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11-1 トオル

 早朝から起き出して、俺とアキちゃんは出発した。  まだ七時半やのに、すでに何となく暑い。みんみん(せみ)が鳴いている。京都の夏やった。  空調のないガレージは、むわっとした外の熱気を()もらせてた。昨日は一日雨やったらしい。集中豪雨で皆えらい目にあったという話を、朝ニュースの可愛い天気予報の姉ちゃんが伝えてた。  大阪の天気を知るために、朝飯食いながらテレビつけたんやけど、普段アキちゃんはテレビは観ない。うるさいんやって。  せやけど今朝は、なんやアキちゃんの沈黙に耐えられんようになって、俺がテレビつけたんや。  大阪の街は変わりなかった。  狂犬病(きょうけんびょう)(さわ)ぎは相変わらずやったけど、大量の人死(ひとし)にがからんできたせいか、ワイドショーめいた朝番組さえ、それについては沈黙がちやった。  報道規制でも()かれてるんか、大阪の街で何が起きてんのやら、行ってみんことには、真相(しんそう)はわからへん。  テレビが(だま)れば、ネットは(さわ)ぐ。そういうもんらしい。アキちゃんは(だま)ってパソコン見てた。  画面を見ながら、アキちゃんはぽつりと、アメ村ってどこやって、俺に()いた。  それは大阪のミナミにある場所の名前やで。  正式名はアメリカ村やけど、どこらへんがアメリカなのかは(なぞ)。ただの若い子向けの服の店があったりするだけやけど、真ん中あたりにある三角公園に、意味なく()れて遊んでる連中もおるわ。  一種のたまり場やねん。人が吹きだまるところ。鴨川(かもがわ)の川原と似たようなもんか。  あそこはカップル限定やけど、アメ村の三角公園は、有象無象(うぞうむぞう)のたまるとこ。昔はずいぶん()れたこともあったらしいわ。  俺がそんな豆知識(まめちしき)を教えてやっても、アキちゃんはふうんとも言わへんかった。しばらく(だま)って画面を(なが)めて。それからノートパソコンを終了させた。  そのアメ村の、不発弾(ふはつだん)のニュースをテレビはやってるかて、アキちゃんはコーヒーを飲みながらまた()いてきた。  そんなニュースはやってへん。  大阪ニュースはひたすら阪神タイガースや。今年は早くもマジック点灯(てんとう)か、優勝か、御堂筋(みどうすじ)凱旋(がいせん)パレードかって、景気(けいき)のええ話が目白押(めじろお)し。写るのはひたすら甲子園球場とトラッキー。  大阪の人らは、阪神勝ってりゃ幸せやみたいな底抜け感がある人多くて、特に夏場は、阪神勝ったか負けたかで、街の空気まで違うてる。その阪神が連戦連勝で、大阪の街は浮かれてた。  まるでお祭り(さわ)ぎや。怖いモンなんか見たないて、阪神阪神、どないなったかな昨日のナイターはって、誰が打ったか走ったか、そんな現実逃避の空気なんやろ。  そりゃ怖い。特効薬(とっこうやく)のない病気が流行(はや)って、ワクチンも足りないて言うてる上に、犬に食われたていう死体がざくざく出てきて、肝心(かんじん)のその犬はちっとも見つからん。  警察は野犬狩りして、犬を殺しまくってる。それでもなぜか新しい死体が出るんや。  事件はミナミに集中してた。せやからミナミに行くなって、そう言うわけにはいかへん。  大阪南区は大商業地やし、ビジネス街でもある。みんな働かなあかんのやし、犬怖いし休みますってわけにはいかんやろ。  ワンと吠えればスーツ着た、(だい)の男が逃げまどうような状況らしいけど、それでも日常生活は続く。がんばらなあかん。人間て大変や。  ネットではまことしやかに(うわさ)されてるらしい。警察がもう三日も四日も、アメ村を封鎖(ふうさ)してる。工事してたら不発弾(ふはつだん)が見つかった言うて。  せやけど工事なんかしてへんかったで。ツレがミナミに行ったきり、帰って来ない。携帯も圏外(けんがい)やって、心配してる奴も()る。  どないなってんの、大阪。変やで。誰かこれからアメ村行って来いて、ほんなら行ってきますわって、夜陰(やいん)にまぎれて突撃(とつげき)したやつが音信不通。  まあ、そんな感じ。区画封鎖(くかくふうさ)のお(まわ)りさんも、お疲れ様やで。世の中、アホばっかりや。  そういう俺らも、そんな特攻(とっこう)するアホのひとり。いや、ふたりなんやけどな。  アメ村(あや)しいわ、断然(だんぜん)(あや)しい。駄目(だめ)もとで、行ってみよかって、アキちゃんとそういう話になった。  ()風呂(ぶろ)みたいになってた車の中に、クーラーがんがんに()かせながら、アキちゃんが携帯で電話してた。  話す相手は、コロンボ守屋(もりや)や。大学で、アキちゃんが共同制作やってた女が死んだ時に、捜査に来てた刑事。アキちゃんが、なんでかそいつを、コロンボ守屋って時々呼ぶねん。  電話ではもちろん、そんなことは言わへんかった。一応、クライアントやからな。  もしもし、本間(ほんま)です、ご無沙汰(ぶさた)でしたって、アキちゃんは挨拶(あいさつ)した。そして、実はお願いがあってと、単刀直入(たんとうちょくにゅう)やった。  大阪のアメリカ村っていうとこで、警察が区画封鎖(くっかうふうさ)してはるとか、ネットで見たんですけど、その中へ入りたいんです。  捜査(そうさ)でお(いそが)しいとこ申し訳ないんですけど、守屋(もりや)さんの口利(くちき)きで、なんとかしてもらえませんやろかって、アキちゃんは、いかにも京都のボンボンみたいな(しゃべ)り方やった。  なんでそんなこと本間(ほんま)さんが私に(たの)みはるんでしょうかって、刑事は答えてた。  そりゃそうやわな。そんな現場主義の刑事のおっさんなんかアテにせんと、おかんのコネを使えばええやんか、アキちゃん。もっと(えら)い人知ってはるやろ。  せやけどな、(たよ)りたくないんやって。この()(およ)んでもまだ、おかんにええ格好(かっこう)したいんか。自分の力だけで頑張(がんば)りましたみたいなな、そんなノリなんやで、絶対。  俺は扇子(せんす)でぱたぱた自分だけを(あお)ぎながら、冷たい目で、電話してるアキちゃんを横目に見てた。

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