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11-4 トオル
ぴかっと明るい表 に出ると、そこには今日は山勘 が当たったらしい、表現が自由なストーカーがいた。一眼レフを構 えて。
撮 ったんかどうか。たぶん撮 ったんやろけど。俺はどうせ写らへん。
けど、その、写ってないという事実が、たぶんまずい。
アキちゃんは、出したばっかの車に急ブレーキかけて、何にも言わずに車外に出ていった。
ばたんとアキちゃんが乱暴にドア閉めた後に、俺も続いたほうがええんかなって、窓から見てたら、アキちゃんはつかつかとカメラ男のほうにまっすぐ歩いて行ってた。
あっと言う間の出来事やったで。
アキちゃん、たぶんキレててん。
どう見ても逃げようとしてた、緑色のカメラジャケット着た小太りで無精髭 の男は、なんでか足が絡 まって、倒 れ転 びしてもうて、結局逃げられへんかった。
アキちゃんはそいつが後生 大事に抱えてた一眼レフを、むんずと掴 みとり、撮 れてる画像も確認せんと、カメラを壊 した。
勝手に壊 れてん。漫画 みたいに。バラバラって。部品がばらけて。
そうやってアキちゃんの手からこぼれ落ちた精密部品たちは、じゅうじゅう灼熱 して、アスファルトの上で煙 を上げてた。
そのまま帰ってくんのかと思ってたら、アキちゃんはズボンのケツから長財布 出してきて、あわあわしてるカメラ男の頭上 に、ばらっと一万円札をばらまいた。たぶん、カメラの代金のつもりなんやろうな。
何枚くらいあったんやろ。アキちゃんて、なんでかいつも大量の現金を持ってる男なんやで。クレジットカード信用でけへんねんて。それでも出先で欲しいもんあったら即金 で買いたいからって、めちゃめちゃ金持ってる。
凄 いなあ。その凄 さに気づいてないところが、また凄 いと思うわ。
普通でいたいんやったら、現金少なめにして、あとはカード精算のほうが、よっぽど目立たへんと思うけど、そういうとこ、結局は金持ちのボンボンやねんなあ。
風にひらひら飛んでいく万札 に、さらにあわあわしてるカメラマンにくるりと背を向けて、アキちゃんはまだ怒ってる顔で戻ってきた。
ばたんと音高くドア閉めて、エンジンかけて、アキちゃんはストーカー轢 いてまうでっていう乱暴さで車を出した。
そんな気まずさを全く意 に介 さず、カーナビのおねえさんが、次、左です、って爽 やかに言うてた。
京都の道はよく知ってるから、普段は使わへんけど、本日は慣れない大阪ツアーや。アキちゃんは、うるさいカーナビにも、今日は仕事させようと思ったらしい。
「亨」
大通りを流しつつ、アキちゃんは突然、俺の名を呼んだ。なんやっていう顔で、俺が運転席を見ると、アキちゃんは気合い充分の真顔で、前見てた。
「手、握 ってもええか」
アキちゃんが真面目 に訊 くので、俺はびっくりしてた。
えっと。なんでやろ。
まだ京都のど真ん中やで。おかんの結界 越えるんやったら、もうちょっと先やろって、俺はなんでかドギマギしてた。
京都出るのに、そんな必要あるのか、今はもう怪 しい。
それでも、俺とアキちゃんの儀式 みたなもんや。いつも俺が、アキちゃんの手握 ってやってた。
せやのに今日にかぎって、アキちゃんのほうから、俺の手握 りたいて言うなんて、珍 しいこともあるもんや。
「嫌 なんか?」
答えない俺に、かすかに顔しかめて、アキちゃんが訊 いた。俺は慌 てて首振ってた。
「嫌 やない。びっくりしただけ。何や、恥 ずかしいな」
急ににこにこしてきて、俺はギアを握 ってるアキちゃんの指に、自分の手を重ねた。
アキちゃんはすぐに、俺の手を下にさせた。熱いようなアキちゃんの手に、ぎゅっと強く握 られて、俺はなんでか照 れてた。
「何が恥 ずかしいんや」
アキちゃんは、ぼんやり不思議 そうに、そう言うてた。
意外なやつが、意外なことを言うもんやて、俺は内心デレデレし、見た目にはもじもじしてた。
アキちゃんが、俺と手繋 ぐの、恥 ずかしがらへんなんて。人って変われば変わるもんや。
何があったんやろ、この三日四日で、俺とアキちゃんの間には。
いろいろあったよ、死ぬような目に何度も遭 ったわ。昨日なんか、俺はアキちゃん食い殺そうかと、けっこう本気で思ってたしな。
せやけどそれで、何が変わったんやろ。
「信号で止まったら、またキスしてくれるか……」
俺は恥 じらいつつ、そうお願いしてみた。前もしてくれてた。滅多 にしてもらえへんけど、いっぱいお強請 りしたら、誰も見てへんときに、してくれることあった。
いいよっていう意味か、アキちゃんは浅く頷 いてた。
信号は、すぐに赤になった。アキちゃんがちらっと見たら、信号が赤になったんや。
それが偶然 なのか、偶然 のはずないっていう気がして、俺はまたびっくりした。
「アキちゃん……どうやってやったんや」
思わず訊 くと、アキちゃんは妙 な顔してた。自分でも不思議 らしい。
「なんでやろな。赤になればええのにって思って見ただけや」
ちょっと照 れくさそうに、アキちゃんはそう答えた。
俺はにっこりして、アキちゃんのキスを待ってた。早うせんと、また青になるしな。
「亨……」
それでもアキちゃんは、なんや急にもじもじしてた。早うしてくれ、待ってんねんから。
「俺ら、元通りか?」
アキちゃんは急に、心配そうにそれを訊 いた。なんや可笑 しなってきて、俺はくすくす笑った。
なんで今、それを訊 くんやろな。昨夜 は三回も俺を抱いといて。今さらそれは変やろ。
でも何か、分かるような気もする。アキちゃんの気持ちが。
行き先は、あいにくアレやけど、アキちゃんと二人で長距離ドライブするの、久しぶり。
ここしばらく、アキちゃんはずっとお留守 やったし、俺はほったらかしにされてた。
だから何か、こういうの、久しぶりやったんや。
「元通り以上やな」
にこにこして教えてやると、アキちゃんは照 れた。その顔を見られたくなかったんやろ、アキちゃんは手を伸 ばして俺の顎 を引き寄せてきて、熱いキスをした。
誰か見てるんやないかって、今日は言わなかった。
もしかして、見ててもええわって、思ってくれてんのかな。俺はそんな想像をして、嬉 しくなってた。
目の前の横断歩道を渡っていくサラリーマンは、全然俺らのほうを見てなかった。案外、見てないもんなんかな。見ればええのに、おっさん。せっかくラブラブなんやから。
信号はいつまでたっても赤のままで、アキちゃんはたっぷりキスしてくれた。さすがにもう行かなあかんて、アキちゃんが思うころ、唇 が離れ、信号が青に変わった。
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