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5-8 トオル

「そうやで。せやから、一日に何遍(なんべん)もやらされるよりは、血吸われるほうが、むしろラクなくらいやで」  アキちゃんは、むっちゃ納得(なっとく)してるふうに、そう言って、(うなず)いていた。 「けどな……けど、俺に血吸われたら、(とりこ)になってしまうんやで。何遍(なんべん)もやってると、俺の言うなりになってまうねん」 「それも今と何が違うねん。おんなじやろ。俺は元々、お前の言うなりやろ」  ものすごい顔をしかめて、アキちゃんは言った。  それにとっくの昔に、お前の(とりこ)やろ。半年前からずっとそうなんやで。最初に見たときから、ずっとそうやったで。お前はそれを、知らんかったんか。薄情なやつやなあ。さすがは鬼畜生(おにちくしょう)やって、アキちゃんはちょっと、照れたふうな仏頂面(ぶっちょうづら)で言った。  俺はそれを、ぽかんと聞いていた。  なんかもう。全てを通り越して、頭が真っ白やった。  真っ白。  なんも考えられへん。  幸せすぎて。  俺を支配してるアキちゃんを、俺が支配すんの。そんなん、ありか。 「アキちゃん……キスして」  (たの)んでんのか命令してんのか、自分でも分からん口調で、俺は言ってた。  アキちゃんは、まだうっすら鋭い牙の残る俺に、キスしてくれた。唇を割って、からめた舌には、まだ血の味がしてた。それでもアキちゃんは、(いや)な顔せえへんかった。  それが俺に(とら)われているせいなんか、単にアキちゃんが俺を、愛してくれてるからか、それは区別がつかへん。でも、それは、気の持ちようなんやないかって、俺には思えた。  愛してるからやって、思いたい。  アキちゃんは他のやつとは違う。俺を支配する力があるんやから、俺にちょっと血吸われたくらいで、言うなりになったりせえへん。俺が好きやから、キスしてくれるんや。そうやと思わせて。  せやけど俺は切ない。こんな時に限って、むちゃくちゃ熱烈なキスしたりして、アキちゃんは意地悪やと思う。それが何のせいか、俺には区別がつかへん。 「アキちゃん、好きや、めちゃくちゃ好き。俺に、(あやつ)られんといて。俺のこと、好きやって思った時だけキスしてくれ」  俺が頼むと、アキちゃんは笑って(うなず)いて、また俺に、触れるだけのキスをした。それが、俺が好きやと言うてくれてるみたいで、俺は(しび)れた。脳天から爪先まで。  守らなあかん。アキちゃんを。俺のご主人様で下僕(げぼく)。この世界でいちばん好きな相手や。俺の片割れで、俺の全て。それくらい好きや、アキちゃん。  アキちゃんも俺のことをそう思ってくれたら、俺はそのために、死んでもええよ。  でもそれは、口には出せへんかった。言葉にして(たの)んだら、アキちゃんは、俺もそう思うて言うかもしれへん。  でもそれはアキちゃんの本心なんか。それとも、俺に言わされてるんか、きっと俺には区別がつかへん。  ひどい話や。意地悪で。めちゃくちゃ甘いのに、つれない。  アキちゃんは、俺の首をそらせて、自分も血を吸うみたいに、俺の首筋を甘く()んだ。それはなんともいえず、官能的やった。 「俺もお前の血を吸いたいわ。なんとなく。お前を食いたいような気がする」 「そら、あかんわ、アキちゃん。俺ら、もう混ざってきてんのかもしれへん」  首筋を唇でなぞって、耳を()むアキちゃんの舌の感触に、俺の話す声には、そこはかとない(あえ)ぎが混ざっていた。 「混ざってくんのか」  アキちゃんが耳元で、ぼんやりと甘く、それを訊ねてきた。俺はその息の熱さに、うっとりと(うなず)いた。 「今朝、飲んだやろ。俺の……。ほんまは、あかんねん。混じり合うと俺と同じになる。最後まで生きてられればやで」 「生きてられへんのか」  (あご)を唇でなぞってきて、最後にキスしてくれたアキちゃんに、俺はため息が出た。 「普通は」  俺はやっと、それだけ答えた。なんかこのまま、もういっぺん抱いてほしいような気がした。さっきの続きで、繋がったまま、もう一回。 「俺は普通やないで」  横たわる俺の髪を撫でて、なんとなく誘うように言うアキちゃんの目は、確かに普通やなかった。何か言いしれない力が(みなぎ)っているような目やった。俺はそれに、夜の虫が光に()らわれるように、()らわれていた。 「そういや、そうやったわ」 「試そうか。お前のを、飲んでやったらええんか」  アキちゃんが真顔で言うんで、俺は恥ずかしくなって、アキちゃんの胸に顔を()り寄せて、その視線から逃げた。 「やめて、あかんわ、なんや恥ずかしゅうて。今夜は、普通に抱いて……普通に、もう一回」  俺がそう(たの)むと、アキちゃんはお願いを聞いてくれた。  そのまま抱いて、また俺を(あえ)がせた。  朝まで何回も、果てしないように、俺とアキちゃんは混じり合った。  明け方に、とうとうまた果てそうな体を愛しげに吸われ、俺は狂った。アキちゃん恋しい病に。  たぶんこの恋は、病魔みたいなもんやで。  ワクチンもない。加持祈祷(かじきとう)でも、陰陽師(おんみょうじ)でも、お医者様でも草津(くさつ)の湯でも。治せるわけない。果てしなく混じり合う(よろこ)びに、(とろ)(くず)れるまで。行き着くとこまで行くだけやと、そういう気がした。  だけどまだ、俺は決心がつかなかった。愛しいアキちゃんを、骨まで食らいつくすだけの決心が。そうしてもアキちゃんが、俺を好きでいてくれるか、その自信がなくて。  でも多分それは、恥じらいのない俺の、最後の恥じらいやった。  本音のところでは望んでる。それを。  アキちゃんが俺の真の姿を見ても、お前は綺麗や、お前が愛しい、お前が欲しいてたまらんと、そう言ってくれる、その時の深い陶酔(とうすい)を。  それでも、それを望む(おのれ)貪欲(どんよく)さが恥かしてしょうがない。  それで仕方なく、強く抱いてくれるアキちゃんの腕に、うっとりと恥じらって身を任せてた。それが精一杯やった、そんな可愛い夜もあったという、そんな話や。  暑い夏やった。京都の街にはコンチキチンと、祇園囃子(ぎおんばやし)(ひび)き始めてた。それは不浄(ふじょう)のモノを追い(はら)う、破魔(はま)音色(ねいろ)やった。  いつもなら空恐(そらおそ)ろしいはずのその音も、アキちゃんの胸に抱かれて聴くと、うっとりするほど美しい天上の音色(ねいろ)として、俺の耳に(ひび)いていた。 ――――第5話 おわり――――

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