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5-7 トオル
俺ってここまで、気持ちよくなれるんや。そんなことを、考えたような気がする。
相手がアキちゃんやからやろな。他の相手で、ここまで感じたことない。そんなに人を好きになったことないねん。
そんならここが、俺の終着点でもええやん。もうどこにも行かへん。ずっとアキちゃんと一緒にいたい。ずっと。二人で。永遠に。一緒にいたい。
そんなことを、思ってたような気がする。頭が朦朧 として、よう分からへん。
やっと許してもらえた絶頂感のなかで、アキちゃんにしがみつきながら、俺は必死やった。
アキちゃん欲しい。もっと欲しい。他の誰かにとられたくない。もう我慢したくない。もう無理、我慢できへんねん。
俺と抱き合って、もう一緒に極まってたはずのアキちゃんが、また、愉悦 をこらえるような、低い呻 きをたてた。
それに呼び覚 まされて、俺は自分が、アキちゃんの首筋に噛 みついてるのに気がついた。俺はアキちゃんの、血を吸ってた。
飢 えたような牙 が伸 びて、アキちゃんの首に刺さり、そこから漏 れてきた熱い血を、必死で舐 めてた。アキちゃんは全然、痛そうではなかった。むしろすごく、気持ちいいみたいに、身悶 えるのを堪 えてた。
俺は一体、なにやってんのやろ。やめなあかん。こんなこと、したらあかんて、激しく震えてきたけど、それでもやめられへんかった。
舌に触れる血が、ものすごく甘い。脳みそが蕩 けるみたいな、酔うような強烈な甘さで、長年の飢えが一気に満たされていくような気がして、俺はアキちゃんの血を震えながら啜 った。それが肉体の絶頂感と相 まって、ほんまに狂うような快感やった。
やめなあかんと、何度も聞こえた自分の声に、やっと従えたのは、アキちゃんが急に、痛そうに呻 いたからやった。
びっくりして俺は唇を離した。どんな顔してんのか、アキちゃんに見られるのが嫌で、俺は両腕で顔を隠して、のけぞった。
もしかして今、俺は、化けモンみたいな顔をしてるんとちゃうやろか。アキちゃんを食おうとした。ほんまもんの化けモンなんやから。
あいつは危ないて、言っておきながら、そう言う俺のほうが、一番危ない。アキちゃんを、殺してしまう。
ほんまはずっと、我慢してた。ずっと前から、こうしたかってん。
アキちゃん欲しいて、苦しかった。いつかほんまに、殺してしまう。血を吸い尽くして。もしかしたらもっと悲惨で、骨一片残らんくらいに、食い尽くしてしまうかもしれへん。
そうなったらどうしよう。アキちゃんを、もしも俺が殺したら、俺は俺を許されへん。自分が死んだほうがましや。そんなことになる前に、出ていかなあかん。アキちゃんと別れて、出ていかなあかん。
「どうしたんや、亨……」
ぼんやりした声で、アキちゃんが俺の顔を見ようと、覆 い隠した腕をどかそうとしてきた。
「見んといて、アキちゃん。きっと醜 い顔してる」
俺は抵抗したけど、本気やなかった。ほんの一瞬の間に、いろんなことが、頭の中をぐるぐるよぎった。
俺は確かに、いつもと違う顔やったやろ。アキちゃんはそれを見て、化けモンやと思うかもしれへん。嫌いになるかも。それはつらい。
でも、そのほうがええんや。嫌いや言うて追いだしてくれたら、そのほうが、アキちゃんのためやで。
そう思えて、泣きそうでいた俺の顔を、アキちゃんは不思議そうに首をかしげて、ちょっと険 しいような表情で眺 めてきた。
「お前はほんまに、人間やないんやなあ」
しみじみとした口調で、アキちゃんはそう言った。
「鏡 、見るか?」
アキちゃんが、いかにも見ろというふうに言うんで、俺は慌てて首を横に振った。見たないわ、そんなもん。
「なんで。綺麗やで、ほら」
ミラーになってる目覚まし時計の、デジタル表示のある鏡面 を俺に見せて、アキちゃんは何となく、うっとりとそう言った。
銀色に磨 かれた鏡面 に、アキちゃんに抱かれてる俺の顔が映ってた。
いつもと大層変わらんような顔やった。寝乱れて上気した顔に、髪が汗ではりついてて、情けないような表情をした目だけが、金色に光っていた。
蛇 みたいな、細長い虹彩 が、じっと悲しそうに、鏡の中から俺を見つめ返した。
捨てんといてくれアキちゃんと、その目は言っているみたいやった。
わざとやったんやないねん。夢中やったんや。もうしない。二度としないから、許してくれ。もう俺を、抱かんといてくれ。今夜みたいに、優しいようには、抱かんといて。
「アキちゃん……俺、出てくから、嫌いにならんといて」
必死でそれだけ言うと、ほんまに涙が出てきた。アキちゃんと離れたくない。一緒にいたいねん。
「なんで出てくんや。ずっと居 るって約束したんとちがうんか」
「でも俺、アキちゃんの血を吸った」
「そうみたいやなあ。吸血プレイか。それはさすがに想定してへんかったわ。お前っていっつも、俺の想像を絶してる」
苦笑して言うアキちゃんは、なんか全然、堪 えてへんようやった。泣いてる俺の顔を、ちょっと困ったみたいに、ベッドに頬杖 ついて見てた。
「アキちゃん、平気なん?」
「案外、気持ちよかったで」
アキちゃんの苦笑は自嘲するようで、相当苦 み走 っていた。
「そうやのうて……。嫌やろ、俺のことが」
「なんで。綺麗やで、亨。今のお前の顔も。俺は面食い野郎やからな、顔さえ好きなら、後はなんでもええわ。お前がそんな俺は、もういやや言うて、出ていきたいんでないなら」
にやにやそう言うアキちゃんは、もしかしたら意地悪してんのかもしれへんかった。俺が出ていきたいって、思うと思うんか、アキちゃんは。それ本気で訊 いてんのか。
「血、吸いたいんか、俺の。ほんまのこと言うてええんやで」
震えて答えないでいる俺を見て、アキちゃんはまたちょっと、苦笑して訊 いてきた。
「吸いたい」
しょうがないから、俺は正直に答えた。ものすごい小声で。
「ほな吸ったらええやん。何が違うんや、いつもやってることと。お前、知らんのか。お前がいっつも俺から搾 り取ってるあれな。あれも元は血なんやで」
アキちゃんは照れくさいんか、目を合わせないまま俺を抱き寄せて、ぺらぺら話した。
「そうなん……?」
俺は知らんかったんで、アキちゃんの腕の中でちょっと身を固くして、反省しながら訊 いた。そうなんか。それでか。美味 いような気がすんのは。
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