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9-1 トオル
俺は死ぬ。そう思うたら、涙がぼろぼろ出てきて止まらへんかった。
大の男が泣くなんて変やって、皆思うかもしれへんけどな、でも誰だって、悲しい時は悲しいんやで。鬼でも蛇 でも、悲しい時は泣く。鬼の目にも涙っていうやろ。
泣いたらあかんて思いはしたんや。にこにこしとかなあかん。
だってアキちゃんが最後に見た俺が、めそめそ泣いてる顔やったら、ちょっと悲しいやろ。アキちゃんは俺の、笑ってる顔が好きなんやって。せやからラストシーンは微笑でないとな。
そう思って、根性でにこにこしてたんやけど、アキちゃんが眠ってもうたら、もう泣けてきて、しゃあなかったわ。
俺って、このまま死ぬんちゃうん。死ぬような気がする。
おかんが手伝って疫神 を祓 ってくれて、それで病気のほうは治ったんやろけど、そいつらが出ていった後に、ぽかんと手の施 しようのない空洞 があるような気がする。
実は病気のままのほうが、長生きできたんとちゃうんか。毒食らってるみたいな状態で、どんどん弱りはするけど、それって、物凄く虚弱 っていうだけで、食うモン食うてたら死にはせんかったんちゃうんか。それでも、ゆるゆるデッドエンドに近づきはするんやろけど、今みたいに、もう死ぬわって感じは、まだしてへんかったで。
死ぬのが怖い。
死ぬのって、どんなもんやろって、昔から時々怖く思ってたけど、現実として迫 ってくると、全然、特殊なもんやない。疲れて眠って、そのまま目が醒 めへん。ああ死んでもうたわって、そういう感じなんや、きっと。
俺は人間やないし、たぶん精気の塊 みたいなもんで、死んだら霧消 して、なんも残らへんと思う。それとも何かは残るのか。カサカサに干からびた白い蛇 とかか。嫌やなあ、それ。
できるもんなら、なんも残さず綺麗 に消えたい。
アキちゃんが目を醒 ました時、俺はどこにもいない。亨は消えた。あいつはどこに行ったんやって、アキちゃんは動揺するやろけど、でも、そのほうが、俺が目の前で消えるのを見るよりマシなんちゃうかって、俺は思ってた。
もしかしたら、アキちゃんは、亨は元気になって、ふらっと散歩にでも行ったんや、この世のどこかにいるんやって、思ってくれるかもしれへん。そして俺を探してくれるかも。
そういうのって、俺の我 が儘 と思うけど、いろいろある選択肢の中で、一番マシで美しいと思えたんや。死なんといてくれって泣きわめくアキちゃんなんか見たくないやろ。そんなキャラやないやん。格好悪いで。嬉しいけど、格好悪い。そんな目に、遭 わせたくないねん。
せやけど俺はアキちゃんの腕 の中で死にたかった。最後の一瞬まで抱いといてほしい。せやしアキちゃんには眠ってもろたんや。疲れてるのもあったやろけど、俺の毒素はよう効くで。アキちゃん、ぐうぐう寝てたわ。
ほんの一瞬、眠らせるんやのうて、このままアキちゃんにも死んでもろたらどうやろって、実はちょっとは思ったわ。連れ落ちしよかて。けど、やっぱ、それは無理やな。気の毒すぎて。
それに、もはや人でなしのアキちゃんを、俺が簡単に殺せるもんなんか、それも分からへんしな。
アキちゃんは元々、ただの人間やった時でも、優秀な覡 の素養 があって、俺より強いくらいやったんやから、それが不滅の体になって、どんだけ無敵になったやろ。俺にはもう、勝ち目なんかないって、そういう気もする。
そんな凄い奴の作成に、貢献 できてよかったな的な、そんな満足を冥土 の土産 にして逝 こかて、俺は自分を納得させてた。
アキちゃんは、俺を愛してた。結局、言葉に出しては言うてくれへんかったけど、でも言わなくても分かる。俺には分かってた。そういうつもりやった。
せやから幸せやった。長い一生の終わりが幸せで、ハッピーエンディングやないかって。
けど全然、納得 でけへんかったで。悔 しい。なんで何百年も何千年も生きてきてて、死ぬのが今このときなんやろ。
まだアキちゃんと、半年しか一緒にいてない。なんでそういうことになるねん。無駄 に生きた俺の数千年が憎いわ。
アキちゃんとまだ、紅葉も見てない。クリスマスの夜に出会って、桜眺 めたきりや。五月が過ぎて、梅雨に入るころにはもう、アキちゃんは例のCGの制作に取られっぱなしやったからな。
畜生 、あの犬め。てめえも死にかけてるからとは言え、俺の貴重な半年から、一ヶ月も二ヶ月も、アキちゃんを横取りしやがって。むかつきすぎる。思えばあいつに一矢 も報 いずに死ぬとは、心残りやった。
感触からして、あいつはまだまだ初心 なほうやで。千年も生きたような化けモンとは違う。めちゃめちゃ人食って、一時的に強いけど、でも底が知れてるわ。ほんまやったら俺の敵やない。アキちゃんに使役されてる式 やなかったら、俺にはあんな奴、一捻 りやったわ。
なのにあいつはきっと、俺のことを、ちょろい奴やったって思うたやろ。ほんまに腹立つ。俺はお前に負けたんやない、アキちゃんに負けたんや。アキちゃんの命令に逆らえへんかっただけなんや。
できるもんなら、リベンジしてやりたかった。あいつの可愛い顔を、土足 で踏 みにじってやりたかったで。もしまだ向こうも生きてるんやったらやけどな。
思えば、それもむかつく。死にかけへろへろのやつに疫神 うつされて、俺のほうが先にくたばるやなんて、許されへんわ。
あいつはもうとっくに死んでるって、思いたい。俺も死ぬけど、それでも、アキちゃんの腕の中でやで。ざまあみろ、どろぼう犬。お前はひとりで死ね。アキちゃんも、そう言うてたやろ。俺にはちゃあんと、聞こえてたんやで。
せやけどこれが、ほんまに勝利と言えんのか。死んだら元も子もない。
死にたくない。アキちゃんとずっと、一緒にいたい。アキちゃんには俺が、必要やねん。そうでないと嫌や。
他の誰かが俺の後を埋めて、アキちゃんを幸せにしてやるなんて、きっとそうだとええなって思うけど、でも耐え難い。
俺でないといやや。俺がアキちゃんと幸せになる。めでたし、めでたしで終わって、ふたりはいつまでも幸せに暮らしました、ってなるのは、俺とアキちゃんとでないと。
アキちゃん好きや、俺を離さんといてて、俺はおいおい泣きながら、眠ってるアキちゃんの胸にすがりついてた。
アキちゃん、なんで服着てんのやろ。脱がしたろかな。でもそんなパワーないしな。服脱がせてて死んだらアホみたいやな。その分、一瞬でも長生きしたほうがトクちゃうか。どないしよ。
そんなことで悶々 としている俺を、ものすご呆れた目で見上げてるやつがいた。
ブサイク猫のトミ子やった。
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