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10-12 アキヒコ

「アキちゃんの、血吸いたい。みんなして、横入(よこはい)りしてきて、もう嫌や。俺のものにしていいっていうんやったら、アキちゃんの血、全部吸わせて。肉も骨も、全部俺が食うてまうよ。そしたらアキちゃん、誰にも()られへん」  くよくよ言って、亨は俺に許しを求める目を向けた。  血吸うてええかって、()いてんのか。ええけど。お前、俺を殺す気か。許せへんのか。  それやったら、しょうがないけど、俺の罪はどうなるんやろ。俺に代わって、亨が落とし前つけてくれるんか。リベンジがてら勝呂(すぐろ)始末(しまつ)して、それで終わり。  それでも結果的には同じか、って、俺は(あきら)めた。  でも、あんまりむちゃくちゃな事したらあかんのやで。勝呂(すぐろ)可哀想(かわいそう)やろ。おおもとは、あいつは何も悪くなかったんや。俺の不始末(ふしまつ)なんやで。  それにお前も、鬼になってしまう。亨も鬼になって、元に戻れんようになるんやないかって、俺は心配やった。  亨は、にじり寄るような足取りで、静かに俺に近づいてきた。水煙が、こいつを斬れって、かたかた鳴ってた。  せやから亨は、そのとき割と本気やったんやろ。本気でブチキレてて、俺を殺そうとしてた。  それなら、しゃあないわって、俺は思った。俺は亨を裏切ってたんやろか。そんなつもりなかった。その手前のとこで、持ちこたえたつもりやった。  それでも亨が俺を信じられへんのやったら、仕方ない。  ゆっくり抱きついてきた亨の熱い息を、俺は自分の首筋に感じた。ちくりと甘い痛みが肌に走った。その後は毎度のように、身の震えるような深い陶酔(とうすい)()き上がってきた。  ものすごく、気持ちいい。下手すると、(もだ)えるお前を抱いてる時より、気持ちいいのかもしれへん。  けど、俺はお前に言うたことあったっけ。  うっとり微笑んでる、俺が好きやって言う顔のお前と、ぼけっと見つめ合う時も、おんなじくらい俺は陶酔(とうすい)してる。  明け方に目がさめて、まだ寝こけてるお前が、幸せそうに俺に抱きついてるのを見る時も、おんなじくらい幸せやった。  それって、一回くらい、言うとかなあかんのとちがうかな。まだ口利(くちき)けるうちに。  亨は、はあはあ(あえ)ぐ息で、俺の血を飲んでた。その顔を、見たらあかんのやないかって、俺は直感してた。きっとこいつは今、鬼みたいな顔してる。勝呂(すぐろ)がそうやったみたいに。 「亨……」  急にくらっときて、俺は立ってられへんようになった。  俺を押し倒して、亨はそれでも血を吸ってた。最後の一滴(いってき)までって、決めてるみたいやった。  死ぬんかな、俺、って、ちょっと(おどろ)いて、それを感じた。  おかしいなあ。ちょっと前まで、亨と永遠に生きる予定やったはずが。人生って、どう転ぶか分からんもんなんやなあ。  無念もあったような気はしたけど、うっとり薄れる意識には、別に不満はなかった。まあええかって、俺は思ってた。 「亨……一個忘れてたわ。お前が元気になったら、返事するって、約束してたやつ」  やっぱりそれは、亨には心残りなんやないかと思えて、俺は力を()(しぼ)って話してた。 「お前な……ほんまは俺やのうても、誰でもよかったんやろ。愛してくれたら、誰でも。たまたま俺の血の力にとっつかまって、ここから出られへんだけや」  あれ、そんな話やったっけって、俺は思いながら話してた。  そんな話やない。亨が無事に助かったら、俺が亨を本気で好きかどうか、教えてやるって、約束してたんやで。  はよ言わな。俺はお前に本気やった。最初からずっとそうやで。  それがこんな展開で、格好(かっこう)つかへんけど、ごめんなって。 「思い()めたら、あかんのやで。勝呂(すぐろ)みたいに、鬼になってまうやろ。お前を愛してくれるやつなんて、いくらでも()るはずや」  そんなもん()らんて、亨はまだ血を吸いながら答えてきた。恐ろしいような声やった。  波打つように(あえ)いでる亨の背を、俺は無意識に()でてた。 「行くとこないんやったら、嵐山(あらしやま)のおかんのとこに()たらええよ。それともまた誰か、他の男を探すんか……」  そうかもしれへん。こいつには、俺が最初やないし、最後でもないんや。  無念といえば、それが無念や。  俺は亨と永遠に生きられると思って、ほっとしてた。お前はもうずっと、永遠に俺のもの。他の誰のとこにも行かせへんて、執着(しゅうちゃく)してた。  つらいんや、お前が俺の居なくなった後に、誰かほかのと幸せになるのが。  俺がお前を幸せにしてやりたかった。永遠にずっと幸せに。ふたりで、ずっと。 「あのな、口で言うたら、(うそ)くさいやろ。でも俺は、お前に本気やったで。本気で好きやった、亨……」  強く抱きしめると、亨の背がびくりと(ふる)えた。 「ごめんな、(いや)な目に()わせて」  他になにか、言っとかなあかんことって、あったやろかって、俺は朦朧(もうろう)と考えてた。  (ねむ)かった。苦痛は全然無くて。  もう、ものすごい量を吸われてて、死にかけなんやって、俺は思ってた。  けど、そういう訳やなかったらしい。俺に苦痛がないように、亨は俺に催眠(さいみん)をかけてた。  失血死も(らく)とは言い切れんもんやて、亨は後に話してた。  何日もかけて、ゆっくり食うつもりやってん。それとも、迷ってただけかもしれへん。どこかで止めて、引き返せるように、その時を引き延ばしにしてた。  亨、と、俺はぼんやり名前を呼んでた。  俺のこと、許してくれ。いつか、お前がそんな気になる時がきたら。  俺もお前とずっと一緒がよかった。そしたら俺はきっと幸せやった。お前が好きやったんや。めちゃくちゃ好きやった。  最後にお前の顔、見せてくれ。俺を見て、微笑(ほほえ)んでる顔、もういっぺん見たい。

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