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8-6 アキヒコ
俺は蛇 あかんて言うてたやんか。
それなのにお前、そんな俺に、半年も昼となく夜となく、蛇 と組んずほぐれつやらせてたんか。
色んな事させられたで。それも見るやつが見たら、俺は鱗 のある長いのと、抱き合ってたっていうことなんか。
変態そのものやんか、俺は。許し難いわ。もう、想像しただけで頭割れそうやわ。気が狂う。変態そのもの。
それが、ものすごく淫靡 やななんて、ちょっと本気でモヤつくのは。それはもう、人間やめてる。実際もう人間やめさせられてる。お前とやると、ものすごく気持ちいい、もう他のやったらあかんて思う時点で、俺の人間としての人生、とっくに終わってる。
そんなことで戦 きながら見ている俺の目の前で、白い大蛇 は音でない声で悲鳴のような呻 きをあげた。
めりめりと何かが裂 けるような音がして、蛇 の体の黒い文様 が割れ始めた。
白い蛇体 を真っ赤に染める血を滴 らせて、それは現れた。うっそりと背を丸め、貪欲 なような醜悪 な顔をした、牙 のある黒い疫神 。ぞろぞろと次から次へ、幼児くらいの大きさのそいつらは、蛇 の体の中から現れてきた。
一人、二人、三人、四人……お客様は何名様やねん。焼き豚 もっと、何個も描いといたらよかったわ。足りるんかな、一頭分で。
俺は腰抜けそうになりながら、それでもぐったりした大蛇 を抱きかかえ、出てくる出てくる疫神 ご一行 様を、顔面蒼白 で見つめてた。
「お姿顕 しはったえ、アキちゃん。ぼんやりせんと、きちんとお願いせなあかんえ」
聞き慣れたおかんの声が、ぼけっとしてる俺に指示した。
そうやった。そういう手はずなんやった。
せやけど、じとっと俺を見てる疫神 の群 れを見て、俺の喉 は喘 いだ。
何て言うねん、この悪いコビトさんみたいなやつらに。
その姿はだいたい、俺が描いた絵のまんまやったけど、中には勝手に増えてるバリエーションもあった。俺の絵が、まさに一人歩きしてる。
「亨に取り憑 くんは、やめてくれ。大人しく出てってくれ」
上ずった声で俺が頼 むと、疫神 たちは、お互 いに耳を寄せ合って、ひそひそ話した。どうも咎 められてるみたいやった。
「失礼どすえ、アキちゃん。相手は神さんえ。せめて、出ていってください、とお言いやす」
おかんに指摘されて、俺は、そ、そうかと思った。でもこれ、元は俺が描いた絵なんやで。それでも、こいつらのほうが、俺より偉いんか。自分より偉いもんなんか絵に描いたらあかんわ。
「どうか、出ていってください。豚 の丸焼き描いてありますんで、どうかあっちのほうへ、引っ越ししてください」
俺は亨の体を抱きしめて、ジト目の連中に必死で頼 んだ。疫神 たちはまだ、ひそひそ話していたが、どこや豚 の丸焼きはと、探すような目をした。俺は背後を指さして、ありかを教えた。
疫神 たちは、寝室の壁にかけてあった俺の絵に、気がついたらしかった。よだれたらした貪欲そうな顔で、ふらふら俺の横を行きすぎていく。
さあさあ、皆さん、ごちそうありますえ、って、おかんが言うてた。いやあんお尻 触 らんといてくださいて、舞ちゃんが言うてた。
何をすんねん疫神 。お前は俺が描いたんやで、やめてくれ。俺が舞ちゃんにセクハラしたいんやって思われるやろ。
美味 そやなあ、これは美味 そうやって、がつがつ何か食うてるような音がしてた。やがてそれは、静かになった。しゅるしゅると布を巻く音がしてた。たぶん、おかんか舞ちゃんかが、俺の絵を貼り付けてた軸 を巻いたんやろ。
