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9-4 トオル

 美味(うま)そうや、トミ子、まるまる太りやがって。  顔はブサイクやけど、それは味とは関係あらへん。女なんてな、人間の顔なんて、一皮()いたら、関係あらへんで。人も猫も、結局はただの肉と骨。食うてしまえば美人もブスも、おんなじや。美味(うま)いか不味(まず)いかの差しかあらへん。  お前は化粧(けしょう)もしてへんかったし、ごてごて何か飾り立てたりもしてへんかった。香水ぷんぷん振りかけたり、得体の知れんダイエットサプリ飲んだりするような、食品添加物たっぷりの女やなかったで。  アキちゃんに、体にいいもん食わさなあかんて言うて、俺に教える料理も、無農薬野菜の昔ロハスみたいな和食ばっかりやったやろ。そら体にええわ。骨まで食うても何の害もない、俺の体に優しい猫やわ、お前は。  俺がそんなこと考えながら、何となくはあはあしてきて、よだれを(こら)えていると、トミ子はにやにや言うた。 「うちはな、ほっぺた落ちる美味(おい)しさえ。いっぺん食べてみて」  ゆらゆら()れる猫の尾が、なんとはなしに(さそ)うようやった。  まさかな、俺がこのブスに誘惑されることがあるとは、想像したこともないわ。  なんや胸苦しくなってきて、俺は自分を抱いてるアキちゃんの腕から()い出した。  胸押さえてた布団を退()けたら、まだ、胸にぽっかり開いた傷から、血がだらだら流れてた。  そら死ぬわと、自分でも思った。  俺、あのエグい顔のコビトさんたちに、ばりばり食われてもうたんや。あんなもんでも神は神、それが身の内にいるうちは、いくらか力もあったけど、もうゴチソウサマや言うて、出ていってしまいはった今では、俺はただの、美味いとこから食い散らかされた残飯(ざんぱん)みたいなもんかもしれへん。  まともに動く気力もないわ。  そう思ってたけど、黒猫食いたさで、俺はベッドから()い出してた。  アキちゃん眠らせといて正解やったで。自分がその時、どんな顔してたんか、自分でも想像したないわ。  俺はほんまに、自分の全てを、アキちゃんにさらけ出したやろか。  多分、そうやない。醜悪(しゅうあく)やと思うもののなかでも、自分なりには美しい部類やと思えるものから順に脱いでいっただけで、好きな相手には絶対見せたらあかんもんはある。  まあ、それは追々(おいおい)、アキちゃんがもっと、人の世とおさらばする覚悟(かくご)決めてから、ちょっとずつ味見させたらええねん。  ()い寄ってくる俺を見て、トミ子は食われる覚悟(かくご)はあったんやろうけど、張り付いた笑みのまま、じりじり逃げてた。  そら、怖いやろ。自分を食おうってやつが、よだれ垂らしてじりじり(せま)ってきたら。  はあはあ(あえ)ぐ俺を見て、ブスのトミ子は(おび)えた声で、それでもしみじみと言った。 「亨ちゃん……あんた、ブッサイクやなあ」  そうや。俺はほんまは醜悪(しゅうあく)やねん。化けモンやからな。美しいのと(みにく)いのとは、突き詰めると紙一重やで。  俺の心根(こころね)は、今すごく(みにく)いねん。  トミ子、俺はほんまのこと言うたら、お前のこと、友達やと思ってた。お前が好きやってん。  おんなじ男に()れた仲やないか。おんなじ痛みが分かるやろ。お前もアキちゃん好きなんやろ。  そんなら俺が、お前を食うてでもアキちゃん守りたいと思う気持ちが、お前には分かるやろ。それが分かるからこそ、俺に自分を食うてもええて言うてくれたんやろ。  そんなお前がな、俺は好きやで。なんて健気(けなげ)で可愛い女や。  けどな、お前にかて、アキちゃんはやらへんで。ほんまは誰にも(ゆず)りたくないんや。  横入(よこはい)りするやつは皆殺し。全部俺が食うてまうやろ。  