81 / 103
11-7 トオル
「亨 」
黙 り込 んでた俺が不思議 なんか、アキちゃんが心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫か。具合 悪いんやったら言えよ。お前、病 み上 がりなんやから」
お前もある意味そうやろってことを、アキちゃんは訊 いた。それでもアキちゃんは元気ハツラツらしいで。
丈夫やわ、ほんまに。俺にさんざん噛 まれておきながら、結局、病気もうつらへんかったし。
「具合 悪ない。悩 んでただけ」
「何を今さら悩 んでるんや」
「あの犬、どうやって殺 ったろうかなと」
俺がぼけっと言うと、アキちゃんは苦い顔やった。
「戦えって、ちゃんと言うてよ。俺、たぶん変転 するし。アキちゃん、それでも平気なんやんね。俺のこと、嫌 いになったりせえへんか。嫌 やったら別に、人型 のままでもやれるけど」
「どっちが強いんや」
「さあ。たぶん、蛇 のほう」
俺がさらっと答えると、アキちゃんは少しだけ考えてる沈黙 になってた。
「強い方でいけ」
「そうさせてもらうわ。万が一にも負けたくないから、全力でやらせてもらうし、手加減 なしやで」
「とどめは刺 すな」
ぴしりと釘 をさすアキちゃんの命令に、俺はものすごい不満顔になってた。
「なんでや」
「俺がやる。俺と、水煙 が」
やっぱりあれなん。おとんが言うてたみたいに、水煙 に犬食わせて、ずっと手元 に置いといてやろかていう、そういうのか。
嫌 やわ。俺は。結局 それか。武士の情 けか、アキちゃん。
「水煙 の餌 か」
「そうや」
アキちゃんは淡々 としたものやった。
「俺が、嫌 やて言うたら、どうすんの」
トミ子はよくて、あいつが駄目 な理由って、なんなんや。俺にとって。
可愛 い顔しとったからか。
トミ子の化 けの皮 の姫カットかて、可愛 い顔やった。
ほんなら、あいつも男やからか。
そんなん、何の関係があるんや。惚 れてもうたら関係ないって、アキちゃんのおとんは言うてた。俺もそう思う。そんなのもう関係ない。
俺はあいつの、何がそんなに許 せへんのやろ。
駅ビルの屋上で、抱き合ってるのを見た。
あんなやつの、どこがええんやって、俺のこと言うてた。自分でも、代わりをやれるって。
俺の代替機 やて。
アキちゃんにとって、そんなものはない。俺でないと駄目 なんや。
アキちゃんは、俺を愛してる。俺以外の誰かと、幸せにはなられへん。そう思いたい。
それは俺の願望やけど。事実なんやって思いたい。アキちゃんがそう思ってくれてるって、俺は信じたいんや。
トミ子は、そう言うてたで。アキちゃんには、俺が必要やって。あいつにもそれを、認めさせてやる。きっとそんな気分やねん。俺は。
一体どこまでわがままに出来てるんやろ。笑けてくるわ。
苦笑してる俺の質問に、アキちゃんはなかなか答えなかった。呆 れてるんかな。お前はわがままやなあ、って。
「アキちゃん……考えんでええよ。好きにしたらええやん。アキちゃんがご主人様や。俺は言うこときくだけ」
「納得 いかへんのやったら、もっと相談して決めよか」
どっかに車止めようかって、そんな気配 で、アキちゃんは訊 いてきた。俺はなんでか、慌 てて首を横に振 ってた。
「そんなん、せんでええよ。時間の無駄 や」
「無駄 やない。納得 でけへんのやろ、亨 。お前もう、我慢 すんのやめろ。思ってることあるんやったら、ちゃんと言え。言ってくれへんと、俺は分からへんねん、鈍感 やから」
