいちおう声かけた。
そしたら、おっさんは、え、なんや、うわあと驚いたようなリアクションで俺を見た。
「本間様」
なんで様付けやねん。
俺はツッコミ入れたかったが、なんせ相手は公僕 やし年上なんで我慢した。公務執行妨害で逮捕されんで。もう取調室行くのは勘弁 や。あそこのコーヒー、せっかく出してもろても不味 いねん。
「どないしはったんですか、こんな早よから、もうご勉学でありますか」
守屋刑事にはなんか俺に関するトラウマがあるらしかった。連れの若い刑事もドン引きしていた。
そりゃあそうやろな。偉そうな上役 が、二十歳 そこらの坊主にへこへこするのを見たら。
「普通に喋 ってくれはっていいです。その節 はどうも……」
「今日はおひとりでありますか。あのお綺麗なお方は今日はどちらに」
しゃちほこばって、守屋刑事は訊 ねてきた。なに言うとんねん、おっさん。亨のことか。
俺はほとんど脊椎 反射でむっとした。あいつの話されると、むっとする。特に、あいつの好物そうな年頃の、大人の男に言われると。
亨はぜったい、おっさん趣味やで。あいつがチェックしてるの、いっつもおっさんばっかりやないか。でも、こいつは関係ないかな。だって金持ってなさそうやもん。
亨は明らかに、金持ち狙 いやで。俺にはそれもムカムカするんや。
なんであいつは俺を選んだんやろ。おっさんやないのに。
金持ちのボンボンやったからか。あいつがおっさん趣味なのは、オヤジが好きなんやのうて、金持ってるからやないか。そんな気がして、いろいろ芋 づる式に俺はむかついた。
「どちらでもええやないですか。意味なくそんなこと訊 かんといてください」
「はっ、申し訳ありませんでした」
守屋刑事は敬礼して答えた。大丈夫か、おっさん。俺を任意同行したとき、いったい誰から電話かかってきたんや。
「どしたんですか。まだ前の件で、なんかあるんですか」
辺りには誰もおらへんかったけど、俺はいちおう、声をひそめて訊 いた。
前の件いうのは、大学の作業棟の裏で、女の子の自殺した遺体が出たことやった。自殺やのうて、俺が殺したんちゃうか言うて、このおっさんは俺を任意同行しに来た。その遺体の女の子が、俺の前の彼女やったからや。
けど、彼女は、俺と付き合いはじめた頃には、実はもう死んでた。それは遺体が物語っていた。俺はどうやら、死人と付き合ってたらしい。理屈にあわへんけど、理屈からいってそうやった。彼女が死んだんは、俺と付き合い始める前の時期やったと、遺体がそう語ったんやから。
まあ、いろいろあったわ。せやけど俺にとってはもう半年前に終わってしもた過去の出来事やった。
守屋刑事も当時は、ちょくちょく学内で見かけた。
作業棟の裏から、もう一人分の遺体が出た言うんで、箝口令 がしかれてたなりに、学内でも騒然とした。
それはずいぶん古い遺体やったらしい。ひとつめの遺体のための捜査で、やばいぐらい鬱蒼 としていた作業棟の裏の竹林が掃除されて、その降り積もった葉の山の中から、もうひとりの女の子が出てきた。
その子も自殺なんやろというオチやったけど、あんまり古い骨なんで、詳しい経緯は正直わからんらしい。守屋さんも困ってたみたいやったわ。
それにしてもうちの大学は、あの竹林を何年放置してたんや。いくら敷地が広くて、金無いいうたかて、あまりにもひどい話やで。掃除はちゃんとやれ。掃除せんかったらな、悪いもんが集まってくるんや。おかんが常々そう言うてたで。
あかん。また、おかんのこと考えてもうた。いったい、いつんなったらマザコン卒業できるんや。
「美大で遺体が出たいうんで、早朝、あわてて駆 けつけたんです」
俺は守屋さんの話に呆 れた。
「死体ありすぎやないですか、うちの大学」
俺が思わず言うと、守屋さんは痛恨の表情で、何度も深く頷 いていた。
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