63 / 103
10-2 アキヒコ
おかんは戦い方は知らんて言うてる。女の子やさかい言うて、そういう荒 っぽいことは仕込まれなかったんやって。
おかんはあくまで、豊穣 やら無病息災 やらを祈る巫女 やってん。
戦うのは覡 のほう、というのが、我が血筋の決まり事やったらしい。
血を残すために女は生かしておかなあかん。男は死んでもええけど、っていう考え方らしい。性差別やで。けど、現実としてそういう、そこはかとなく母系 の残る家らしい。
おとんの手記 に、系図 がついてたけど、めちゃめちゃ長かった。
折りたたまれて、何代前まであるねんていう、壮大 な名前の羅列 で、よく見ると、おんなじような名前が繰 り返し出てきてることに俺は気がついた。
暁彦 と名付けられてる男は、なにも俺とおとんだけやない。同じ名前で系図に残っているご先祖さんが、何人もいてはる。
その事実に、俺はちょっと、ほっとした。気休めやけど、俺がおとんと同じ名前なんは、うちの血筋では別に普通のことなんやって、自分を慰 められた。
おかんはもちろん、そういうつもりで俺の名前を決めたんやないやろ。俺は死んだおとんの生まれ変わりやって、おかんはきっと信じてる。それで俺に、大人になったら結婚してくれて、冗談めかせて頼んでたんやろ。
おかんは、結婚したかったんか。実の兄貴と。それがずっと心残りやったんやろか。
結婚して、子供産んで、ふつうに奥さんしたかったんかな。
もしかして、そうなのかという気がして、俺はちょっと切なくなった。
それは、無理やろ、おかん。たとえ生きてても、おとんは実の兄弟なんやし、俺に至 っては息子なんやで。そんなん、普通やないわ。
でも、もしかしたらそれは、秋津の家では普通のうちやったんかもしれへん。
系図 がそれを物語ってた。時には兄弟で結婚してるような形跡があった。
おかんが俺に勧 めてくる見合いの相手も、決まって遠縁 のだれそれさんのお嬢 さんとか、そういう、親戚 やんかっていう女ばっかりやった。
なんでやねんて、俺はそれが嫌やったけど、なんでなのか、理由はちょっと考えればわかる。血筋の力を保 とうとして、近親婚 を繰り返してきてるんやろう。そのタダレた婚姻関係 まで含 めて、秋津 の家業 やったってことや。
俺はその直系 の、最新版のひとりっ子やで。
まさか俺には、血筋の女と子供つくる義務まであるんやないかって、そんな怖い予感がした。
おとんはなんで、妹抱いたんやろ。ほんまに好きやったんか、おかんのことが。
戦争行くし、もう死ぬかもしれへんという状況で、なんとか子供作ろうとしたんやないか。直系 の血を残そうとして。選 りに選 って、妹と。
他にも居 るやろ、親戚 の女が。なのになんで実の妹やねん。
やっぱり、ほんまに、好きやったんか、おかんのことが。それとも、単に、そうすればドロッドロに血の濃 い子ができるやろって、そんな理由やったんか。
俺のおとんは一体、どういう男やったんやろって、俺は初めてそれに興味が湧 いて、書斎 にあるMacを起動してた。
亨が居 ると、アキちゃんアキちゃんて、さかりついた猫みたいに、ごろごろ甘えてきてうるさいんで、俺は書斎 に引きこもったんや。おとんの手記 を急いで読まなあかん。
せやけど、何か、集中できへん。いろいろ心が乱れてて。
手記 はいつまでも、系図 のページのまま、パソコンデスクのチェアに座ってる俺の膝 の上にあった。
亨、一緒にいたいて言うてんのに、邪険 にして可哀想 やったかな、とか。俺はほんまに勝呂 に可哀想 なことしたとか。おかんも可哀想 やとか、そんなことばっかり頭をよぎる。俺はつくづく気が多いらしいわ。
これは誰の血やねん。おとんやないんか。
そんなおとんの顔を、ひさびさにもう一度拝 みたくなって、俺は残してあった、おとんの写真のファイルを開いた。年明けにスキャナで読み込んでた、古い古い一枚きりの写真や。
そして、液晶画面に映ってる、白黒写真の軍服男を、じっと眺 めた。
実家にあったアルバムの写真を借りてきて、それを今年の初めに修復 したんや。印刷したのを郵便で送ってやったら、おかんは、お兄ちゃんの写真が新しなったって、嬉 しそうに電話してきた。
その作業をするときに、俺はしばらくこの写真と睨 み合ってたけど、見れば見るほど、俺はおとんに生き写しやった。まるで自分の写真みたいなんやで。気持ち悪い。
なんで俺が海軍コスプレせなあかんねん。
でも、似合ってる。おとんには、真っ白い軍服も、金の星がついた軍帽 も、よく似合ってた。顔そっくりやけど、俺より格好いい。覇気 があるっていうんか。
何にでもすぐ逃げ腰で、内心うじうじしてばっかりの俺より、きっとおとんは男らしかったんやろ。特にこの写真のおとんは、これから国のために戦って、死のうっていう男の顔なんやから。
おかんが、お兄ちゃんは逃げへんかったえ、って、ものすご惚 れてるふうに言うのも、そらしゃあないわ。
それに比べて息子は情けないて思うてんのやろ。逃げてばっかりやもんな、俺は。きっと、ほんまにぼんくらなんやで。人が言うように。
秋津の坊ちゃんは、ぼんくららしいで、って、昔から皆言うてたやんか。
「そんなことない。人の言うことなんか気にせんでええんや」
力強く諭 すような声で言われて、俺はますます落ち込んだ。気休め言わんといてくれ。人の噂 には一理 あるもんなんや、って。
そうやって頭抱 えてから気がついた。
今の声、なんや。
ともだちにシェアしよう!