15 / 103

4-1 アキヒコ

 キャンパスで学生が死んだというんで、大学構内は騒然としてた。  大学側は、そんなことはもちろん隠していたが、隠しようもないような血糊(ちのり)べったりの()みが、後始末のために()かれた砂に埋もれて、キャンパスのどまんなかの広場中央に残されていて、学内のどこへ行くにも大体通るそこで、見間違いようもない白線で描かれた人型を目にして、気持ち悪くなって倒れたり、泣き出したりする女子学生もいた。  それで遅まきながら、教務課は学園祭の時なんかに使うテントとブルーシートを持ち出してきて、事件現場に仮設の目隠し小屋を作った。  どっから聞きつけんのか、学生がタレコミでもしてんのか、昼前にはもう、カメラ抱えたマスコミ関係の連中が、取材やいうて大学に入り込んでいた。  せやからCG科の学棟から出るな言うて、俺と勝呂(すぐろ)は教授たちに足止めされていた。もう昼過ぎやのに、飯も食われへん。  腹減りましたよね、先輩、と、勝呂(すぐろ)はいかにも平気そうに言い、なんか食うモン調達してきますと、PCの並ぶ作業部屋から姿を消していた。  こんな時によく、飯のこと思い出せるわと、俺は感心した。  俺は(のど)(かわ)いてたけど、腹が減った気はしてへんかった。減ってるんやろけど、食欲がない。  由香(ゆか)ちゃんが犬にやられたという現場の血のあとは、想像以上に悲惨やった。見なければよかったと、俺は後悔した。いろいろ想像すると、食欲なんか()えた。ただエアコンの風で部屋が乾いてて、喉だけが(かわ)く。  俺が来たとき、勝呂(すぐろ)はもう、CG科のいつもの作業室にいた。由香(ゆか)ちゃんより先に、大学に着いてたんやという。  開門と同時に入って、できあがりのレンダリングした絵を確認し、保存もして、続きの作業にかかってた。そして、いつもなら来る由香ちゃんが来ないのが、変やと思ってるうちに、刑事がふたり現れて、お前が()ったんか、みたいな、嫌な匂いのプンプンする質問をして、帰っていったらしい。  守屋(もりや)さんたちやろう。俺が駅で会ったのは、その後やったらしい。  勝呂(すぐろ)は怒っていた。俺が由香ちゃん殺すわけない言うて。  同じCG科の友達やし、組んで作品も作ってる。仲間やねん。それにもし、殺すようなことがあっても、大学でやるアホがいてますか。もっとバレにくいところでやるわ。そうでしょ、先輩。刑事にも、そう言うてやったんですよ、俺は。  勝呂(すぐろ)はカチカチとマウスをクリックしながら、ものすごい剣幕(けんまく)でそう言っていた。それが何だか(あせ)っているようにも見え、俺は疑心暗鬼(ぎしんあんき)やった。  疑うと、誰でも(あや)しく見える。あの刑事たちが、俺を犯人かという目で見てたんも、あながち批判できへん。  お前、昨日の夜は、由香ちゃんとカラオケ行ったんか。  なにげない風を装って、俺が(たず)ねると、勝呂はまたその話かという、重いため息をついた。刑事にも同じ話をしたんかもしれへん。  行ってません。先輩が帰る言うて、出町(でまち)で別れたあと、由香ちゃんは、先輩来ないんやったら、うちも帰る言うて、帰りました。そのあと俺は、他の連中と合流して飲んで、終電で大阪帰りました。  ほんならお前、由香ちゃんに()られたんかと、俺は思わず()いた。そして、それを()いてから、無神経なこと()いたと気づいて、己のあまりの痛さに、木目がプリントされた合板の長机に、思わず突っ伏した。一番()いたらあかん奴が、一番()いたらあかんことを()いた。  それに勝呂(すぐろ)は、ちょっとムッとしただけで、淡々(たんたん)と答えた。  なんで先輩もそんなこと()くんですか。俺は別に、由香ちゃんとは何でもないです。友達です。時々、恋愛相談とか乗ってましたけど、でも、()られるとか、そういう関係やないです。  そんなことより、腹減りましたよね、先輩と、勝呂(すぐろ)は話題を変えた。そしてそのまま、部屋から出ていった。あとに残骸(ざんがい)みたいになった俺を残して。  時々な、俺は自分が非常に痛い。勝呂(すぐろ)が言うてた答えが、ほんまのほんまやったら、まだええんやけど、もし嘘やったら、どうすんねん。  由香ちゃんが実は俺が好きで、そして勝呂(すぐろ)は由香ちゃんが好きで、昨夜振られたばっかりなんやったら、そんなこと()いた俺はほんまに鬼畜生(おにちくしょう)やで。自分でも(しび)れるぐらい痛い。  戻ってきた勝呂(すぐろ)に、なんて言おう。あいつ、ほんまに腹減って、出ていったんやろか。傷ついて逃げたんやないやろか。  (あやま)らなあかん。でも、いきなり、ごめんて言うのも変やし。変なこと聞いて、すまんかったなって、それくらいは言うべきなんとちゃうか。  倒れたまま悶々(もんもん)としてた俺の横に、何か荷物がどさりと置かれる気配がして、俺は、早かったなと思った。合わせる顔がなくて、仕方なく、のそりと起きあがり、すまんな、勝呂(すぐろ)、さっき変なこと言うて、お前の気持ちも考えんと、と(あやま)った。 「すぐろて誰や」  聞き慣れた意外な声に、背後から言われて、俺はぎょっとした。  振り返ってみると、うっすら汗かいた亨が、パイプ椅子に座っている俺の後ろに立っていた。 「亨」 「アキちゃん、弁当持ってきたで。すぐろて誰や」  なんとなく詰問(きつもん)する口調で(にら)んでくる亨の顔を、俺は見上げた。 「勝呂(すぐろ)は、CG科の後輩や。アート展の作品制作を組んでやってるうちの一人や」 「そうか。そいつは男か、それとも女か」  亨は、詰問(きつもん)口調を、いっさい(ゆる)めてなかった。なんで俺、こいつに詰問(きつもん)されてんのや。 「男やで」  俺が目を(またた)きながらおっかなびっくり答えると、亨はまだジト目のまま、ふうっとため息をついた。 「そうか。そんなら、とりあえずはええわ」  何がとりあえずいいのか、俺はぽかんとした。

ともだちにシェアしよう!