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10-11 アキヒコ
それでも亨の目が、ギラギラ金色に燃えてくるのを、俺は真顔で見下ろしてた。硬直してたんやで。
「ほ、ほかのやつのこと、好きにならんといて。俺、し、し、し……」
「……し?」
わなわなした青い顔で、口ごもってる亨の話に、俺はつい触れてもうた。
「死ぬわ! ほんまに死ぬ! 今度こそほんまに死ぬんやからな! 今回かてな、生きてられたんが不思議やわ。やっと立ち直ってきたところやないか、それを何やねん、あいつが好きなんか。悔 しい。おかんはしゃあないよ、あっちが先着順やから。せやけど俺のほうが犬より先やんか。なんでなんアキちゃん、俺のほうが先やのに」
ネチネチ言って、亨はわっと泣き崩れてた。
男が泣き崩れんの、俺は初めて見た。高校野球とかで一瞬見たことあったような気がするけど、亨のそれは、また全然違ってた。身を揉 むような泣き崩れ方やった。
順番抜かして、そんな話なんか。なんで、泣いてんの、亨。
お前さ、お前かて、こう言うたら何やけど、俺と付き合う前から使ってた、あの携帯電話の住所録、まだ消してへんやろ。昔のお友達がぎっしりのやつ。
それは、どうなん。俺はあかんけど、お前はええのか。そんな独自ルールか。
なんにもしてへんねんで、ほんまに。一回、手握られただけ。
それはこの際、言うたらあかんような気がするけど、もしかしたら、お前が『ミッション・インポッシブル』観て、トム・クルーズかっこいいってゴロゴロ身悶 えてるのの半分も、浮気してへんかったかもしれへんのやで、俺は。
なんで泣くねん。泣かんといてくれ。怒ってるほうがマシやわ。
「アキちゃん、我慢 せなあかんのやろか。おとんが言うてたやろ。俺はそういうの、我慢 せなあかんのか、アキちゃんのために」
しくしく泣いて、亨は哀切 やった。
外は雨やろうって、俺はぼんやり思ってた。
リビングのカーテンは閉まってた。京都での、人食い騒 ぎが盛り上がってきて、マスコミの連中が盗撮 しようなんて思い始めてから、うちのカーテンは閉まったまんまやった。
自分が撮 られるんも、もちろん嫌 やったけど、俺は亨が撮 られるんやないかって、それを警戒してた。普段は写真に写らないこいつが、何かの間違いで写ったら、どうしようって。
みんな見るやろ、こいつは綺麗 やし、もっと見たいと思うやろ。
そうなったら、どうなってまうんやろ。
せっかくここで、平和にふたりで生きてたのに、それが崩 れるような気がする。それが全部自分のせいで、俺はつらい。何もかも始末 をつけて、元通りの暮らしに戻りたい。
大学で絵描いて、亨と飯食って、ふたりで寝て。ときどき喧嘩 して。
「我慢 せなあかんのやったら、そうやって言うてくれ。そう命令して。つらいけど、俺、我慢 すると思うで。だって、アキちゃんと一緒に居 られへんようになるほうが、ずっとつらいんやもん」
亨の顔は、まだ涙 で濡 れてたけど、もう泣いてへんかった。あれは一瞬の豪雨 みたいなもん。今まで溜 めてたぶんが、一気に流れ出ただけやったんやろう。
もしかして亨は、ずっと知ってたんやないかって、そんな気がした。
何もかもお見通しやった。神様やからかな。
俺がおかんを好きやったことも。勝呂 の綺麗 な顔に、内心ドギマギしてたことも。みんな知ってる。全部知ってて、ずっと我慢 してたんやないやろか。
いつも縋 り付くような目してた。アキちゃん、離 さんといてて言う時、亨はいつも、必死のような目をしてた。
なんでそんなこと言うんやろって、いつも不思議やったけど。俺はお前に不実 やったんかな。俺にはずっと何か、足りないもんがあったんやろか。
お前はそれをずっと、我慢 してたんか。腹減ったって、それでずっと、困ってたんか。
血吸えばええんやみたいな解決がついても、亨は俺にべたべたしてた。抱いてほしいらしかった。前みたいに、昼となく夜となくって訳ではないけど、それでもずっと抱いててほしいって、そんな雰囲気やった。
よっぽど好きなんかなって、俺は亨の淫乱 を呆 れて見てたけど、でも、たぶんそれが嬉 しかった。俺もお前と、ずっと抱き合ってたかったんや。
それって単に、好きやからやろ。
それ以上の説明つかへんけど、とにかく、好きやからやねん。お前が。
「我慢 なんか、せんでええねん。怒っていい。俺はお前のもんやねん。そうやったらいいなって、俺も思う。せやからな……」
なんて言えばええんやろ。
俺は口ごもって亨を見つめた。俺ってなんで、肝心 な時に口下手 なんやろ。
なんて言うていいか、さっぱり見当 もつかへん。
亨は悲壮 な金色の目で、俺を食い入るように見てた。
綺麗 な目やなあって、俺は思った。お前には、ほんまに見とれる。
怒ってても、泣いてても、綺麗 な顔や。でも、お前の笑ってる顔が一番好きなんや、俺は。
あの、ちょっと切 なそうな目と、また見つめ合いたい。なんで俺はお前をわんわん泣かしてるんやろ。いつも、にこにこしてて欲しいのに。
俺が脇目 も振 らないくらい、もっとお前の虜 にしてくれ。俺の中に流れてる、悪い血を、お前が全部吸い尽くしたら、俺も悪い子やめられるかもしれへん。
俺はもう、悪い子やめたい。お前だけに夢中になりたい。
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