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10-2 アキヒコ

 おかんは戦い方は知らんて言うてる。女の子やさかい言うて、そういう(あら)っぽいことは仕込まれなかったんやって。  おかんはあくまで、豊穣(ほうじょう)やら無病息災(むびょうそくさい)やらを祈る巫女(みこ)やってん。  戦うのは(げき)のほう、というのが、我が血筋の決まり事やったらしい。  血を残すために女は生かしておかなあかん。男は死んでもええけど、っていう考え方らしい。性差別やで。けど、現実としてそういう、そこはかとなく母系(ぼけい)の残る家らしい。  おとんの手記(しゅき)に、系図(けいず)がついてたけど、めちゃめちゃ長かった。  折りたたまれて、何代前まであるねんていう、壮大(そうだい)な名前の羅列(られつ)で、よく見ると、おんなじような名前が()り返し出てきてることに俺は気がついた。  暁彦(あきひこ)と名付けられてる男は、なにも俺とおとんだけやない。同じ名前で系図に残っているご先祖さんが、何人もいてはる。  その事実に、俺はちょっと、ほっとした。気休めやけど、俺がおとんと同じ名前なんは、うちの血筋では別に普通のことなんやって、自分を(なぐさ)められた。  おかんはもちろん、そういうつもりで俺の名前を決めたんやないやろ。俺は死んだおとんの生まれ変わりやって、おかんはきっと信じてる。それで俺に、大人になったら結婚してくれて、冗談めかせて頼んでたんやろ。  おかんは、結婚したかったんか。実の兄貴と。それがずっと心残りやったんやろか。  結婚して、子供産んで、ふつうに奥さんしたかったんかな。  もしかして、そうなのかという気がして、俺はちょっと切なくなった。  それは、無理やろ、おかん。たとえ生きてても、おとんは実の兄弟なんやし、俺に(いた)っては息子なんやで。そんなん、普通やないわ。  でも、もしかしたらそれは、秋津の家では普通のうちやったんかもしれへん。  系図(けいず)がそれを物語ってた。時には兄弟で結婚してるような形跡があった。  おかんが俺に(すす)めてくる見合いの相手も、決まって遠縁(とおえん)のだれそれさんのお(じょう)さんとか、そういう、親戚(しんせき)やんかっていう女ばっかりやった。  なんでやねんて、俺はそれが嫌やったけど、なんでなのか、理由はちょっと考えればわかる。血筋の力を(たも)とうとして、近親婚(きんしんこん)を繰り返してきてるんやろう。そのタダレた婚姻関係(こんいんかんけい)まで(ふく)めて、秋津(あきつ)家業(かぎょう)やったってことや。  俺はその直系(ちょっけい)の、最新版のひとりっ子やで。  まさか俺には、血筋の女と子供つくる義務まであるんやないかって、そんな怖い予感がした。  おとんはなんで、妹抱いたんやろ。ほんまに好きやったんか、おかんのことが。  戦争行くし、もう死ぬかもしれへんという状況で、なんとか子供作ろうとしたんやないか。直系(ちょっけい)の血を残そうとして。()りに()って、妹と。  他にも()るやろ、親戚(しんせき)の女が。なのになんで実の妹やねん。  やっぱり、ほんまに、好きやったんか、おかんのことが。それとも、単に、そうすればドロッドロに血の()い子ができるやろって、そんな理由やったんか。  俺のおとんは一体、どういう男やったんやろって、俺は初めてそれに興味が()いて、書斎(しょさい)にあるMacを起動してた。  亨が()ると、アキちゃんアキちゃんて、さかりついた猫みたいに、ごろごろ甘えてきてうるさいんで、俺は書斎(しょさい)に引きこもったんや。おとんの手記(しゅき)を急いで読まなあかん。  せやけど、何か、集中できへん。いろいろ心が乱れてて。  手記(しゅき)はいつまでも、系図(けいず)のページのまま、パソコンデスクのチェアに座ってる俺の(ひざ)の上にあった。  亨、一緒にいたいて言うてんのに、邪険(じゃけん)にして可哀想(かわいそう)やったかな、とか。俺はほんまに勝呂(すぐろ)可哀想(かわいそう)なことしたとか。おかんも可哀想(かわいそう)やとか、そんなことばっかり頭をよぎる。俺はつくづく気が多いらしいわ。  これは誰の血やねん。おとんやないんか。  そんなおとんの顔を、ひさびさにもう一度(おが)みたくなって、俺は残してあった、おとんの写真のファイルを開いた。年明けにスキャナで読み込んでた、古い古い一枚きりの写真や。  そして、液晶画面に映ってる、白黒写真の軍服男を、じっと(なが)めた。  実家にあったアルバムの写真を借りてきて、それを今年の初めに修復(レタッチ)したんや。印刷したのを郵便で送ってやったら、おかんは、お兄ちゃんの写真が新しなったって、(うれ)しそうに電話してきた。  その作業をするときに、俺はしばらくこの写真と(にら)み合ってたけど、見れば見るほど、俺はおとんに生き写しやった。まるで自分の写真みたいなんやで。気持ち悪い。  なんで俺が海軍コスプレせなあかんねん。  でも、似合ってる。おとんには、真っ白い軍服も、金の星がついた軍帽(ぐんぼう)も、よく似合ってた。顔そっくりやけど、俺より格好いい。覇気(はき)があるっていうんか。  何にでもすぐ逃げ腰で、内心うじうじしてばっかりの俺より、きっとおとんは男らしかったんやろ。特にこの写真のおとんは、これから国のために戦って、死のうっていう男の顔なんやから。  おかんが、お兄ちゃんは逃げへんかったえ、って、ものすご()れてるふうに言うのも、そらしゃあないわ。  それに比べて息子は情けないて思うてんのやろ。逃げてばっかりやもんな、俺は。きっと、ほんまにぼんくらなんやで。人が言うように。  秋津の坊ちゃんは、ぼんくららしいで、って、昔から皆言うてたやんか。 「そんなことない。人の言うことなんか気にせんでええんや」  力強く(さと)すような声で言われて、俺はますます落ち込んだ。気休め言わんといてくれ。人の(うわさ)には一理(いちり)あるもんなんや、って。  そうやって頭(かか)えてから気がついた。  今の声、なんや。

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