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4-1 アキヒコ
キャンパスで学生が死んだというんで、大学構内は騒然としてた。
大学側は、そんなことはもちろん隠していたが、隠しようもないような血糊 べったりの染 みが、後始末のために撒 かれた砂に埋もれて、キャンパスのどまんなかの広場中央に残されていて、学内のどこへ行くにも大体通るそこで、見間違いようもない白線で描かれた人型を目にして、気持ち悪くなって倒れたり、泣き出したりする女子学生もいた。
それで遅まきながら、教務課は学園祭の時なんかに使うテントとブルーシートを持ち出してきて、事件現場に仮設の目隠し小屋を作った。
どっから聞きつけんのか、学生がタレコミでもしてんのか、昼前にはもう、カメラ抱えたマスコミ関係の連中が、取材やいうて大学に入り込んでいた。
せやからCG科の学棟から出るな言うて、俺と勝呂 は教授たちに足止めされていた。もう昼過ぎやのに、飯も食われへん。
腹減りましたよね、先輩、と、勝呂 はいかにも平気そうに言い、なんか食うモン調達してきますと、PCの並ぶ作業部屋から姿を消していた。
こんな時によく、飯のこと思い出せるわと、俺は感心した。
俺は喉 は渇 いてたけど、腹が減った気はしてへんかった。減ってるんやろけど、食欲がない。
由香 ちゃんが犬にやられたという現場の血のあとは、想像以上に悲惨やった。見なければよかったと、俺は後悔した。いろいろ想像すると、食欲なんか萎 えた。ただエアコンの風で部屋が乾いてて、喉だけが渇 く。
俺が来たとき、勝呂 はもう、CG科のいつもの作業室にいた。由香 ちゃんより先に、大学に着いてたんやという。
開門と同時に入って、できあがりのレンダリングした絵を確認し、保存もして、続きの作業にかかってた。そして、いつもなら来る由香ちゃんが来ないのが、変やと思ってるうちに、刑事がふたり現れて、お前が殺 ったんか、みたいな、嫌な匂いのプンプンする質問をして、帰っていったらしい。
守屋 さんたちやろう。俺が駅で会ったのは、その後やったらしい。
勝呂 は怒っていた。俺が由香ちゃん殺すわけない言うて。
同じCG科の友達やし、組んで作品も作ってる。仲間やねん。それにもし、殺すようなことがあっても、大学でやるアホがいてますか。もっとバレにくいところでやるわ。そうでしょ、先輩。刑事にも、そう言うてやったんですよ、俺は。
勝呂 はカチカチとマウスをクリックしながら、ものすごい剣幕 でそう言っていた。それが何だか焦 っているようにも見え、俺は疑心暗鬼 やった。
疑うと、誰でも怪 しく見える。あの刑事たちが、俺を犯人かという目で見てたんも、あながち批判できへん。
お前、昨日の夜は、由香ちゃんとカラオケ行ったんか。
なにげない風を装って、俺が訊 ねると、勝呂はまたその話かという、重いため息をついた。刑事にも同じ話をしたんかもしれへん。
行ってません。先輩が帰る言うて、出町 で別れたあと、由香ちゃんは、先輩来ないんやったら、うちも帰る言うて、帰りました。そのあと俺は、他の連中と合流して飲んで、終電で大阪帰りました。
ほんならお前、由香ちゃんに振 られたんかと、俺は思わず訊 いた。そして、それを訊 いてから、無神経なこと訊 いたと気づいて、己のあまりの痛さに、木目がプリントされた合板の長机に、思わず突っ伏した。一番訊 いたらあかん奴が、一番訊 いたらあかんことを訊 いた。
それに勝呂 は、ちょっとムッとしただけで、淡々 と答えた。
なんで先輩もそんなこと訊 くんですか。俺は別に、由香ちゃんとは何でもないです。友達です。時々、恋愛相談とか乗ってましたけど、でも、振 られるとか、そういう関係やないです。
そんなことより、腹減りましたよね、先輩と、勝呂 は話題を変えた。そしてそのまま、部屋から出ていった。あとに残骸 みたいになった俺を残して。
時々な、俺は自分が非常に痛い。勝呂 が言うてた答えが、ほんまのほんまやったら、まだええんやけど、もし嘘やったら、どうすんねん。
由香ちゃんが実は俺が好きで、そして勝呂 は由香ちゃんが好きで、昨夜振られたばっかりなんやったら、そんなこと訊 いた俺はほんまに鬼畜生 やで。自分でも痺 れるぐらい痛い。
戻ってきた勝呂 に、なんて言おう。あいつ、ほんまに腹減って、出ていったんやろか。傷ついて逃げたんやないやろか。
謝 らなあかん。でも、いきなり、ごめんて言うのも変やし。変なこと聞いて、すまんかったなって、それくらいは言うべきなんとちゃうか。
倒れたまま悶々 としてた俺の横に、何か荷物がどさりと置かれる気配がして、俺は、早かったなと思った。合わせる顔がなくて、仕方なく、のそりと起きあがり、すまんな、勝呂 、さっき変なこと言うて、お前の気持ちも考えんと、と謝 った。
「すぐろて誰や」
聞き慣れた意外な声に、背後から言われて、俺はぎょっとした。
振り返ってみると、うっすら汗かいた亨が、パイプ椅子に座っている俺の後ろに立っていた。
「亨」
「アキちゃん、弁当持ってきたで。すぐろて誰や」
なんとなく詰問 する口調で睨 んでくる亨の顔を、俺は見上げた。
「勝呂 は、CG科の後輩や。アート展の作品制作を組んでやってるうちの一人や」
「そうか。そいつは男か、それとも女か」
亨は、詰問 口調を、いっさい緩 めてなかった。なんで俺、こいつに詰問 されてんのや。
「男やで」
俺が目を瞬 きながらおっかなびっくり答えると、亨はまだジト目のまま、ふうっとため息をついた。
「そうか。そんなら、とりあえずはええわ」
何がとりあえずいいのか、俺はぽかんとした。
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