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9-5 トオル

 まあ、そうやわな。俺もそう思う。なんで選りに選って、このまばゆい美貌(びぼう)(ほこ)る俺様が、ブスのトミ子とフュージョンせなあかんねん。  亨ちゃん・ウィズ・ブスはないで。それはあまりにも無茶(むちゃ)や。お前、友達やけど、一応は恋敵(こいがたき)なんやからな。天国でも極楽でもええから、さっさとどっか行ってくれへんか。  俺はじたばたして、なんとかトミ子を()き出そうとした。けど、()いてもうたら、俺ってまた死にかけ状態に逆戻りなんやと気がついて、それもでけへん。  どうしよ。とにかく人の姿に戻っとかな、アキちゃん起きたら困るしなて思って、よっこらしょと変転(へんてん)した。  ビルから落ちる荒療治(あらりょうじ)のお(かげ)で、俺も変転(へんてん)するコツを思い出したんやな。あんまり長いこと人の姿で過ごしてきたから、変わり身が遅くなってしもて、これから練習せなあかんて、俺は思った。  これでちゃんと戻れてるかて、自分の体を見てみて、ほんまにもう絶叫(ぜっきょう)やったで。  女になってる。  嘘やあ。女になってるで。(ちち)がある。  どう考えてもブスを食うたせいやった。まさか顔もブスかと思って、俺は(あせ)って(かがみ)を探した。せやけど寝室には(かがみ)は置いてない。アキちゃんが寝てる枕元(まくらもと)の、例の目覚まし時計しかない。  それで恐る恐る忍び足で近寄っていって、軽い寝返りをうつアキちゃんにびくうってしながら、俺は取り上げた目覚まし時計の鏡面(きょうめん)と向き合った。  別にブスやなかった。と、いうか、美人さんやった。  もともと俺は、どっちかいうたら中性的な顔やったからな。それがさらにちょっと女っぽくなったかな、ていう程度のもんで、あんまり変わったような気はせえへん。  しかしこれはヤバいで。おかんの思うつぼや。(よめ)いびりの本格スタートや。アキちゃんも、もしかしたら大喜びするんとちゃうかて、俺はなんとなく青くなって、ううんて(うめ)いてるアキちゃんに、起きんといてて心で(たの)んだ。  戻ろう。なんとかして、元通りの男の姿に。でも、それでええんかな。アキちゃんが、女の俺のほうが好きやていうんやったら、それもありかて、ちらっと思った。  それで、ビビりながら、アキちゃんが起きるのかどうか、突っ立って(なが)めてた。  アキちゃんは、抱いてた俺が腕の中からおらんようになったのが気になって、目が()めてきたらしい。ごそごそと布団を探る仕草(しぐさ)をして、そこに俺がいないのを確信すると、アキちゃんはびっくりしたように、がばっと起きた。  そして、ベッドの(わき)に突っ立っている、全裸の女を見た。俺やで、念のために言うと。  アキちゃんは、口ぱくぱくしてた。俺が(へび)になった時より、よっぽど(おどろ)いてたわ。  しばらく、心ゆくまでぱくぱくしてから、アキちゃんはやっと(さけ)んだ。 「なにやっとんねん亨、お前、女になってるやないか」 「う、うん、そうやねん。なんかな、こういう事になってしもてな……」  (ちち)ぐらい隠したほうがええんなあて、俺は悩んでた。  なんかな、わからへんよな、急に女になっても。どうしたらええか。  恥じらったほうがええかなあ。アキちゃんものすご見てるし、上から下まで三往復くらいスキャンしてガン見してたで。  見過ぎやろお前。(いま)だかつて、そこまで必死で俺の(はだか)見たことあったか。やっぱお前、女がええんか。そういう男なんやな。そうやろうとは思ってたけど、現実にそうやというのを目の当たりにすると、寒いわあ。 「ちょっと、くらい、(かく)せ」  青い顔して、しどろもどろに言ってから、アキちゃんは自分の顔を(おお)った。  自分が目(つぶ)ればええんやって気がついたらしかった。  ていうか、別に見たいなら見たらええんやないんか。だってお前のモンなんやし。毎日組んずほぐれつしてたやろ。人には言えんような事もしてたやん。まあ、そん時には女体(にょたい)やなかったけど。()ずかしいんか、女体(にょたい)が。今さら()ずかしいて言うほうが、よっぽど()ずかしいで。 「めちゃめちゃ好きか、アキちゃん」  俺は(あき)れ口調で(たず)ねた。むしろ非難してた。お前はどうせそういう奴やって。  アキちゃんはそれに、頭を抱えたまま、ふるふる首を横に振った。 「無理」  なにが無理やねん。 「刺激(しげき)が強すぎ」  なんの刺激(しげき)や。やりたいんか、俺と。  やったらええやん。いつもやってることを。今日は選択肢(せんたくし)が増えてるで。  まさかの新展開やろ。ご期待どおりか、この野郎。やるならやるで、俺は。もうすっかり元気やからな。何発でも付き合うたるで。 「お前な、ちょっと正視(せいし)()えへんから、元に戻っといてくれ」  アキちゃんは情けないような声で、俺にそう(たの)んだ。 「元に、って?」  俺は唖然(あぜん)として(たず)ねた。アキちゃんはすぐには答えへんかった。 「元にって……男に戻れっていう意味か?」  俺は(たず)ねた。女声で。  それで、アキちゃんどんな顔してんのと気になってきて、(まゆ)をひそめて、ベッドに(ひざ)をかけて、そこに座ったままのアキちゃんの顔を、のぞき込みにいった。  アキちゃんはぎょっとして、俺の顔を見た。そして、また青い顔でぱくぱくしてた。 「アホか、そんな格好(かっこう)で俺の視界に入るんやない。びっくりするやろ。さっさといつもの姿に戻れ!」  めちゃめちゃ本格的な命令口調で、アキちゃんは俺に言った。それが切っ掛けで、俺はドロンと元の姿に戻った。  つまりな、裸の男にやで。アキちゃんはそれを見て、ものすご深いため息ついてた。 「あかんで……ほんまに、冗談きつい」  くよくよ言うてるアキちゃんは、(ひたい)に汗かいてた。部屋が暑いせいかもしれへん。それとも違うのかも。 「何が、嫌やったん、アキちゃん。好みやなかった?」  なんとなくドギマギして、俺は(たず)ねた。  そういえば俺ってぜんぜん和風やないし、女になっても、アキちゃん好みの姫カットとか、おかんみたいな、着物美人にはならへんで、たぶん。どっちかいうたら外来の顔立ちやもんな。 「嫌やない。嫌やないけどやな、あかんよ、あれは。美しすぎる」  錯乱(さくらん)してんのか、アキちゃんはストレートな説明をした。

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