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2-3 アキヒコ
「日本画の学生ですけど。祇園祭 がらみのイベントでアート展やる言うて、教授に作品作らされとるんです。それでCG科とコラボするとかいうて、一緒にやっとるんです。知りたかったら教授に訊 いてください」
「昨日、ひとりで帰らはったんですか。誰かとご一緒でしたか」
アリバイかいな。俺はむかつくのを通り越して、なんや面白なってきた。なんで今年になってから二度も、刑事に尋問されなあかんのやろ。よっぽどついてないで、俺は。いや、それとも、何か憑 いてるせいか。亨が来てからこんなんや。あいつ、いわゆる疫病神 なんとちゃうか。
「途中まではCG科の後輩たちと一緒でした。叡電 の出町柳 で別れて、そのまま下宿に戻りました」
「ほな、そっから先は今までお一人っちゅうことですよね」
確認するように言ってきた守屋刑事に、なんて答えるべきか、俺は一瞬迷った。
一人やないで。亨と一緒やった。せやけど、俺はあいつを巻き込みたくない。あいつ、万が一調べられたら、どうなるんや。大丈夫なんか。
「それ、答える義務あるんですか。俺が容疑者やっていうなら答えてもええんですけど」
「いやいや、そんな。滅相 もないです。つい癖で、訊 いてしもただけで。すんません、すんません」
慌 てて笑い、守屋刑事は謝 ってきた。
答えなくてええんやと、俺は思った。
「ちなみに、一緒に帰った後輩いう方は、どなたで……」
怖々 みたいな口調で、守屋さんは言った。そんなビビらんでも。
「CG科の一年の、勝呂 と中谷 です」
「えーと、できたらフルネームで……」
手帳を取り出して書き付けながら、守屋さんは恐縮していた。メモをとられたことに、俺はなんとなく、嫌な予感がした。なんやねん、おっさん。俺もなんか関係あんのか。あるならあるって教えろよ。
「勝呂瑞希 、やったかな。それから中谷由香 さんです」
「ああ、そうですか……どうもどうも」
メモに名前を書き込んだらしく、守屋刑事は、満足そうにそれを閉じて、ごそごそと省エネスーツの内ポケットに仕舞 った。
「あのですねえ、本間さん」
おもむろに、という刑事ドラマノリで、守屋さんはもったいぶった口調やった。
はよ言えおっさんという目で、俺は睨 んでやった。暑なってくるやろ。わざわざ亨を振り捨ててまで、早めに来たのに、九時なってまうやん。俺はさっさとクーラー効いてるとこに行きたいねん。
「亡くなりました。中谷由香さん」
困ったなあみたいな顔で言うおっさんを、俺は顔をしかめて睨 んだ。
なんやて。今なんて言うたんや。由香ちゃん死んだって?
「可哀想になあ。まだ十九ですやん。一浪して美大でしょ。やっとこれから楽しい大学生活やったのにねえ。それが死んでまうなんて。悲劇ですよ」
「なんで……なんで死んだんですか」
まさか俺のせいやないよな。
なんでかそう焦 るのは、俺もトラウマがあるせいか。
それとも由香ちゃんが何となく、昨日の別れ際、微妙やったからか。
出町 で勝呂 とふたり、他の連中と合流して飲みに行くんや言うてた。一緒に来てくださいて誘われたけど、俺はそういうの苦手やねんと言って断った。
ほんまは早く帰りたかったからやねん。家で亨も待ってるし。けど気まずいから言われへん。何が気まずかったんか、ただ恥ずかしかっただけかもしれへんけど。
俺の代わりに、勝呂が余計なお世話で答えてた。本間先輩は家にどえらい綺麗な人が待ってるらしいで。せやから、ほっとこ。さあ行こ由香ちゃん言うて、ふたりは出町 の夜の雑踏に消えた。
俺は勝呂が由香ちゃんに気があるんやと思った。他の連中と合流する言う話も、ほんまかどうかわからへん。ついていくのも無粋 やで。
そう思って帰った。それで亨と飯食って風呂入って寝て、みんな忘れてた。
そんなん意識してたら亨に怒られる。由香ちゃん、もしかして俺のこと好きなんちゃうかって、ちょっと思ったけど。そんなわけないという気もしたんや。だって俺が生きてる女にモテるわけあらへん。もうそんな僻 みが板についてんねんで。
それにな。由香ちゃんは俺の好みのタイプやなかった。どっちかいうたら派手めの子で、着物なんか絶対似合わへん。
祇園祭のときにやたら見かける、お前の着てるそれは浴衣か、それともアホアホ温泉卓球のユニフォームか、みたいな、ショッキングピンクとかハイビスカスの柄のを、踝 丸出しで、コルセット並みに帯締め上げて着てる、襟 の抜きがイケてない、こんがり小麦色の女どもに近い。それでも親しく話してみると、可愛い子なんやけど。
とにかく、浴衣の着付けひとつで内心そこまで思う鬼畜 な俺が、つきあえるような相手やない。正直、亨のほうが色白でエロい。もう終わりや。
だけどまさか死ぬなんて。それは、あんまりや。
「犬に食われたみたいです」
大きな声で言われへん。そういう仕草で、守屋刑事は深刻に教えてくれた。
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