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11-2 トオル

 バックシートには、水煙(すいえん)とかいう、おとんが置いていった、でっかい包丁(ほうちょう)が置いてあった。きんきらきんのカバーつき。でっかい包丁(ほうちょう)のくせにご大層(たいそう)やのう。  でも正直いって俺は、水煙(すいえん)には頭があがらへん。  あいつのほうが強い。歳も食ってるみたいやし、自分より歳食ってるやつが、フリーでうろうろしてるの、初めて見たわ。そこまで古いキャリアのやつは、みんなどっかの神社とか、神殿とかに(かこ)われて、悠々自適(ゆうゆうじてき)なもんなんやと思ってた。  どうもアキちゃんの夢の中らしい、真っ暗な不思議時空で、俺も水煙(すいえん)の人型バージョンを見たけど、あいつ絶対宇宙人やで。地球産やない。『スター・トレック』やったら間違いなく宇宙人。  だって、肌色が青やし、髪の毛触手(しょくしゅ)系やった。それに、ぼやっと光ってて、自前のスモークまで()いてはるんやで。おかしい。普通やない。  そういうのな、古い土地に行ったら、たまに()るねん。お宅、どこの星から来はったんですか、みたいなな。そんな古い神さんが。  そんなんでもええんや、アキちゃんは。顔さえ好きなら。  俺はジト目で後部座席のサーベルを(にら)んでた。  微妙なとこやった。  水煙(すいえん)は、ただの剣やし、いくらなんでも剣と浮気はでけへんやろ。せやからギリギリでオッケイか。いちいち怒ってたらキリないしな、アキちゃんは。  そう結論して、俺は首を()り、電話してるアキちゃんに向き直った。 「うちの実家にお(はら)いを依頼(いらい)しはったでしょう。秋津(あきつ)です、嵐山(あらしやま)の。秋津登与(あきつとよ)。それが俺のおかんなんです。ええ。そうです。名字(みょうじ)違ったら何なんですか。ほっといてください。とにかく家業(かぎょう)の手伝いで、今回の件は俺が担当を。はい。そうです。いや、(おが)み屋て……俺は画学生(ががくせい)ですけども。話せば長いんです」  話の分からんオッサンやなあ、みたいな、苛立(いらだ)った顔して、アキちゃんは髪の毛()き上げてた。  苛々(いらいら)しとるで。ボンボンやから()(まま)やしな。(こら)(しょう)も、あるようで無いねん。 「京都ではもう、新しい事件は起きないと思います。でも、その原因が、今はたぶん大阪のアメリカ村の中にあるんです。せやから中に入らんことには、話にならんのです。力貸してくれはったら、(おん)に着ますけど」  運転席のシートにもたれて、アキちゃんは、こころもちのけぞり、目を閉じてた。ああ、クーラー効いてきたわっていうような顔やった。  アキちゃんのお願いに、コロンボ守屋(もりや)はどうも渋々(しぶしぶ)やった。うだうだ言うとんのが受話器から聞こえてる。アキちゃんはそれを、ほとんど聞いてへんみたいやった。 「あのですね、守屋(もりや)さん」  向こうの話に割って入るような声で、アキちゃんは決然(けつぜん)と言った。 「連日(れんじつ)捜査(そうさ)、お疲れ様ですけど、それやと解決しないです。俺はもう、犯人見つけてありますから。これからそいつを、(つか)まえに行こうっていう話なんです。それ以外では決着しませんよ、この連続殺人。いいんですか、それで。迷宮(めいきゅう)入りやけど」  脅迫(きょうはく)やん、みたいなことを、アキちゃんは平気で言うてた。気弱いくせに、変なとこで気強いなあ。  アキちゃんに力貸してやったとこで、守屋(もりや)のおっさんの点数あがるわけやない。事件は結局、迷宮(めいきゅう)の中で解決してまうんや。その外には出てけえへん。  ただ単に、殺された連中の(かたき)をとってやれるっていうだけ。復讐(ふくしゅう)や。 「前に言うてはったあれですよ。霊感捜査(れいかんそうさ)?」  苦笑しながら、アキちゃんは電話に話してやってた。  その笑うてる横顔は、昨日見た海軍コスプレのおとんと瓜二(うりふた)つやった。  アキちゃんのおとん、格好(かっこう)良かった。  俺、正直言うて、ちょっとクラッと来てた。  でも、そんなん言うたらアキちゃん怒るし、怖いから(だま)っといたけど。  昨日は昨日でブチキレて、アキちゃんには、この浮気者みたいな事わめきちらしたけど、俺もぜんぜん人のこと言われへん。  アキちゃん、よく平気やな。そんな俺に。ちょっと愛が足りないんとちがうか。もっと焼き(もち)焼けばええのに。  内心そんな気分で俺が口を(とが)らせてると、後部座席のスモーク宇宙人が、アホかて言うてた。  お前ちょっと、アホすぎやで、亨。アキちゃん大好きは別にええけど、焼き(もち)焼きすぎ。  お前のせいで、ジュニアは迷惑してんのやで。立派な(げき)になられへんやんか。お前しか(しき)がおらんようでは。  説教(せっきょう)してくる非・地球系の心の声を、俺は鬱々(うつうつ)と無視してた。聞こえへん。俺にはなんにも、聞こえへん。  せやけど、アキちゃんのおとんには、いったい何人くらい(しき)がおったんやて、俺は水煙(すいえん)()いた。  そうやなあて、数えてるみたいな気配をさせて、その後水煙(すいえん)はけろっと答えた。  増えたり減ったりしてたけども、常時、十五、六はおったんやないか。  手紙届けたり、そういうしょうもない仕事させるのまで入れたら、数えきれへんくらいおったわ。そういう(した)()のは、従軍(じゅうぐん)させへんかったから、今でも嵐山(あらしやま)におるやろ。  からんころんみたいな奴らのことかなあって、俺はアキちゃんの実家におった下駄(げた)の妖怪のことを思い出した。  あいつらは、無駄(むだ)におるだけやで。長年使い込まれると、道具もあんなふうになってまうねん。ほんま役立たずやで、あいつらは。その割に強欲(ごうよく)やしなって、水煙(すいえん)下駄(げた)が嫌いらしかった。  考えてみれば、こいつも道具類なんやし、使ってもらわれへんときには、(くら)仕舞(しま)われてたんやろう。それが、ひさかたぶりのご活躍(かつやく)とかで、水煙(すいえん)先輩はほんまに(うれ)しそうやった。  戦う時しか、(さわ)ってもらわれへんのって、どういう感じなん。寂しないのかって、俺は水煙(すいえん)()いた。  別に、って、そっけなく水煙(すいえん)は答えた。  確かに、お前に(くら)べたら、俺は放置されぎみかもしれへんけど、それでも死線(しせん)をくぐるときには、いつもアキちゃんと一緒やった。それでええねん、別にって、水煙(すいえん)はアキちゃんのおとんの話をしてた。  それに俺はちょっと、安心した。こいつが好きなんは、ジュニアのほうやないんやって思って。

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