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7-7 トオル

「血吸ったんや。別にええよ。この際、そのほうがええから」  俺はアキちゃんを(はげ)まそうと思って、なるべく大したこと無いみたいな口調で言った。  でもそれは、どえらいことやった。人間が人の血吸うわけない。アキちゃんには(きば)なんかなかったやろ。俺にもないけど、血吸いたいって(きわ)まってくると、勝手に()びてくんねん。 「アキちゃん、この三日の間に、俺の血()めたんか」 「分からへん。憶えてないけど……連れて帰ってきた時に、お前が血吐いて、そのままキスしたかもしれへん」  俺から顔をそむけたまま、アキちゃんは動揺した声で答えてきた。 「そうか……それは、迂闊(うかつ)やった。もう、あかんわ、アキちゃん。めちゃめちゃ混ざってもうてるわ」  もはやお前は蛇の眷属(けんぞく)やで。  どないしよ。アキちゃん怒ったら。こんなんいやや、耐えられへんて、悩んだら。  俺と同じになって、ずっと一緒に生きるんやと、アキちゃんは嫌か。 「顔見せて」  まだ(つな)がってた体をほどいて、俺はアキちゃんのほうに寝返りを打った。見られたくないような、見てもらいたいようなっていう、怖いもん見たさの顔で、アキちゃんは困ったふうに俺と向き合った。  どんな顔してるやろって、俺は怖気立(おぞけだ)つほど緊張(きんちょう)してた。  でも、アキちゃんの顔見て、俺は思わず、淡い笑みになってた。  いつもと大して変わらへん。いつもの難しい顔や。俺の大好きなアキちゃんのままやった。  それでも俺を見つめる目だけが、金色に光ってた。蛇みたいに細った、針みたいな(ひとみ)の。アキちゃん欲しい、愛してるって、感極(かんきわ)まって血吸いたい時の俺の目と同じ。 「どうしたんや。どんなふうになってんねん」  アキちゃんは嫌な予感がするっていう顔になり、なんも言葉が出てこんようになってにやにやしてる俺を押しのけると、ベッド(わき)にある目覚まし時計をとって、その鏡面(きょうめん)(のぞ)き込んだ。  そして、うっ、と(うめ)いたけど、それはちょっと、寝坊(ねぼう)してもうたみたいな声やった。 「何やねん、これは」  やってもうた、みたいに、アキちゃんはまた(うめ)いて、目覚まし時計をナイトテーブルに戻すと、くよくよした表情で、俺を抱きに戻ってきた。 「ヤバいで、これは。ほんまにヤバい……」  大事そうに抱いた俺の背を()でてくれながら、アキちゃんはぶつぶつ()やんでた。 「何がヤバいんや、アキちゃん。ごめんやけど、俺にももう、元に戻してやられへんで。けど、死ぬわけやない。て、いうか、どっちかっていうと、簡単には死なれへんようになったんやで。成功してたら、俺と同じで、ちゃんと自己管理してる限りは半永久保証ライフや」 「お前って……いわゆる吸血鬼なんか」  知らんかったんかという質問を、アキちゃんは今さらしてきた。鈍いわ。今はじめて、それ思ったんか、アキちゃん。 「そういうふうに呼ぶやつもおるな。けど、血吸うやつは珍しないで。まあ基本やから。吸うても、それで即死はせえへんやろ。牧場の牛の乳(しぼ)るみたいなもんなんとちゃうかな」 「牧場の牛……」  呆然と、アキちゃんは()り返した。まあ、なんや、俺に日々、いろいろ(しぼ)り取られるからな。気が遠くなったんやろ。 「あかんかな……アキちゃん。俺と永遠に、一緒に生きていくのは、嫌か」  恐る恐る、俺は(たず)ねた。()きたいと思ってたことを、やっと()いた。  アキちゃんは、頭の中でそれをシミュレーションしてるみたいに、しばらく抱き合ったまま黙っていた。ずいぶん長い考え中やったで。いったい何年分、計算してるんやろ。 「嫌やないけど」  アキちゃんは口ごもった。嫌やないけど、何なんや。  俺は()れて、抱擁(ほうよう)をゆるめさせ、アキちゃんの顔を見た。トホホみたいな顔やった。 「嫌やないけどな、亨。俺きっと、おかんにめちゃめちゃ怒られるんやで」  何言うてんの、アキちゃん。  俺はちょっと、ぽかんとした。  それ、重要な問題なんか。おかん怒る事が、人間やめることより重要か。  えっ。なにそれ。アキちゃんて、マザコンやなあって思てたけど。ほんまに猛烈(もうれつ)にそうなんとちゃうんか。おかん怒るかどうかが人生の基準か。  俺。やっぱり俺は、あのおかんとも戦わなあかんのか。アキちゃんは俺のもんやって、あの、おかんと?  ……それは無理やろ。怖すぎやで、あの人。絶対勝たれへんで。  そう思って震えてきた俺は、同じくビビリ顔のアキちゃんと、どないすんねんという目で見つめ合った。  そして、コンチキチンと電話が鳴った。  うわあと隠しようもなくビビった声で、俺とアキちゃんは(さけ)んだ。  おかんや! おかんの着信音!  どこや、俺の電話どこなんや。ごめんなさい、怒られる。やってる最中やのうて良かった。トラウマになんで。アキちゃん二度と()たへんようになる。  そんな訳わからんことでアタフタしながら、俺は床に落ちてた血まみれの服ん中から、祇園囃子(ぎおんばやし)を鳴り(ひび)かせてる自分の電話を(ひろ)い上げた。それも血まみれやったけど、もう赤黒く乾いてて、まるでシャア専用状態。けど壊れてないらしい。だって鳴ってるしな。 「も、もしもし?」  思わず、いい子声作って、俺は電話に出た。 『亨ちゃんか。あんたは何をしてますのんや。どないなってますのん、三日も四日も連絡つかへんと』  明らかに怒ってる声で、おかんはビシビシ言った。受話器から()れてくる声だけで、アキちゃんは顔面蒼白になってた。貧血のせいやないで。血吸った後は、顔色良かったんやで。おかんにビビってんのや。 『アキちゃん出しておくれやす。いるんですやろ。無事なんか。(まい)何遍(なんべん)もそっちに()ったんえ。それでも最上階に入られへんいうて、泣いて帰ってくるんどす。電話も今の今まで、ちいとも(つな)がらんかったんえ』 「そ、そうなんか……」  アキちゃん、代わってくれって、俺は目で合図したけど、アキちゃんは無理やていう顔で、ふるふる首を横に振った。  あかんて、代わってよ、アキちゃん。逃げてもしゃあないやん。ていうかお前はそんな情けない男やったんか。さっきまでの甲斐性(かいしょう)ありそうなお前はどこへ消えたんや。

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