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4-2 アキヒコ
「コーヒーとサンドイッチ持ってきたで、アキちゃん」
急ににっこりして、亨は傍 にあった椅子を引っ張りよせ、俺のすぐ傍 に自分の席をとった。ちょっと近いで、お前。俺はそう思ったけど、にこにこ嬉しそうにしてる亨の顔を見たら、あんまりうるさく言うのも、どうかと思えた。
なにより、亨の顔見て、ちょっとホッとしたんかもしれへん。
亨は元気そうやった。死ぬようには見えへんかった。いつも通りの、にこにこ綺麗な顔で、亨が傍 に座ってんのが、俺には嬉しかった。それで何となく、何も言えへんかったんや。
亨は、いかにも嬉しそうに、荷物から魔法瓶 を出してきて、俺に差し出した。
「コーヒーやで、アキちゃん。カフェイン切れる頃合いやろ。淹 れたて熱々やで」
にこにこして言う亨から、それを受け取りながら、俺は困った。
「熱々て。今は夏やで、亨。アイスコーヒーやろ、普通」
俺がそんな常識について語ると、亨はガーンという顔をした。意外やったらしい。俺が家では夏でもホットコーヒーを飲んでるもんやから、外でもそうやと、こいつは思ったんやろ。
そういえば最近、あんまりこいつと外出てなかったわ。課題もあったし、このアート展の作品作りもあったんで、土日も大学に通い詰めてて、亨は家でほったらかしやった。
「気づかへんかった……ごめんやで」
亨は、この世の終わりみたいな顔をしてた。それが可哀想 になって、俺は慌 てて首を横に振った。
「いや、かまへんよ。今朝、コーヒー買うの忘れてもうてん。せやから助かったわ」
「どっかで氷もろてきたろか」
それでも亨は健気 にもそんなことを言った。可愛いやつやと、俺は内心思った。
やばいやばい、嫌な予感がする。危険信号点灯や。しっかりしろ俺。ここは大学構内やで。勝呂 もいつ戻ってくるか分からんし、教授も来るかもしれへんで。ここでこいつと、いちゃついてる場合やないで。平常心、平常心。
「いや、別に、ホットでええわ。お前も昼飯食うてないんか」
「うん。ちょっと手間取ってもうて。アキちゃんもまだか」
勝呂 はどうしたやろと思いつつ、俺は曖昧 に頷 いた。まだ昼飯食うてないのは本当やったから。
そしたら亨は、すごく嬉しそうな顔をした。
「ほな一緒に食お。サンドイッチ二種類作ったで。照り焼きチキンと海老 マヨと。アキちゃんどっちから食うか」
いそいそと弁当出してくる亨は、いかにも甲斐甲斐 しかった。
俺ら新婚夫婦か。遠くからそんな自分のセルフツッコミの声がして、俺は呆然としてきた。
誰も来ないんやったらな、それでもええんやけどな、亨。でもちょっと、まずくないか。公共の場で。
海老マヨ、アボカド入れたで言うて、亨は今日のおすすめー、と、軽く焼いた山食にたっぷり具をはさんだサンドイッチを、俺に手渡してきた。
にこにこしてる亨を見てると、食わなあかんような気がしてきた。食欲ない言うて、心配かけたくなかったし、それに、亨の顔見て安心したせいか、なんとなく腹減ったような気もしてきた。
亨は自分も嬉しそうに、手製のサンドイッチを食っていた。亨はいつでも、いかにも美味そうに飯を食う。生きる上では、こいつは普通の食いもんを食わんでもええらしいけど、美味いもん食うのが趣味らしい。
ひとりで食うと味気 ないような食事も、亨と食ってると、なんでも美味いような気がしていた。亨は案外、料理が得意で、いつも何やかんや買いだしてきては、美味いもん作ってくれたし、俺はそれに甘えて、最近では全然料理なんかせえへんようになってた。
ほんまに奥さん貰 ったみたいやと、時々、ちょっと思った。そして、そう思うのは、ちょっと後ろめたい。亨にまた、俺、女の子やったらよかったのになあと、言わせそうな気がして。
海老マヨ美味い。
俺は心持ちしょんぼりと、亨が作ったサンドイッチを食った。
こいつ、なんでこんな料理上手いんやろ。気になる。
でも訊 くと、なんか怖いこと答えるんちゃうかという気もする。
どっかで別の誰かにも、海老マヨサンド作ってたことあるんかな。あるのかもしれへんな。こいつ長生きしてるらしいし。そういうこともあったやろ。焼き餅焼いても、しゃあない話や。
それでも反射的に鬱々 としてきて、俺はため息ついてた。
そしたら、亨が顔を寄せてきて、俺の口の端 をべろっと舐 めた。
「うわっ……何すんねん、お前! びっくりするやないか」
俺は椅子ごとコケそうなくらい驚いた。それでも亨はけろりとして、うっすら笑っていた。
「マヨネーズついてんで、アキちゃん。格好悪いわ」
「そんなん言うてくれたら拭 くやんか。やめてくれ、ほんまに……」
むっちゃ追いつめられてる自分を感じた。俺は、こいつに迫られると、ほんまに弱い。情けないくらい弱い。今も心臓どきどきしてる。これでこいつが、キスしてくれ言うたら、俺は98%くらいの確率で、それに逆らえない。
「キスして、アキちゃん」
案の定なことを、亨は言った。いつのまにサンドイッチ食い終わっててん。呑 んでんのか、お前は。
「無理や、俺まだサンドイッチ食ってるから」
顔をそむけて、俺は必死で言った。それでも亨は全然めげず、うっふっふと嬉しそうに笑って、サンドイッチ持ったままの俺の膝 に、容赦なく跨 ってきた。
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