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2-4 アキヒコ
「そんなアホな……」
そんな悲惨な死に方かと、俺は目眩 がしてきた。いい子やったで。案外、真面目やったし。そんな死に方せなあかんような子やなかった。
「捜査はまだまだこれからなんで、何もわかってませんが。まあ、事故ですかね、犯人が犬やから」
プアンと気の抜けた音がして、ホームに電車が入ってきた。叡電 の、二両ぽっちのチンケな車両や。その、がたごと走るのどかな景色は、とても人が死んだ朝のようには見えへんかった。
昨日、これに飛び乗って出町 まで戻ったときには、由香ちゃんは元気やった。勝呂 のアホな冗談でけらけら笑ってた。カラオケ行って、いっぱい歌うて言うてた。歌ったんやろうか。そして今朝、死んだんか。
「本間さんのこと好きになった女って、みんな死ぬんですかね。自殺とか。犬に食われたりとか」
刑事は聞き込みで何を掴 んできたんか、かまかけてるみたいに、そんなことを言った。そこはかとなく、責めるような含みのある口調やった。
「俺のせいやないです」
守屋刑事に、俺は言い訳していた。
「そらそうですわ。そらそうです。せやけど本間さんは、その筋 の方なんですやろ。神通力で人殺しても、現代では罪にはなりませんけど、でも人としてはどうなんやろ。どう思わはります?」
気味悪そうに訊 いてきた守屋刑事を、俺はただ睨 んだ。
お前は俺が怖いんか。怖いくせに、ようそんな事訊 くわ。それも職業病か。犯人いるなら捕まえたい、捕まえたったら、気持ちいいやろうなあ、ていう。
「どんな手使っても、人殺せば罪は罪でしょ。俺はそう思いますけど」
「そやなあ。私もそう思うんですよ。法律に書いてなかったら罪やないなんて、そんなことはないですよねえ」
キキィッと耳障りな音を軋 ませて、ブレーキかけた車両が停まった。
守屋さんは、去り際 の会釈 をした。俺はそれに答礼せえへんかった。
「お時間とらせて、すんませんでした。学校行ってください」
刑事ふたりは、叡電 に乗り込んでいった。
たぶん、出町 へ行くんやろ。そして昨夜、俺らが歩いたのと同じ道筋を、歩いてみるんやろ。別にええけど、嫌な話やで。お前の仕業なんちゃうんかっていう目で、人に見られるんは。
本間のせいやで。
昔から、時折囁 かれてきたその言葉が、ふと耳をよぎって、俺は顔をしかめた。
不愉快やった。不愉快というより、俺は怖かった。
まさか俺のせいなんやろか。実はそうなんやろか。俺が由香ちゃん死なせたんか。俺を好きなやつは皆死ぬって、とんだ言いがかりやで。今んとこ、死んだんは一人だけやんか。
でもそこに、二人目が現れたんかもしれへんと思うと、俺は怖かった。
二度あることは三度あるて言うやんか。
亨は、亨は大丈夫やろか。あいつは女やないし、平気なんかな。
俺のせいで、あいつが死んだら、どうしたらええんや。
それは嫌な想像やった。
あいつ、俺の言いつけちゃんと真に受けて、気つけてるやろか。犬に食われて死んだやつもおるんやで。お前もそうなったらどうしよう。
腹減った言うてたけど、大丈夫やろか。もし今ごろあいつが死んでたら、俺はどうしよう。
こんなことになるんやったら、こんな早くに来たりしないで、家であいつを抱いてやればよかった。そしたら刑事にも会わず、今ごろ俺は幸せな気分やったろうし、あいつも幸せやったんやで。
なんで家に置いてきてもうたんやろ。亨。
そう思うと、今すぐ出町 へ戻りたくなってきた。
せやけど、叡電 の電車はいったん逃すと、なかなか次のが来ないんや。それに大学行って、由香ちゃんのこと、どうなってんのか、見るべきか。展示会の〆切も押し迫ってる。それも一体どうなるんや。
由香ちゃんが昨日、帰る前に走らせたレンダリングも、もう終わってるはずや。描いた本人がすでに死んでる絵が、知らん間にできあがってる。由香ちゃんの遺作やで。誰かが間違って消さんうちに、確保しといたらなあかん。
勝呂 のことも心配やった。あいつ、刑事につれてかれたんちゃうか。任意同行や言うて。
それとも。
あいつが殺したんか。由香ちゃんを。
俺はぼんやりそれを考え、気がつくと改札をくぐってた。そして、いつも駅前で買うコーヒーを、買うのを忘れた。
――――第2話 おわり――――
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