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7-2 トオル
体のほうはズタボロにされたかもしれへんけどな。それでも、あいつに勝ったと、俺は思ってた。あいつがどんだけ吠 えようが、負け犬の遠吠 えや。
アキちゃんは、めちゃくちゃ痛めつけられて逃げ隠れしてた死にかけの俺を、ちゃんと探しに来てくれた。俺の正体目 の当たりにしても、しっかりしろ亨、死んだらあかんて言うて、抱きしめてくれたで。
そのまま抱いて、俺を連れて帰ってくれた。お前を助けるためやったら、死んでもかまへんて言うて、いくらでも血吸わせてくれた。
俺は心ゆくまでアキちゃんを貪 った。俺を愛してくれてるアキちゃんの血は、途方 もなく甘い。
それでのうても、アキちゃんは相当に力のある覡 なんやから、その血には旨味 があったやろ。それがその上、俺を愛してるて囁 いてくれる。最高の甘露 やで。
俺はアキちゃんの血を吸いながら、がたがた身震い来てた。ずっとイキっ放しみたいなもんやで。めちゃくちゃ気持ちいい。最高に幸せ。痛めつけられて流れ出た分の精気が、満ちてくる感じがする。
今まで、いろんなやつの血を吸った。肉も食らったやろし、骨の髄 まで舐 め尽くしたやろ。
それやとまずい、ほんまもんの化けモンになってまうと怖くて、空きっ腹をなだめながら、抱き合って我慢するので長い時間を過ごした間に食ろうてた、いじましいような愛も、全部流れ出たような気がする。
そうしてできた空洞を、俺はアキちゃんの血で埋めた。俺は愛されてる。アキちゃんは俺を、本気で心底愛してくれてる。そういう力で満たして、俺は生き延びようとした。
死にとうなかってん。アキちゃんが死ぬなて言うてくれた。俺を愛してる目で、ずっと見つめてくれた。その目と一瞬でも長く、見つめ合ってたかったんや。
生き延びて、一日でも一時間でも長く、アキちゃんと抱き合ってたい。
俺はそればっかり思って、それはもう、必死やった。必死でアキちゃんに縋 り付いてた。
水飲むか、なんか食うかてアキちゃんは心配して訊 ねてくれたけど、そんなもん要らへん、抱いといてくれ、アキちゃんの血吸いたいて、俺は我 が儘 にそればっかり強請 ってた。
はっと我にかえったんは、三日後やったらしい。三日三晩そうしてたって、アキちゃんが言うてたから、そうなんやろ。
何度目かの短い眠りから覚めて、アキちゃん好きや、血吸いたいて首を噛 もうとして、気がついた。アキちゃんが弱ってんのを。
そんなん、普通に考えて当たり前やった。血を吸う化けモンがとりついて、三日三晩も貪 りつづければ、並みの人間やったら死んでるわ。
アキちゃんが生きてたんは、力のある覡 やったからや。俺はアキちゃんから血を吸うてたけど、アキちゃんも何かから力をもらってた。それで生きてられたけど、それでもアキちゃんにとってそれは、朝飯前ってわけやなかった。
今まで巫覡 としての修行らしい修行なんかしてへんねん。生来 の才能だけの力業 やったんや。俺を死なせたくない一心で、無茶して頑張ってくれたんや。
気がついたらアキちゃんのほうが、よっぽど病人みたいやった。俺を抱いて、朦朧 と眠ってたで。
このまま続けたら、遅かれ早かれアキちゃんは死ぬ。そして俺だけ生き残るんやって、俺は遅まきながら唐突 に悟 った。きっと共倒れやで。
そんなん嫌や。俺は死にとうない。でもそれは、アキちゃんと生きていきたいからやねん。アキちゃん死なせて生き延びても、意味ないんやで。
トミ子おらへんのか、トミ子て、俺はあのブサイクな猫を呼んでた。自分もまだベッドから起きあがれんくらいやったけど、アキちゃんよりマシかと思えた。だって全然起きへんかったで、俺が腕の中で叫 んでても、平気でぐうぐう寝とったわ。
トミ子はもちろん家にいた。猫やしな、ひとりでフラフラ出かけたりはでけへんわ。
そういえばお前も三日三晩もの間、誰にもエサも水ももらえんで、フラフラなんちゃうかと、俺はその時今さらながら心配になって、どんな恨 みがましい猫が現れんのかと、内心不安やった。
まさかと思うけど、もう死んでたりせえへんやろな。出がけにエサやっといたしと、そんなこと考えてると、寝室のドアがすうっと開いて、トミ子が入ってきた。
地味な萌黄 色の絣 の着物着た、割烹着 姿で。
俺はその、猫やない、一応は人間の姿した、めちゃめちゃブサイクな太った女の格好 のトミ子を、正直ドン引きして見た。
お前。なんというブスやねん。言うたらあかんと思うけど、めっちゃブサイクやで。俺が今までの長い生涯で目にした女の中でも、超弩級 のブスやわ。
そら死ぬわ、世を儚 んで。ブスやというだけの理由で自殺なんかする奴がおるかて、内心お前を理解してへんかったけど、これは死んでもしゃあないわと、俺はトミ子に同情した。
お前、その顔で、面食いのアキちゃんと半年も半同棲 したんか。犯罪やで。アキちゃん可哀想 やと思わへんかったんか。姫カットの皮なんかかぶっても、あかんやろ。恥ずかしないんか。そんな本性 隠して、アキちゃん騙 したりして。
俺は口を慎 めない奴でな。その話をつい全部口に出してたわ。
それでもな、ブスのトミ子は、フン、て、俺を小馬鹿 にしたような鼻息ついただけやったわ。
「あんた人のこと言えるような立場やないわ。なんやのん、あの蛇 は。うち、びっくりしたわ。暁彦君が大蛇 抱えて帰ってくるやなんて」
ぐったり眠ってるアキちゃんを、心配げに見下ろして、ブスは俺らの枕元 に立った。
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