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3-3 トオル
アキちゃんは、俺の顔が好きらしい。まあ確かに、俺は美しいわ。
最近やっとまともに鏡で見たけど、自分でもくらっとくるぐらいの美貌やわ。ギリシャのほうで、泉に映った自分の姿に恋して、恋煩 いで死んだナルシーな男の伝説があるけど、あれをアホかとは断言しづらい感じの気分がしてくる。魔性 の美やでほんまに。
アキちゃんは元々、男と寝るなんて見当もつかんような子やったけど、それでも俺の顔が好きすぎて、癖になったらしい。いわゆる一目惚 れやな。初見からして俺とやりたいと思ったみたいやで。
別にそんなんは恥やない。俺が本気で誘えば、誰でもそんなもんや。俺はほんまに魔物なんやから。
けどな、時々気になるねん。アキちゃんは、俺がブサイクやったら、惚 れたりせえへんかったんやろな。姫カットの中のブスも、そう言うてたで。ほんまの姿は見せとうないて。
アキちゃんは、綺麗なもんが好きや。絵にも綺麗なもんしか描かへん。耽美 派やねん。醜いものを見ると、萎える質 やねん。
せやからな、アキちゃんは、俺の中身がほんまは蛇かもしれへんなんて分かったら、もう抱いてくれへんのとちゃうやろか。元々、女のほうが好きなんやし。俺のいいとこなんて、アキちゃんにとっては、顔だけやろ。
自信ないねん、俺も。あのブスと同じで。アキちゃんが心底惚 れるような、ほんまもんの美しい何かが、俺を押しのけるんやないかって思えて、いつも心配やねん。
「死んだ女、美人やったか」
俺は覚悟して訊 いた。近頃、アキちゃんは帰りが遅かった。それに、つれなかった。誰か他のと浮気しとったんかもしれへん。
「美人ていうか、まあ、年頃に見合った可愛い娘さんや」
刑事は何となく言いにくそうやった。
「いまいちって事か」
「あんたな、そんな話して、仏 さんに対して失礼やと思わへんのか。若い女の子なんやで、可哀想やろ」
「それは重要ポイントなんやで、刑事さん。アキちゃんは真性の面食いや。顔いい奴やなかったら勃 たへん男やねん。俺が言うんやから間違いないで。その女、ブスなんやったら、アキちゃんの痴情 がもつれる可能性はないわ。姫カットの写真見たんやろ。ああいうのでないと、あかんねんで」
俺は分かってない刑事に親切に教えてやった。見当はずれの疑いをアキちゃんにかけるのはやめとけ。時間の無駄や。
「贅沢 な話やなあ、まったくボンボンが……次から次へ」
姫カットの顔でも思い出してんのか、刑事はちょっとひがんだような顔で、頭をぼりぼり掻 いた。
「あんたは、その、本間さんの情人 か。ツレやいうから友達かと思うたやないか」
「アキちゃんは俺とデキてるのが人にバレると恥ずかしいらしいねん。秘密にしといてや」
「秘密てな……あんたが自分で言うたんやで。痴情 のもつれて言うならな、あんたかて捜査線上に出てくんのやで」
呆れたみたいに、刑事は俺に説明していた。
「なんでや」
俺は首をかしげた。なんで俺が顔も知らんような女を殺さなあかんねん。
「本間さんが二股 かけてた女を、あんたが嫉妬 して、痴情 のもつれで殺 ったんかもしれへんやろ」
はあ、と俺は感心して言った。
「刑事ていうのは、想像力豊かなんやな。妄想の世界やで、それは。アキちゃんが万が一、ブスと俺とに二股 かけてたとしてもやで、俺は今それを初めて知ったんや。でもその女、もう死んどるんやろ。どうやって俺が殺 るねん」
「今初めて知った言うのんが、嘘かもしれへんやろ」
刑事が冗談やなさそうな口調でそう言うんで、俺は可笑 しなってきて、ちょっと笑った。
「嘘て。そんな嘘ついて何になんのん」
「罪を逃れられるかもしれへん」
真面目に話してる刑事と、俺は笑いながら向き合った。
「罪て。可笑 しいわ。もし俺がな、アキちゃんが二股 かけてた誰かを嫉妬 して殺すとしてやで、あんたらから逃げ隠れしようなんて思わへんわ。見つかりもせんやろ。俺が殺 ったら、血一滴、骨一片も残らへん。丸ごと全部食うてまうやろうからな」
俺の話が冗談と思えなかったみたいで、刑事は妙な顔してた。気味悪そうな。
「それにアキちゃんが、他のが好きやいうんやったら、その相手殺してもどうにもならへん。そうやろ、刑事さん。それって、もう、俺は振 られたってことやんね」
「いや、そんなことないで。浮気する男も世の中にはいっぱいおるで」
刑事は慌 てたみたいに、俺を諭 してきた。
「アキちゃんは、そんな男やないで。ふたりいっぺんに抱くような芸当はでけへん。不器用やねんもん。せやから他のと寝るときは、俺が要らんということなんやで。刑事さんは今、そんな可能性が、あると思うんか」
なんや虚 しくなってきて、俺は自分が持ってた荷物を見下ろした。
はよ行かな、コーヒー冷めるやん。アキちゃんも、他の誰かと飯食うかもしれへんやん。
「もし、そうなんやったら、俺は相手を殺 ったりせえへんよ。おとなしく消えるわ」
死んだほうがましやで。
アキちゃんが、お前が好きやという、あの目で、俺やない誰かを見るのを、端 で指銜 えて見てなあかんのやったら。俺は死ぬ。出会った頃なら、まだ我慢できたかもしれへんけど、今はもう無理やで。だってもう、半年も一緒にいたんや。アキちゃんいないと、俺はもうあかん。
想像しただけで、俺は泣けてきた。ほんまに涙出てきたで。ぽたりと一粒落ちたのを見て、刑事は相当に慌 てていた。
「な、泣かんといてくれ! なんやねん、いい年した男が、なんで泣いてんのや!」
「刑事さん、アキちゃんも俺も犯人やないで。そんな嫌な話せんといてくれ」
ぽろぽろ涙出てきたんで、俺はさすがに、それを指で拭 った。なんで泣いてんのやろ、俺。そんなにアキちゃん好きなんか。守屋 のおっさんは、そんな俺を見て、地団駄 踏んで慌 ててた。
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