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2-2 アキヒコ
「ありすぎですわ。普通、一カ所でここまで人死 にが出ることはないです。たまにはありますけどね、なんちゅうかこう、魔の吹き溜まるような場所がですね……」
何かの読み過ぎやないかというような表現を、守屋刑事はした。しかし、隣の若い刑事さんも、それに頷 いてはったから、案外そういうのは、人の死に関わる職業のこの人たちが、いつも実感している事実なんかもしれへん。
刑事ドラマや。おかんが好きで子供のころからよう観たわ。機械音痴やのに、おかんはビデオの再生のしかたまで憶えて、必死で観てたわ。「太陽に吠 えろ」とか、むっちゃ古いやつ。デカ長とかジーパンとか出てくんねんで。
この人らも実は、何かニックネームついてんのかな。絶対、コロンボやで。守屋さんはコロンボやって。夏やから、あのコート着てへんけど、あれは絶対コロンボ意識してるんやって。
そう思うと笑いがこみ上げてきて、俺はそれを噛み殺した真顔で、ふたりの刑事と向き合っていた。
「大変なお仕事ですね。まさか今回は、俺は犯人やないですよね」
念のため訊 くと、守屋刑事は、いかにも気まずそうに、わっはっはと笑って、七三 にしてある髪をぐしゃぐしゃにした。
「ないです、ないです。捜査はまだこれからです。遺体を引き取ったところです。我々はついでに軽く聞き込みした帰りです」
「お疲れ様です。頑張ってください」
興味があるような、ないようなやったけど、自分に関係ない人死にのことを、あれこれ訊 くのは無粋 と思えて、俺は話を閉じた。
また人死んだんか、うちの大学で。なんでそんなんやねん。のんきなキャンパスやのに。
「何かご存じないですか」
頭下げて行こうとした俺に、守屋さんが唐突 に訊 いてきた。
それが意外で、俺は足を止めて振り返った。
「何かって、何をです?」
「今回の事件に関して、何でもええのです。何かご存じなことは、ないですか」
守屋刑事は笑っていたが、その目はなんや、油断ならない光やった。職業的なもんやろか。人を疑う商売の男の目やったで。
なんで俺が疑われなあかんねん。不愉快やわ。
「今回の事件もくそも、その事件がどういう内容かも知らへんのですよ。何を話せ言うんですか」
「何か感じたりしませんでしたか。最近。昨日も朝早くから学校来てはったんですよね」
なんで知っとんねん、このオヤジ。調べたな。俺は隠しもせず顔をしかめた。
「いや、そんな怖い顔せんといてください。本間さんは、あれでしょ。その筋の方なんでしょ。せやから、何かこう、常人には分からんような事もですな、第六感でズバリとですな……」
「霊感捜査ですか。テレビ観すぎですよ、守屋さん」
俺がうんざりして言うと、守屋さんは図星 やったんか、照れくさそうに頭を掻 いた。案外、かわいいおっさんなんか。少なくとも若干アホや。
「前の事件があんなんやったし、結局、たぶん自殺やろ、みたいな曖昧なオチで、もやもやするんですわ。万が一、犯人おるんやったらどないしよ、ってね。それを霊感でばしっと見つけて、捕 まえてやれたら、気持ちええやろなあ、って。ファタンジーですわ」
そのアホみたいなファンタジーを素直に認めて、おっさんは笑っていた。俺は苦笑した。
「ほんなら、霊感で犯人わかったら、また電話します」
「よろしゅう頼んます」
本気か冗談かわからんような口調で、守屋刑事は頭を下げた。俺も一応会釈 して、改札をくぐろうとした。
「あっ、そうや。ひとつ忘れとったんですけどね、本間さん」
俺を呼び止めて、守屋さんは言った。
「昨日の夜は、何時頃に帰らはりましたか。疑ってるんやないですよ、皆さんに訊 いてるんです。これも捜査の決まり事なんで、すんませんなあ」
俺は改札に入れる定期を出したまま、なんとなく唖然 として、守屋さんを見た。
この人ぜったい、テレビ観すぎやで。
コロンボか。帰らせるふりして呼び止めて訊 くの、ドラマの刑事コロンボの芸風そのまんまやんか。
お前の渾名 はコロンボやろ。コロンボ刑事や。間違いなくそうや。
「昨日は遅かったです。大学閉まるまでいてました。せやから八時すぎやったと思います」
「何してはったんですか。絵描いてたんですか?」
さりげないふうやけど、根掘り葉掘り食いついてくる口調で、守屋さんは訊 いた。
「ある意味そうです。レンダリング終わるの、待ってたんです。CG科で」
「レンダリングって、何です?」
ほんまに知らんらしい顔で、おっさんは訊 ねてきた。
「計算です。パソコンの。パソコンに絵描かせて、それが出来上がるの待ってたんです」
「はあ。CGっちゅうやつですか。わからん世界や。すごいもんやなあ。けど、本間さんは、日本画の学生さんやなかったんですか」
眉間 に皺 寄せて、おっさんは注意深く訊 いてきた。
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