76 / 103
11-2 トオル
バックシートには、水煙 とかいう、おとんが置いていった、でっかい包丁 が置いてあった。きんきらきんのカバーつき。でっかい包丁 のくせにご大層 やのう。
でも正直いって俺は、水煙 には頭があがらへん。
あいつのほうが強い。歳も食ってるみたいやし、自分より歳食ってるやつが、フリーでうろうろしてるの、初めて見たわ。そこまで古いキャリアのやつは、みんなどっかの神社とか、神殿とかに囲 われて、悠々自適 なもんなんやと思ってた。
どうもアキちゃんの夢の中らしい、真っ暗な不思議時空で、俺も水煙 の人型バージョンを見たけど、あいつ絶対宇宙人やで。地球産やない。『スター・トレック』やったら間違いなく宇宙人。
だって、肌色が青やし、髪の毛触手 系やった。それに、ぼやっと光ってて、自前のスモークまで焚 いてはるんやで。おかしい。普通やない。
そういうのな、古い土地に行ったら、たまに居 るねん。お宅、どこの星から来はったんですか、みたいなな。そんな古い神さんが。
そんなんでもええんや、アキちゃんは。顔さえ好きなら。
俺はジト目で後部座席のサーベルを睨 んでた。
微妙なとこやった。
水煙 は、ただの剣やし、いくらなんでも剣と浮気はでけへんやろ。せやからギリギリでオッケイか。いちいち怒ってたらキリないしな、アキちゃんは。
そう結論して、俺は首を振 り、電話してるアキちゃんに向き直った。
「うちの実家にお祓 いを依頼 しはったでしょう。秋津 です、嵐山 の。秋津登与 。それが俺のおかんなんです。ええ。そうです。名字 違ったら何なんですか。ほっといてください。とにかく家業 の手伝いで、今回の件は俺が担当を。はい。そうです。いや、拝 み屋て……俺は画学生 ですけども。話せば長いんです」
話の分からんオッサンやなあ、みたいな、苛立 った顔して、アキちゃんは髪の毛掻 き上げてた。
苛々 しとるで。ボンボンやから我 が儘 やしな。堪 え性 も、あるようで無いねん。
「京都ではもう、新しい事件は起きないと思います。でも、その原因が、今はたぶん大阪のアメリカ村の中にあるんです。せやから中に入らんことには、話にならんのです。力貸してくれはったら、恩 に着ますけど」
運転席のシートにもたれて、アキちゃんは、こころもちのけぞり、目を閉じてた。ああ、クーラー効いてきたわっていうような顔やった。
アキちゃんのお願いに、コロンボ守屋 はどうも渋々 やった。うだうだ言うとんのが受話器から聞こえてる。アキちゃんはそれを、ほとんど聞いてへんみたいやった。
「あのですね、守屋 さん」
向こうの話に割って入るような声で、アキちゃんは決然 と言った。
「連日 の捜査 、お疲れ様ですけど、それやと解決しないです。俺はもう、犯人見つけてありますから。これからそいつを、捕 まえに行こうっていう話なんです。それ以外では決着しませんよ、この連続殺人。いいんですか、それで。迷宮 入りやけど」
脅迫 やん、みたいなことを、アキちゃんは平気で言うてた。気弱いくせに、変なとこで気強いなあ。
アキちゃんに力貸してやったとこで、守屋 のおっさんの点数あがるわけやない。事件は結局、迷宮 の中で解決してまうんや。その外には出てけえへん。
ただ単に、殺された連中の仇 をとってやれるっていうだけ。復讐 や。
「前に言うてはったあれですよ。霊感捜査 ?」
苦笑しながら、アキちゃんは電話に話してやってた。
その笑うてる横顔は、昨日見た海軍コスプレのおとんと瓜二 つやった。
アキちゃんのおとん、格好 良かった。
俺、正直言うて、ちょっとクラッと来てた。
でも、そんなん言うたらアキちゃん怒るし、怖いから黙 っといたけど。
昨日は昨日でブチキレて、アキちゃんには、この浮気者みたいな事わめきちらしたけど、俺もぜんぜん人のこと言われへん。
アキちゃん、よく平気やな。そんな俺に。ちょっと愛が足りないんとちがうか。もっと焼き餅 焼けばええのに。
内心そんな気分で俺が口を尖 らせてると、後部座席のスモーク宇宙人が、アホかて言うてた。
お前ちょっと、アホすぎやで、亨。アキちゃん大好きは別にええけど、焼き餅 焼きすぎ。
お前のせいで、ジュニアは迷惑してんのやで。立派な覡 になられへんやんか。お前しか式 がおらんようでは。
説教 してくる非・地球系の心の声を、俺は鬱々 と無視してた。聞こえへん。俺にはなんにも、聞こえへん。
せやけど、アキちゃんのおとんには、いったい何人くらい式 がおったんやて、俺は水煙 に訊 いた。
そうやなあて、数えてるみたいな気配をさせて、その後水煙 はけろっと答えた。
増えたり減ったりしてたけども、常時、十五、六はおったんやないか。
手紙届けたり、そういうしょうもない仕事させるのまで入れたら、数えきれへんくらいおったわ。そういう下 っ端 のは、従軍 させへんかったから、今でも嵐山 におるやろ。
からんころんみたいな奴らのことかなあって、俺はアキちゃんの実家におった下駄 の妖怪のことを思い出した。
あいつらは、無駄 におるだけやで。長年使い込まれると、道具もあんなふうになってまうねん。ほんま役立たずやで、あいつらは。その割に強欲 やしなって、水煙 は下駄 が嫌いらしかった。
考えてみれば、こいつも道具類なんやし、使ってもらわれへんときには、蔵 に仕舞 われてたんやろう。それが、ひさかたぶりのご活躍 とかで、水煙 先輩はほんまに嬉 しそうやった。
戦う時しか、触 ってもらわれへんのって、どういう感じなん。寂しないのかって、俺は水煙 に訊 いた。
別に、って、そっけなく水煙 は答えた。
確かに、お前に比 べたら、俺は放置されぎみかもしれへんけど、それでも死線 をくぐるときには、いつもアキちゃんと一緒やった。それでええねん、別にって、水煙 はアキちゃんのおとんの話をしてた。
それに俺はちょっと、安心した。こいつが好きなんは、ジュニアのほうやないんやって思って。
ともだちにシェアしよう!