鋭 い自己認識 や。アキちゃんは確かに激 ニブ。いつも俺の気持ちには気づかへん。つれない男やねん。
なのに、なんでか、要所要所 で、美味 しいところは持っていく。ほんまは俺のこと、よう知っててくれてる。そんな期待を持たせる、ずるい手口 や。
「何が嫌 なんや、亨。俺はお前が好きなんやで。お前がどうしても勝呂 を自分で殺すって言うなら、そうしてもええよ。でも、お前はあいつが憎くて殺すんやろ。俺はそんなん見たないねん。鬼みたいなお前なんかな、見たくないんや」
だから自分でやりたいと、アキちゃんは言うてた。それは言い訳やったんか。それとも本音か。アキちゃんは俺が、嫉妬 に狂って鬼になってまうんではと、怖かったらしい。
さすがと言うべきか。確かにそういうヤバさはあったで。これまた鈍 いアキちゃんの、鋭 い直感。
「相手は神やで、亨。斬 る時は、泣いて斬 らなあかんねん。おとんの手記 に、そう書いてあった。そうやろ水煙 」
アキちゃんは、後部座席 で寝てんのかみたいな、のんびり旅ムードの水煙 先輩に教えを乞 うてた。
ふわあと欠伸 して、水煙 は声でない声で、ぼそぼそ言うた。
そうや。鬼とは申 せ神なれば、泣いて斬 るべし。それが礼節 や。よそもんの蛇 には、この島国の奥ゆかしさは理解を越 えてんのやろって、水煙 はしっかり俺への批判 も混ぜ込んできた。いらんねん、それは。
「アキちゃんがあいつを泣きながら斬 るんか」
「いや、それはものの喩 えや。そういう気持ちでやれってことや」
うじうじ訊 く俺に、アキちゃんは焦 って答えてた。
「何が不満なんや、亨」
運転しながら、アキちゃんは、困ったなあていう顔やった。困るがええわ。この浮気者 。
「誰にでも優 しいんやなあ、アキちゃんは。蛇 でも犬でも別にええんや」
俺がつい拗 ねて、嫌みたっぷりに言うてやると、アキちゃんは苦い顔やった。
「いいや、俺は動物の中では猫 がいちばん好きや。その次はキリンかな」
キリン。知らんかったでそんなん。初めて聞いたわ。ていうか、なんでそんな話なんや。
トミ子はお役得 なんか、猫派 カミングアウトに喉 をごろごろ鳴らして、アキちゃんの膝 に甘えてた。アキちゃんに見えてへんからって、お前、ちょっと慣 れ慣 れしすぎやないか。
「へ、蛇 は、ランキングで何位くらいや。犬より下なんか」
「下やろな。滅多 におらんやろ。犬より蛇 のほうが好きっていうやつは。十位以内に入るのも稀 やろ、普通」
真面目 に言うてるアキちゃんは、本気としか思われへんかった。
俺はガーンやったで。だってランク外やで。キリン以下なんやで、俺は。どう悔 しがっていいかわからへん。
「そ……そんな……」
悲しなってきて、俺はくらくらした。アキちゃん、やっぱ嫌 なんや、俺の正体のこと。それでもまだ手握 ってくれてる。その暖 かみにすがりたい気分で、俺はがっくり来てた。
アキちゃんはそれが面白うてたまらんみたいに、難 しい顔して笑いを噛 み殺してた。
「心配すんな、亨。俺はもう普通やないから。今は蛇 が一位や。ただし白くて目が金のやつ限定な」
アキちゃん。
俺は絶対うるうる来てた。
後部座席から、水煙 先輩の、アホやアホやっていう、鳥肌 立ったみたいな愚痴愚痴 言う心の声がしてたけどやな、それは無視 。
「犬より上か。キリンと猫 を抜いて堂々 一位?」
そうなんやねっていう期待の声で訊 く俺に、アキちゃんはキリンは捨てがたいなあって意地悪 く言うてた。
やめて、そこで照 れんの。そうやって優 しく言うとこやんか、ここは。
ともだちにシェアしよう!