俺のほうが、アキちゃんには相応(ふさわ)しい、アキちゃんに必要なのは、お前やのうて俺なんやて、内心の奥深いところでは思うてる。それが俺の、本音の本音やで。  そんな(みにく)心根(こころね)が、顔にも姿にも(あらわ)れてるんやろ。そんな有様(ありさま)、アキちゃんには見せられへん。  せやけどお前には隠しはせんわ、俺の友達なんやろ、トミ子。ブサイクなんはお前だけやないで、ブス。みんな似たようなもん、お前なんかな、めちゃめちゃマシなほうや。  食うてもええか、痛くはせんから。まるごとひと()み。べろんごっくん、ゴチソウサマやで。  俺が強請(ねだ)ると、トミ子はもう()らえられた獲物(えもの)の目して、ああ、ほんまにそうして、うち、痛いのは嫌やわ。早う済ませて頂戴(ちょうだい)て言うた。  ほんまに一瞬やったで。猫一匹なんて。俺は人でも牛でも、やろうと思えば丸呑みやからな。  それでも俺は泣きながらトミ子を呑んだ。  悲しいていうより、何でこういう事になるのかって、(のろ)わしかったんや。  俺は別に、あとで食うたろと思て、トミ子を(ひろ)ってきたわけやないんやで。こいつもアキちゃんの(そば)にいたいやろうと、(なさ)けをかけたつもりやったんや。  付き合うてみれば、案外ええやつやった。ブスやけど、いろいろ物知りで家庭的やったし、料理も得意で、それでいて(ひか)え目で、俺が困ってると、どしたん亨ちゃんて言うて、(となり)に座ってきたりした。  おかんみたいな女やったで。アキちゃんのおかんとちゃうで、一般論としてやで。  そんなブスがな、俺には(した)わしかった。お前がいてくれおかげで、アキちゃんとの二人暮らしにも、なんとなく(なご)み感があるなあ、みたいなな。  アキちゃんが留守(るす)の間に、俺がひとりで部屋に戻ってきても、真っ暗で誰もおらんのやのうて、ただいま、お帰りっていう相手が()るのは、何かええもんやな、って思ってた。  そんな相手を食うてでも、生き延びようっていうんやから、俺はよっぽど因業(いんごう)なんやで。  ごめんな、トミ子。ありがとうやで。成仏してや、って、お前、クリスチャンや言うてたな。  ほんなら何になるんや。天使か。天使やないか。キリスト教の神さんは、人間死んでも神や仏にはせえへんのやで。ケチやなあ。  せやけど、人は人のままで、天国でぼけっと永遠に幸せで、絵描きたいやつは絵描いてりゃええらしい。それはそれで、らくでええかな。死んだ後まで、神や仏や言うて祭られて、働かされる人らもいてはることを思えば、そのほうが気楽やろか。  どっちでもええけど、トミ子、お前がなんとか思うような天国へ行ければいいけど。実は俺に食われて、それっきり消えたんやないやろか。そんなような罪の意識があるせいで、俺が感じた錯覚(さっかく)か、はたまた妄想か。  俺は自分の身の内に、まだ黒猫がいるような気がしてた。そりゃあまあ、呑んだばっかりやからな、すぐには消えへんのやろ。消化するのに時間がかかる。苦しみもがくような感じはせえへんかったけど、とにかくトミ子は俺と居るって、そういう感覚がしてた。  あのな、結論から言うとな、フュージョンしてもうたんやな。食うたんやけど、それってつまり、食うたもんを自分の血肉として活かすってことやろ。マジでトミ子は俺の中におったらしいで。  どないなってんの、これ、って、錯乱(さくらん)した声が、頭ん中で(ひび)いてたわ。これもう天国かて、トミ子がうろうろしてるんで、ちょっと待て、天国やのうて俺の中やでって、俺は(あわ)てて教えた。  そしたらギャッみたいな悲鳴あげやがって、なんでうちがあんたと一緒にならなあかんのって、トミ子が激怒(げきど)してた。

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