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6-3 アキヒコ

 三人やったら、勝呂(すぐろ)は変なことは言わへんかった。言う(すき)がなかったんや。由香(ゆか)ちゃんがひたすら俺に話しかけてたんで。  由香(ゆか)ちゃんはお(しゃべ)りで調子のいい子で、作品仕上がったら三人で飲みにいこうとか、遊びに行きたいとか、もうパソコンの画面なんか一生見たないわとか、そんな話ばかりしていて(にぎ)やかやった。彼女の話を、俺は笑って聞いててやれば良かった。それで()がもってたんや。  勝呂(すぐろ)と部屋でふたりきりになると、何話していいかわからへん。それで仕方なく、作ってる作品の話をする。あいつも俺も。  先輩の描く疫神(えきしん)の絵って、めっちゃリアルやけど、実はほんまに見えるんですかって、勝呂(すぐろ)が聞いていた。  見えるわけないやんと、俺は答えた。  そうですよね、見えるわけないですよね、そんなん見えたら普通やないわって、勝呂(すぐろ)は笑って答えた。  せやけど、もしほんまに見えるんやったら、それはそれで、ええんとちゃいますか。別に俺は、変やと思いませんけど。それは一種の、才能なんちゃうんかな。絵が描けるやつと、描けへんやつが、いるみたいなもんで。  先輩は絵上手(うま)いんやし。ほかにも才能あっても、変やないですよ。少なくとも俺は、変やとは思いませんよ。  そういう勝呂(すぐろ)に、なんて返事すりゃええねん。言葉に()まるわ。  それで、しゃあないから俺は、そうか、作業しよか、って言うねん。そしたら勝呂(すぐろ)は、そうですねて言うて、話題を変える。技術的なほうへ。そのほうが俺も返事しやすい。  どうやって作ってて、どうやって絵を動かしてんのか、勝呂(すぐろ)は自分の専門分野をいろいろ教えてくれた。それは俺には(すご)いと思えたんで、お前は(すご)いなあて()めたら、勝呂(すぐろ)は、俺やのうてソフトが(すご)いんですよと謙遜(けんそん)していた。  でも(うれ)しそうやった。可愛(かわい)い顔に似合わず、日頃けっこう愛想(あいそう)なしやのに、そういうときは()れてんのが、可愛(かわい)いやつやと思った。  そのときは、変やとは思わへんかった。だって後輩やし、弟みたいなもんやで。俺はずっと兄弟欲しかったし、餓鬼(がき)のころには、おかんに兄弟欲しいてねだって困らせたこともある。  勝呂(すぐろ)はちょうど、そんな感じやってん。弟みたい。亨とは違う。亨を弟みたいやと思ったことはない。  だって、もしそんなん思ってたら変やろ。弟抱きたいて思う奴いるか。おらへんやろ。そんなん普通やないわ。  なんかな、途方(とほう)もなく暗い気分やで、俺は。  もしかしたら俺は、ほんまに変なんとちゃうかな。そういう血筋なんか。  ほんまかどうか、嘘やと思いたいけど、おかんも血のつながった実の兄貴に()れてたて話してた。それが俺のおとんなんやって。  お前は近親相姦(きんしんそうかん)の子やて、けろっと言うて、おかんは補足(ほそく)も言い訳も、なんもなしやった。好きやったんやからしゃあないわ、みたいな、地に足の着いた居直りっぷりで話してた。  それって普通やないで。  その、実の妹でも平気で抱くような男の血が、俺にも流れてるんやと思うと、時々ぞくっとする。中出ししたんか、おとん。正常な神経やないで、それは。妹(はら)ませたらどないしよって思わへんかったんか。  まあ、そんなおとんの異常な神経のおかげで、俺はこの世に生まれてこられたわけやけどな。  せやけど人知れず呪われた血やで。自覚したくないけど、どうもそのようやで。  こいつ弟みたいやなと思ってた勝呂(すぐろ)が、(さわ)ってもええんですよ、って言ったら、正直ぞくっとした。その一瞬でいろいろ想像がついて。  そんなこと、亨と会う前には想像もつかんかったようなことやろ。  こいつ、抱いたらどんな顔するんやろって、一瞬思った。勝呂(すぐろ)のことを。それが怖かった。  亨が怒るのも、当然やし。俺が悪い。俺は亨が好きやのに、なんでそんなこと思うんやろ。正直つらい。  亨は俺を、支配できるんやって。けど、(あやつ)られんといてくれって、亨は俺に(たの)んでた。  でも俺は、支配してほしい。俺がお前を裏切って、傷つけたりせんように。  そんなことしたないって思うのに、その一方で、別のことも思う。  もう一人二人、おってもええな。多けりゃ多いほうがええな。もっとたくさん(しき)がいたほうが、ええんやないかって。  それもたぶん、俺の血やろう。そう思うんやけど、それは言い訳か。自分がそんな不実(ふじつ)な男やなんて、思ってもみいへんかった。そんな自分がめちゃくちゃ嫌や。 「アキちゃん、その絵、なんなんや。えげつない(つら)の奴やなあ。欲深そうで」  俺が描いてた絵をのぞき込んできて、亨が俺の肩にもたれた。甘えるような仕草やった。  亨はあの夜から特に、俺が好きでたまらんらしい。目がとろんとしてた。 「俺の欲まみれの(みにく)い心が絵に出てるんや」  うんざりして、俺は亨に教えてやった。亨はそれに、くすくす笑った。 「そうかなあ、アキちゃんて、淡泊(たんぱく)なほうやん」 「そんなことないで。我慢(がまん)してるだけや」  しかめっつらで、俺は亨からじりじり逃げながら白状(はくじょう)した。  亨に描いてる絵を見られんのが、なんや無性(むしょう)()ずかしかった。見んなよ。見ていいって言うてへんやろ。 「我慢(がまん)してんの? なんで我慢(がまん)なんかしてんの? したいんか、今も?」  びっくりした顔して、亨が俺と鼻をつきあわせてきた。俺にはそれに、むっとした。したかったら悪いか。 「したいよ」  嘘ついてもしあないと思って、俺は正直に答えた。ものすごい不機嫌そうな声やった。 「そんなん、言うてくれたら、いつでもするやん」 「(いや)や。お前がしたないのに、やりたくない」 「訳わからんな、アキちゃんて」  ぽかんと(あき)れたみたな顔で、亨は感心してた。

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