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3-5 トオル
「いいや。嵐山 のやけど。その筋の人や。今ちょっと、小手調 べになるようなヤマを探してはるねん。人食い犬、続くようなら、その人に相談してみ。何とかしてくれはるわ」
保冷バッグに入れた荷物を肩に抱えなおして、俺はさあ行かなと思った。
俺の取り越し苦労かもしれへんけど、アキちゃんの勘 は当たるからなあ。
アキちゃんずっと、狂犬病のニュースばっかり見てるで。なんか気になるんやろ。鈍いから自分で分かってないみたいやけど、端 で見てる俺にはモロわかりやで。アキちゃんがそれに、何か感じてるらしいことが。
せやけど、おかん通して客に金払わせへんかったら、商売にならへん。ボランティアやないからな、魔を祓 うのも。それで食うてる血筋なんやから。
警察のえらい人に客になってもらお。守屋のおっさんなら、正義感強くてアホそうやし、解決の方法ありそうやのに、無視して放置はでけへんやろ。
もしもアキちゃんの勘 が当たりで、人死にが続きでもしたら、必ず電話してくる。そして、おかんにカモられるんや。えげつないんやでえ、あの人。
アキちゃんはボンボンで、その、えげつなさに欠ける。せやから、あんたがしっかりせなあかんえ、亨ちゃんて、おかんが言うてた。それって何。どういう意味。俺が一生アキちゃんを支えるってことかな。たまには、ええこと言うやん、おかん。
刑事も殺すより、カモったほうがええしな。そのほうがきっと、こんなおっさん食うより美味 いで。
「ほな俺行くわ。これから美大行って、アキちゃんと昼飯食うねん。お手製の愛情弁当やで。ええやろ」
「そんなん誰も訊 いてへんやろ」
がっくりとして、赤い名刺を胸の内ポケットに仕舞 いながら、守屋のおっさんは言った。
「あんたが本間さんとなあ……。同居人やて聞いたときに、気づくべきやった。というか、気づいたけど、そう思いたなかったんやろなあ。まったく、俺の想像を裏切らん世の中や」
くよくよ言いながら、おっさんは若いのを連れて、飲み屋のあるほうへ去っていった。まさか飲むわけやないやろ。聞き込みでもすんのかな。
俺も美大に行くため、切符 の自動販売機に向かった。
その機械の足元に、猫がおった。黒くて太った、ブサイクな猫やねん。
なんやねんこの猫、邪魔やなあと思いながら、俺が切符を買っていると、猫がとつぜん喋 った。ような気がした。お邪魔虫 はあんたやわ、と。
俺はびっくりして、足元を見た。
猫はぺろぺろ前足を舐 めて、ブサイクな顔を丁寧 に撫で回していた。子猫というには、もう、薹 が立ってた。半年ぐらい前に生まれた子猫が、もう育ってもうたような感じやった。
なんやねんお前、ブッサイクやなあと、俺は心で猫に話しかけた。生まれ変わっても、ブサイク治らへんかったんか、ブス。
余計なお世話やわ。あんたこそ、まだ振 られてへんのか。そろそろ振 られそうなんやろ。うちかて半年しか保 たへんかったんえ。
耳の辺りを撫 で回しながら、黒猫はそう話しかけてきた。
俺は切符 をとりながら、にやにやした。
あいにく、前にも増してラブラブやで、俺とアキちゃんは。悔 しいか、ブス。これから手弁当持って、ラブラブのランチタイムや。お前もいっしょに来るか。来たいんやったら、お前のぶんも、犬猫用の切符 ていうのを買うてやってもええで。
俺が余裕たっぷりに申し出てやると、余計なお世話やわと、また猫は答えた。ちょっと悔 しそうやった。
うちはここで、あの人が朝晩通るのを見てるだけでええの。それで分相応 やと思えるようになったんや。こうして見てたら、いつかあの人の、お役に立てる日もあるかもしれへん。
そういう猫に、健気 やなあ、お前もと、俺は答えた。さすがの俺でも負けそうやで。あの、好みにうるさいアキちゃんが、姫カット・ウィズ・ブスについ絆 されたのも、分かるような気がするわ。
まあ、そんなら元気でやれよ。暑いんやから水飲めよ。腹減ったらマンションの下にでも来たらええわ。俺がエサやったるから。
俺は親切心でそう言ってやったのに、猫はふふんと鼻持ちならんかった。あんたの情 けなんか要らへんえ。あんたこそ、困ったらうちに相談してもええよ。先輩やから、恋の悩みくらい聞いたるえ。
ほんまに、めっちゃ可愛くない猫やった。
俺はケッと毒づいて、改札をくぐった。
誰が先輩やねん。ちょっと先にアキちゃんと付き合うてただけやないか。キャリアやったら、お前にもう並んだで。あれから半年や。お前がアキちゃんと付き合ってたんも、たったの半年、それも時々泊 まりに来てただけなんやろ。俺なんか、毎晩組んずほぐれつやってんで。
お前に聞いてもらいたい恋の悩みなんかあるかい。
内心そう喚 いて、ずかずか歩きながら、俺はだんだん、しょんぼりしてきた。
いや。あるわ。悩み。
はああ、とため息つきながら、俺はちょうど出ていくところやった叡電 に、急いで飛び乗った。
アキちゃんに、俺の正体は蛇かもって、黙っといてもええかな。秘密にしといても、かまへんと思うか。そんなん騙 しやろうか。ブスはどう思う。
和風美人と見せかけて、実は死姦 させとったというお前の根性も、大概やと思うけど、俺は俺で酷 いよな。アキちゃん、蛇は気持ち悪いらしいで。そんなやつに、毎日毎晩、蛇と組んずほぐれつさせてる言うんは、ちょっとエグいかな。
酷 いんかもしれへん。けどな、それでも俺はアキちゃんが好きやねん。抱かれたいねん。
ブスはなんで結局、別れることにしたんや。ブスやったからか。
俺は真剣に問いかけていたけど、猫はもう答えへんかった。聞こえる距離から出てしもたんやろか。それともムカついて答えなかっただけか。
叡電 はがたごとと長閑 に出町柳 を出ていった。クーラー効いてて涼しかった。
アキちゃん、もう昼飯食うてもうたかなと、俺はシートにひとりで沈み込みながら、そう思った。
叡電 で美大のある駅まで、十五分もかからへん。せやけど時計はもう、午後一時を回ってた。
――――第3話 おわり――――
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