ほな、ごゆるりとと、襖 を閉めて出ていく茶屋 のおかみのような口調で、おかんが疫神 たちに言い渡した。
それに答える声は無かった。あったんかもしれへんけど、俺には聞こえてへんかった。
事が上手くいったんかどうか、俺は気にする余裕がなかったんや。亨の体の、連中が這 い出してきた傷からの出血が、ぜんぜん止まる気配がしない。
痛みをこらえてるふうに、力なくのたうつ蛇 の体を抱きかかえて、俺は傷口を布団で押さえた。元は白かった羽布団が、ずっしり重く血吸ってた。
亨はこの三日、俺のせいで、どれだけ血流したやろ。
大蛇 の体はどんどん軽くなっていくようやった。
それが怖くなって、亨、と、俺は声に出して呼びかけた。
大蛇 は宝玉 のような大きな金の目で、じっと俺を見た。そして、見る間に輪郭がぼやけて、その真珠色の靄 の中から、いつもと変わりない、しかしぐったりとした人型の亨の姿が現れてきた。
自分を抱いている俺の腕に、亨は冷たい指で触れてきた。
「予想以上にいっぱい産んだわぁ……」
冗談のつもりなんか、亨は力なく笑って、蒼白 の俺を見上げ、そう言うた。
「ブッサイクな子やったなあ、アキちゃん。俺とアキちゃんを足して二で割ったら、もうちょっとマシなん出てくると思うねんけど」
血染めの布団を抱えて、目を閉じそうな亨を、俺は慌 てて強く抱きしめた。
「なんで元に戻ろうとするんや。別に大蛇 のままでええやん。そのほうがラクなんやないんか」
「いやあ……どうも微妙や。もう人型のほうが慣れてて、しっくりくるわ。それに……」
亨はまたぼんやり俺を見上げ、冷たい指で俺の唇 に触 れてきた。
「蛇 にキスしろて言いにくいやん、さすがに……」
真顔でそう言うてる亨は、冗談のつもりやないやろ。
背後にいる、おかんと舞ちゃんが、俺らふたりを見てんのか、見てへんのか、俺は一瞬だけそれを考えたけど、考えてもしゃあないことやった。
亨がキスしてほしいて言うてる。
なんでもしてやるって、俺はそのとき思った。それでお前が満足するんやったら、なんでもやるで。
唇 が触 れても、亨は弱々しくそれを貪 っただけで、すぐに疲れたみたいやった。
「あのな、アキちゃん。おかんがな、孫 欲しいんやって。俺も、蛇 になれるくらいやからな、頑張 れば人間の女に変転 することも、できるんやないかと思うんやけど、アキちゃんはどうなん。そのほうが、俺のこと、もっと好きになってくれるか。そうやなかったら、誰か他の女と結婚して、子供作って、俺はお蔵 入りになるんかな」
俺の耳元で囁 くように、亨はぶつぶつ訊 いてきた。
こいつはなんで今、そんな事を訊 くんやろて、俺は不思議やった。
そんなこと、今はどうでもええんやないか。お前、また死にそうな顔してる。ほっといたら死ぬって、おかん言うてたで。
せやけど疫神 が出ていって、お前は今、助かるかどうかの瀬戸際 なんやないんか。命かかってんねんで。おかんが孫 欲しいかどうか、今は全然関係ないやん。
「なんでそんなこと訊 くねん」
「ええ、なんでって……ちょっと連想してもうてな。アキちゃんどうなんやろって、また気になってきて。もし、あかんようやったら心残りやし、この際、本音 のとこ聞いてから逝 こかと思て」
「死んだりせえへん。もう助かったんやから」
俺は亨に、怒ったような声で軽く怒鳴 ってた。
そんな話、して欲しくなかってん。不吉な話は、口に出したらあかんのやで。昔から、おかんがそう言うてたわ。信じなあかんねん、絶対大丈夫って。
せやけど俺の声は、ちょっとばかし、駄々 こねてるみたいやった。
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