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5-5 トオル
鈍いなあ。巫覡 の血筋やのに。そんなこともわからんのか、アキちゃん。
俺はちょっと呆 れて笑った。
「アキちゃんのこと、好きなんとちがうか。飼ってほしいんやろ」
「そんなこと、あるやろか。あいつ野良猫なんやろ。せっかく自由に暮らしてんのに、なんでわざわざ飼われなあかんねん」
さあ、なんでやろと思て、俺はまた笑っていた。なんでか知らんけど、自由な野良猫も、時には縛 られてみたくなるねん。好きな相手ができたら。
「あんなブサイクな猫、家におったら気持ち悪いか、アキちゃんは」
試しに俺は訊 ねてみた。
「いや、そんなことないけど。あれはあれで、可愛いで。ブサイクやけど、愛嬌 あるやん」
アキちゃんがけろっと言うんで、俺は、参ったなあと思った。アキちゃん、面食いやのに、あんな猫でもええんや。
聞こえてるか、駅のブス。聞こえてへんやろなあ。聞いてたら号泣 モンやったのに。気の毒やなあ。
しゃあないから、俺が教えたろ。そのお礼に、俺に料理教えてくれ。
そう思って、俺は明日、駅にいる黒猫を拾 いに行く決心をした。
アキちゃん横からぶんどった、罪滅ぼしや。それになんかあいつ、憎めへんねん。同じ男に惚 れてる、仲間意識かな。変なの、俺って、かなりの焼き餅 焼きやのにな。
「アキちゃん、俺がもしブサイクでも、可愛いって言うてくれるか」
「なに言うとんねん、お前は。アホか」
照れてんのか、アキちゃんはほんまに憎そうに俺を詰 った。
「お前はな、ほんまは分かってて言うてんのやろ。自分がどういう顔してるか。なんで自信ないねん。綺麗なもんは、綺麗でええやん。俺は確かに面食いかもしれへんよ。でもそれの、何が悪いねん。そのお陰で、お前は今、ここにいるんやろ。お前が、のけぞるほどブサイクやったらな、確かに俺はクリスマスの夜にお前を連れ込んだりせえへんかったかもしれへんよ。お前の見た目が好きやってん、それは否定せんわ」
アキちゃんは居直ったみたいな早口で、滔々 とその話をした。
やっぱちょっと、酔ってんのかなと、俺は思い直した。
アキちゃんは俺のほうを見もせんで、床のフローリングの木目を見ていた。
「それが切 っ掛 けなんが、そんなに嫌か。俺はお前の顔がめちゃめちゃ好きや。綺麗やからな。でも別に、顔だけが好きなわけやないで。顔なんか見えへんでも、お前が好きや。今はもう、そうなんやで」
アキちゃんは、言ってもうた、もう負けや、みたいな、ものすごい苦い顔してた。
なんでそんな苦い顔して甘いこと言えんのかな。俺はそう思って、じんわり来てた。
「ほな、電気消して真っ暗にして、目隠ししてやろか」
「やめてくれ。なんでそんなことせなあかんねん。俺は今夜はな、映画観るんや。風呂入ってから、のんびり酒飲みつつ、頭からっぽにして映画鑑賞 」
俺は悔 しくなってきて、苦笑した。アキちゃんのいつもの癒 しの儀式 や。どうせ『スター・トレック』観るんや。何回観ても同じ話やのに、特殊メイク宇宙人出てくる古いSFを、延々観るともなく観て、ぼけっとするんや。
「またスター・トレックか。好きやなあ、アキちゃん。あんな変な宇宙人ばっかの話、どこがええのん。俺と抱き合うよりええんか。信じられへんわ」
「お前と抱き合うよりええわけやない。抱き合いながらお前も観るんや」
アキちゃんが真剣に言うんで、俺も思わず真顔になった。
えっ、と、とぼけた声が自分の口から漏れて、俺はしばらく、ぽかんとした。
「観るんか、俺も。スター・トレック。観ながらプレイか」
「いや、観ながらやるわけやないよ。観てる間はやらへんよ。やりながら観るようなもんとちゃうやろ」
アキちゃんは眉間 に皺 を寄せていた。
まあ確かにな。カーク船長とかミスター・スポック観ながらやるっていうんは、あまりにも斬新 すぎやな。何に興奮してんのかお互いすごく気になりすぎるよな。
「お前とのんびりテレビ眺 めて、ぼけっとしたいねん、俺は」
「そうか……俺は、アキちゃんとベッドで組んずほぐれつしたいけど。ベッドやのうてもええけど。この際、スター・トレック観ながらプレイでもええねんけど」
「なんで俺がそんな変なことせなあかんねん」
いややというふうに首を振って、アキちゃんは立ち上がった。
「夜食をなんか俺が作るから、それと酒飲みながら、映画鑑賞 。お前は風呂の支度 」
そう言いながらキッチンに歩いていくアキちゃんに、バスルームがあるほうを指さされて、俺はしょうがなく立ち上がった。だってご主人様が風呂の支度 しろて言うてはるからな、せなしゃあないよな。
それで風呂入って。ついでやから二人でなんか気持ちいいことしよかって誘ったけど、ピシャーンみたいに断られて。泣きながら普通に風呂入って。泣きながら映画鑑賞。
せやけど、ソファでアキちゃんとべたべたしながら映画観て、アキちゃんが入れてくれたジンライム飲んで酔って、それはそれで幸せ。
キスする息がはあはあする頃になると、確かにアキちゃんはカーク船長は見てへんかった。それはたぶん、何でもよかったんやと思う。見慣れてて、映画の続きどうなるんやろって、全然気にならへんような、もう分かり切った内容のやつやったら。
お前の声は、あからさまやから、俺は恥ずかしいて、アキちゃんはいつも言ってた。でも今夜は、映画の音うるさいから、あんまり目立たへんなって、アキちゃんは言ってた。
せやし今夜は、アキちゃんも、あんまり我慢せんで、気持ちよかったら声出して。俺がそう頼むと、アキちゃんは黙秘権を行使した。そうか。あくまで我慢するか。
ほんなら我慢でけへんような事をしてやろうと思って、俺はアキちゃんのを舐 めてやることにした。
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