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3-2 トオル

 それはよくある事やねん。俺はなんか、おっさんにモテんねん。若い子にもモテるけど、特におっさんにモテるな。なんでやろなあ。  とにかく、何やねんこのエロオヤジと思って、そういう鬼のような目で声かけてきた男を見てやると、どっかで見たことあるおっさんやった。  頭ん中の顔リストをサーチして、俺は思い出した。  刑事や。姫カットの死体出た言うて、アキちゃんを犯人呼ばわりして、つれてった刑事。 「なんやねん、おっさん。俺に何か用か」  それで俺はいきなり喧嘩腰(けんかごし)やった。  確か守屋(もりや)とかいう刑事のおっさんは、それに()()った。連れの若い刑事なんて、いきなり滝のように汗かいてた。 「い、いや、見かけたから、つい声かけたんやけど。こんにちは」  ナンパか、おっさん。ついていかへんで俺は。  そんな俺のやぶ(にら)みにたじたじとして、おっさんは胸の内ポケットから警察手帳を出して見せた。 「ちょっと()きたいんやけど、ええかな」 「あかんわ言うても()くんやろ。さっさと()け。コーヒー冷めるやないか」  せっかくアキちゃんに熱々(あつあつ)のを持ってったろうと思って、人が急いでんのに。 「怖いな。あんた、こんな子やったっけ。ほな()くけど、君のツレの本間さんな、あのボンボンの、昨日の夜なにしてたか知ってるか」 「何って、俺と寝てたわ」  さっさと答えてやると、若い刑事とおっさんは、二人同時にぶっと吹いた。なに驚いてんねん。そんなことも知らんかったのか。刑事のくせに。調べたんちゃうんか。 「朝までずっとか」 「朝までずっとって、どういう意味や。朝までずっとやってたわけやないで。十二時くらいまで騎乗位でやって、終わったら寝たわ。めちゃめちゃ良かったで」  アキちゃん昨日の夜もすごかったで。ほんま(たま)らん。今朝はふられたけどな。 「そんな(くわ)しく()いてへんやろ」  顔をごしごし(こす)って、刑事は()やむように言った。自分で()いといて何困っとんねん。アホか。  俺はだんだん腹が立ってきた。嫌な予感がしたからや。  なんでこいつが俺を呼び止めて、アキちゃんのアリバイみたいなの()くんやろ。何かあったんちゃうか。大丈夫やろか、アキちゃんと思うと、俺の胸の奥らへんが心配でキリキリ痛んだ。  アキちゃんは気が強そうに見えて、実はデリケートな子やねんで。それでのうても苦労知らずのボンボンやねんから。姫カットの件でしょっ引かれた時も、めちゃめちゃショック受けてたで。俺が(そば)におらへんかったら、やばかったんとちゃうか。 「なんやねん今日は。まだアキちゃんのケツ追い回してんのか。気いつけや、刑事。また、怖ーい電話かかってくんで」  びびらせといたろと思って、俺は刑事ににやにや言うてやった。おっさんは、明らかに痛いという顔やった。 「美大でまた遺体が出たんや。本間さんは被害者と死の前夜まで一緒やったし、日頃から付き合いもあった。痴情(ちじょう)のもつれで()った線もあるいうことで、一応調べてんのや」 「アホか、もつれる痴情(ちじょう)なんかないわ! 誰やねん被害者。男か、女か?」  まさかあのホモの担当教授がとうとうアキちゃんに手出したんちゃうかと、俺は怪しんだ。  あのおっさん明らかにアキちゃん狙いやで。最近、作品展があるとかで、あのおっさんアキちゃん捕まえて遅うまで働かせてるからな。  まさかとうとう凶行に及んで、返り討ちにあったんとちゃうか。そらもう殺さなあかんで。正当防衛や。アキちゃんがやらへんなら俺がやる。ぎったんぎったんにしたるで、エロオヤジが。 「いや……被害者は女性やけどな……本間さんて、そういう人なんか。そんなふうに見えへんのやけど、その、衆道なんか」 「また女か。油断も隙もあらへんわ」  刑事の話を聞いて、俺はわなわな来てた。  美大は女だらけやからな。普通の大学と比べて、女率が高い気がする。そらまあ、そうかもしれへん。今時の厳しいご時世や。絵描いて生きようなんていう男はそうそうおらへんわ。相当のアホか、ボンボンか、よっぽど芸術に魅入られたやつかやで。  その点、女どもは暢気(のんき)なんか、うち絵好きやしいうて気楽に美大来てるのもおるみたいやわ。ほんで先々は、ええ男見つけて永久就職して、てめえは絵描いて暮らそかみたいな玉の輿(こし)ドリーム抱いてるやつもおるで。  そんな(けだもの)みたいな女どもにとってやな、アキちゃんなんて、生まれたての美味そうな子鹿みたいなもんやで。金持ちのボンボンで、男前やし、絵も上手い。しかもけっこう初心(うぶ)で奥手やから、食おう思て狙ってくるやつには無防備や。  それでも今までアキちゃんが割と無事やったんは、ひとえに面食いのおかげやないか。アキちゃんは顔いい奴にしか萌えへんねん。しかもストライクゾーン狭いでえ。大和撫子みたいなんがええねんて。そんなんもう今の世の中では絶滅危惧種や。  それで前の女はあの姫カットやったんや。見た目はいかにも和風みたいな可愛い顔してた。  せやけどあの女、元は遊んでるタイプやったらしいで。顔可愛いいうんでモテモテで我が儘で、あたし才能あるから的ノリで鼻持ちならんかったらしいわ。美大の女の子たちがそう言うてた。  えげつないで女は。死んだ同級生の悪口言えるんやからな。ふつう死人の悪口は縁起でもないから言わへんで。それでもまだ悪く言われる程度に、嫌な女やったってことかもしれへんけどな。  そんな性格の女に、顔がええからいうだけで(だま)されるなんて、アキちゃんも大概アホやけど、それにはちゃんと理由があってん。  姫カットには別の女が憑依(ひょうい)してたんや。実際にアキちゃんに告って付き合ってたんは、その、中の人のほうやってん。  しかも、その女はめちゃめちゃブスやったらしい。俺はいっぺん(あい)まみえたけどな、引っ込み思案で暗い子やったわ。自信なかったんやろ、ブス歴長くて。女には、見た目の美醜は人生の大問題やからな。  まあそんな、ガワの和風美少女と、中身のブスの絶妙なコラボレーションで、控え目で頼りなげな大和撫子風味ができあがり、それが告ってきたというんで、アキちゃんは彼女と付き合うことにしたらしい。  せやけど、そんな奇跡のアクロバットみたいなコラボ女でさえ、アキちゃんの繊細なガラスの心には危険物やった。些細(ささい)喧嘩(けんか)が元で、ふたりはクリスマスの夜に別れた。そこを横からイタダキしたのが俺様というわけや。

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