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11-3 トオル
隣の席では、アキちゃんがとうとう、コロンボ守屋 を攻め落としたようやった。
どうせ一連の事件は解決せえへん。犯人も、人間やない。妖怪みたいなもんやったんやって、アキちゃんはオッサンに説明してやってた。
鬼です、守屋さんて、アキちゃんは平然と断言して、自分が鬼退治するから、力貸してください、それで死んだ人が戻ってくるわけやないけど、少なくとも仇 はとれる。今後もう誰も、死んだりしませんからって、アキちゃんは守屋 のオッサンに約束してた。
気合い入ってる。
アキちゃんは、覚悟 決めたんや。あの犬をぶっ殺すって、ちゃんと決めたんや。
俺はそうやと信じたかった。
アキちゃんは昨日、俺の催眠 から黄昏時 に目を醒 まして、すぐに鬼退治に行くかどうか考えてた。
せやけど水煙が、昼間にやったほうがええって言うんで、翌日持ち越 し。
それで、ふたりで晩飯 食って、朝まで布団の中で絡 み合ってた。
俺を抱いてる間も、アキちゃんはなんとなく上の空やった。
明日どうなるんやろって、どこか緊張 してたんやろ。
日頃は淡泊 で、俺が誘 わへんかったらやろうとしない男やのに、昨日の晩はアキちゃんから誘 ってきて、もう一回もう一回で、明け方までかけて三回もやったわ。なんや、めちゃめちゃ漲 ってんで、アキちゃん。
でも、明け方に大満足の俺に、これで力いっぱい付いたかって、アキちゃんは訊 いてた。
なんや、そういうことかと思って。そりゃもうフル充電やで。空かて飛べそうやって、俺はそれに答えた。
未熟者 やけど、よろしくと、アキちゃんは殊勝 なことを言うてた。明日また、俺があの犬にコテンパンにされたらどないしようって、アキちゃんは不安らしかった。
そんなわけない。アキちゃんはただ俺に、戦えって言えばええねん。それだけや。
そしたら多分俺は、一瞬にして、戦いのことを思い出す。あの犬をひねり潰 してやる。俺の憎悪を思い知れ。
「ありがとうございます」
ほんまに感謝してんのかみたいな棒読 みで、アキちゃんが電話に礼を言ってた。
そして通話を切り、携帯を仕舞 った。
車の中はもう、ギンギンに冷えてた。ちょっと冷えすぎ。それでもアキちゃんは暑いらしい。暑がりやねん。それに今日はきっと、ボルテージ高すぎやで。
めちゃめちゃ昼寝したとはいえ、徹夜 で三発やって、ひとっ風呂浴びて、その足でご出陣 やからな。極 めて盛り上がってるわ。
緊張してて飯も喉 をとおらへんのかと思ったら、俺様がお作りした和朝食を、全部平 らげてたわ。
アキちゃんもほんまやったらもう、飯食う必要ないんやないかと思うけど、本人それに気づいてへん。髭 もなんで伸 びるんやろって、俺には不思議。
俺なんて、髭 生えへんし、美形やからトイレも行かへんで。アキちゃんは、それにも気がついてない。猛烈 なまでの鈍 さや。
そんな男やからな、猫がおらんようになったことにも、気がついてへん。最初は俺のことで、今は鬼退治のことで、アキちゃんの頭はいっぱいになってる。薄情 な男やで。
それもまあ、仕方ないわて、トミ子は言うてた。
暁彦君は絵描き出すと何もかもそっちのけやった。それくらいの集中力無いとあかんのや。絵が仕上がるまでは、親が死のうが家焼けようが、気づかへんくらいでないと、いい絵師にはなられへんのやて、トミ子は平気なもんやった。
さすがやな、お前。アキちゃん理解が深すぎ。師匠 と呼ばせてくださいや。
そう言うトミ子は猫型に戻って俺の膝 にいた。後部座席への同乗 を、水煙 が拒否したからやった。畜生 と同席はせえへんて、宇宙人言うてたわ。
可哀想 になあ、トミ子。お前、もとは人間やのに。水煙 は、お前がブスやから差別しとるんとちゃうか。
トミ子はまた元の、ものすごブサイクな顔の猫に戻ってたんや。
トミ子は俺とくっついてからしばらく、いろんな姿を試したらしい。俺の中には、過去に食らってきた人間やら何やらの容姿 の、ライブラリみたいなもんがあるらしい。
その中から適当に組み合わせたもんを着てみたけど、どうも、しっくりせえへんのって、トミ子はぼやいてた。
うちはブスに慣 れすぎた。ブス以外で自分のアイデンティティを保 たれへん。
そう気づいて、トミ子は堂々と元のブスに戻ることにしたらしい。立派や。
俺ももう、お前のブサイク顔には見慣 れた。その顔やなかったら、お前やという気がせえへん。
せやけどもう、アキちゃんには、お前が全然見えてないみたいや。残念やな。
俺がそう慰 めると、トミ子は不思議 そうに、ひょいと隣 のアキちゃんの膝 に飛び移った。カーナビ操作してるアキちゃんは、それに全然気づいてへんかった。
水煙 が言うには、アキちゃんの能力はまだまだ未開発なんやって。せやから、見えるもんもあるけど、見えへんもんもある。それを意図的に選んでるようなところがあるから、一種の自己暗示やないかって、水煙は分析してた。使うてるうちに、きっと目覚めるんやろうって。
アキちゃんにもまた、トミ子が見えるようになったらええのにって、俺は思った。
それも不思議や。でっかい包丁 にすら焼き餅 焼く俺が、このブスは平気やなんて。命の恩人やからかな。それとも、友達やからか。
嫌 やわ、さかりついた蛇 と友達やなんて、恥 やわって、トミ子は冷たく言うてた。ええなあ、お前はそれでないと。しゃあないから、当分ふたりでドツキ漫才 してよか。
「道路状況しだいで二時間以内やな」
エンジンかけながら、独り言のように話しかけてきたアキちゃんに、俺は頷 いた。
リモコンで地下ガレージのシャッターを開け、アキちゃんは車を出した。低いエンジン音が、コンクリートの壁に籠 もって木霊 した。
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