8 / 103

2-3 アキヒコ

「日本画の学生ですけど。祇園祭(ぎおんまつり)がらみのイベントでアート展やる言うて、教授に作品作らされとるんです。それでCG科とコラボするとかいうて、一緒にやっとるんです。知りたかったら教授に()いてください」 「昨日、ひとりで帰らはったんですか。誰かとご一緒でしたか」  アリバイかいな。俺はむかつくのを通り越して、なんや面白なってきた。なんで今年になってから二度も、刑事に尋問されなあかんのやろ。よっぽどついてないで、俺は。いや、それとも、何か()いてるせいか。亨が来てからこんなんや。あいつ、いわゆる疫病神(やくびょうがみ)なんとちゃうか。 「途中まではCG科の後輩たちと一緒でした。叡電(えいでん)出町柳(でまちやなぎ)で別れて、そのまま下宿に戻りました」 「ほな、そっから先は今までお一人っちゅうことですよね」  確認するように言ってきた守屋刑事に、なんて答えるべきか、俺は一瞬迷った。  一人やないで。亨と一緒やった。せやけど、俺はあいつを巻き込みたくない。あいつ、万が一調べられたら、どうなるんや。大丈夫なんか。 「それ、答える義務あるんですか。俺が容疑者やっていうなら答えてもええんですけど」 「いやいや、そんな。滅相(めっそう)もないです。つい癖で、()いてしもただけで。すんません、すんません」  (あわ)てて笑い、守屋刑事は(あやま)ってきた。  答えなくてええんやと、俺は思った。 「ちなみに、一緒に帰った後輩いう方は、どなたで……」  怖々(こわごわ)みたいな口調で、守屋さんは言った。そんなビビらんでも。 「CG科の一年の、勝呂(すぐろ)中谷(なかたに)です」 「えーと、できたらフルネームで……」  手帳を取り出して書き付けながら、守屋さんは恐縮していた。メモをとられたことに、俺はなんとなく、嫌な予感がした。なんやねん、おっさん。俺もなんか関係あんのか。あるならあるって教えろよ。 「勝呂瑞希(すぐろみずき)、やったかな。それから中谷由香(なかたにゆか)さんです」 「ああ、そうですか……どうもどうも」  メモに名前を書き込んだらしく、守屋刑事は、満足そうにそれを閉じて、ごそごそと省エネスーツの内ポケットに仕舞(しま)った。 「あのですねえ、本間さん」  おもむろに、という刑事ドラマノリで、守屋さんはもったいぶった口調やった。  はよ言えおっさんという目で、俺は(にら)んでやった。暑なってくるやろ。わざわざ亨を振り捨ててまで、早めに来たのに、九時なってまうやん。俺はさっさとクーラー効いてるとこに行きたいねん。 「亡くなりました。中谷由香さん」  困ったなあみたいな顔で言うおっさんを、俺は顔をしかめて(にら)んだ。  なんやて。今なんて言うたんや。由香ちゃん死んだって? 「可哀想になあ。まだ十九ですやん。一浪して美大でしょ。やっとこれから楽しい大学生活やったのにねえ。それが死んでまうなんて。悲劇ですよ」 「なんで……なんで死んだんですか」  まさか俺のせいやないよな。  なんでかそう(あせ)るのは、俺もトラウマがあるせいか。  それとも由香ちゃんが何となく、昨日の別れ際、微妙やったからか。  出町(でまち)勝呂(すぐろ)とふたり、他の連中と合流して飲みに行くんや言うてた。一緒に来てくださいて誘われたけど、俺はそういうの苦手やねんと言って断った。  ほんまは早く帰りたかったからやねん。家で亨も待ってるし。けど気まずいから言われへん。何が気まずかったんか、ただ恥ずかしかっただけかもしれへんけど。  俺の代わりに、勝呂が余計なお世話で答えてた。本間先輩は家にどえらい綺麗な人が待ってるらしいで。せやから、ほっとこ。さあ行こ由香ちゃん言うて、ふたりは出町(でまち)の夜の雑踏に消えた。  俺は勝呂が由香ちゃんに気があるんやと思った。他の連中と合流する言う話も、ほんまかどうかわからへん。ついていくのも無粋(ぶすい)やで。  そう思って帰った。それで亨と飯食って風呂入って寝て、みんな忘れてた。  そんなん意識してたら亨に怒られる。由香ちゃん、もしかして俺のこと好きなんちゃうかって、ちょっと思ったけど。そんなわけないという気もしたんや。だって俺が生きてる女にモテるわけあらへん。もうそんな(ひが)みが板についてんねんで。  それにな。由香ちゃんは俺の好みのタイプやなかった。どっちかいうたら派手めの子で、着物なんか絶対似合わへん。  祇園祭のときにやたら見かける、お前の着てるそれは浴衣か、それともアホアホ温泉卓球のユニフォームか、みたいな、ショッキングピンクとかハイビスカスの柄のを、(くるぶし)丸出しで、コルセット並みに帯締め上げて着てる、(えり)の抜きがイケてない、こんがり小麦色の女どもに近い。それでも親しく話してみると、可愛い子なんやけど。  とにかく、浴衣の着付けひとつで内心そこまで思う鬼畜(きちく)な俺が、つきあえるような相手やない。正直、亨のほうが色白でエロい。もう終わりや。  だけどまさか死ぬなんて。それは、あんまりや。 「犬に食われたみたいです」  大きな声で言われへん。そういう仕草で、守屋刑事は深刻に教えてくれた。

ともだちにシェアしよう!