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11-7 トオル

(とおる)」  (だま)()んでた俺が不思議(ふしぎ)なんか、アキちゃんが心配そうに声をかけてきた。 「大丈夫か。具合(ぐあい)悪いんやったら言えよ。お前、()()がりなんやから」  お前もある意味そうやろってことを、アキちゃんは()いた。それでもアキちゃんは元気ハツラツらしいで。  丈夫やわ、ほんまに。俺にさんざん()まれておきながら、結局、病気もうつらへんかったし。 「具合(ぐあい)悪ない。(なや)んでただけ」 「何を今さら(なや)んでるんや」 「あの犬、どうやって()ったろうかなと」  俺がぼけっと言うと、アキちゃんは苦い顔やった。 「戦えって、ちゃんと言うてよ。俺、たぶん変転(へんてん)するし。アキちゃん、それでも平気なんやんね。俺のこと、(きら)いになったりせえへんか。(いや)やったら別に、人型(ひとがた)のままでもやれるけど」 「どっちが強いんや」 「さあ。たぶん、(へび)のほう」  俺がさらっと答えると、アキちゃんは少しだけ考えてる沈黙(ちんもく)になってた。 「強い方でいけ」 「そうさせてもらうわ。万が一にも負けたくないから、全力でやらせてもらうし、手加減(てかげん)なしやで」 「とどめは()すな」  ぴしりと(くぎ)をさすアキちゃんの命令に、俺はものすごい不満顔になってた。 「なんでや」 「俺がやる。俺と、水煙(すいえん)が」  やっぱりあれなん。おとんが言うてたみたいに、水煙(すいえん)に犬食わせて、ずっと手元(てもと)に置いといてやろかていう、そういうのか。  (いや)やわ。俺は。結局(けっきょく)それか。武士の(なさ)けか、アキちゃん。 「水煙(すいえん)(えさ)か」 「そうや」  アキちゃんは淡々(たんたん)としたものやった。 「俺が、(いや)やて言うたら、どうすんの」  トミ子はよくて、あいつが駄目(だめ)な理由って、なんなんや。俺にとって。  可愛(かわい)い顔しとったからか。  トミ子の()けの(かわ)の姫カットかて、可愛(かわい)い顔やった。  ほんなら、あいつも男やからか。  そんなん、何の関係があるんや。()れてもうたら関係ないって、アキちゃんのおとんは言うてた。俺もそう思う。そんなのもう関係ない。  俺はあいつの、何がそんなに(ゆる)せへんのやろ。  駅ビルの屋上で、抱き合ってるのを見た。  あんなやつの、どこがええんやって、俺のこと言うてた。自分でも、代わりをやれるって。  俺の代替機(だいたいき)やて。  アキちゃんにとって、そんなものはない。俺でないと駄目(だめ)なんや。  アキちゃんは、俺を愛してる。俺以外の誰かと、幸せにはなられへん。そう思いたい。  それは俺の願望やけど。事実なんやって思いたい。アキちゃんがそう思ってくれてるって、俺は信じたいんや。  トミ子は、そう言うてたで。アキちゃんには、俺が必要やって。あいつにもそれを、認めさせてやる。きっとそんな気分やねん。俺は。  一体どこまでわがままに出来てるんやろ。笑けてくるわ。  苦笑してる俺の質問に、アキちゃんはなかなか答えなかった。(あき)れてるんかな。お前はわがままやなあ、って。 「アキちゃん……考えんでええよ。好きにしたらええやん。アキちゃんがご主人様や。俺は言うこときくだけ」 「納得(なっとく)いかへんのやったら、もっと相談して決めよか」  どっかに車止めようかって、そんな気配(けはい)で、アキちゃんは()いてきた。俺はなんでか、(あわ)てて首を横に()ってた。 「そんなん、せんでええよ。時間の無駄(むだ)や」 「無駄(むだ)やない。納得(なっとく)でけへんのやろ、(とおる)。お前もう、我慢(がまん)すんのやめろ。思ってることあるんやったら、ちゃんと言え。言ってくれへんと、俺は分からへんねん、鈍感(どんかん)やから」  (するど)自己認識(じこにんしき)や。アキちゃんは確かに(げき)ニブ。いつも俺の気持ちには気づかへん。つれない男やねん。  なのに、なんでか、要所要所(ようしょようしょう)で、美味(おい)しいところは持っていく。ほんまは俺のこと、よう知っててくれてる。そんな期待を持たせる、ずるい手口(てぐち)や。 「何が(いや)なんや、亨。俺はお前が好きなんやで。お前がどうしても勝呂(すぐろ)を自分で殺すって言うなら、そうしてもええよ。でも、お前はあいつが憎くて殺すんやろ。俺はそんなん見たないねん。鬼みたいなお前なんかな、見たくないんや」  だから自分でやりたいと、アキちゃんは言うてた。それは言い訳やったんか。それとも本音か。アキちゃんは俺が、嫉妬(しっと)に狂って鬼になってまうんではと、怖かったらしい。  さすがと言うべきか。確かにそういうヤバさはあったで。これまた(にぶ)いアキちゃんの、(するど)い直感。 「相手は神やで、亨。()る時は、泣いて()らなあかんねん。おとんの手記(しゅき)に、そう書いてあった。そうやろ水煙(すいえん)」  アキちゃんは、後部座席(こうぶざせき)で寝てんのかみたいな、のんびり旅ムードの水煙(すいえん)先輩に教えを()うてた。  ふわあと欠伸(あくび)して、水煙(すいえん)は声でない声で、ぼそぼそ言うた。  そうや。鬼とは(もう)せ神なれば、泣いて()るべし。それが礼節(れいせつ)や。よそもんの(へび)には、この島国の奥ゆかしさは理解を()えてんのやろって、水煙(すいえん)はしっかり俺への批判(ひはん)も混ぜ込んできた。いらんねん、それは。 「アキちゃんがあいつを泣きながら()るんか」 「いや、それはものの(たと)えや。そういう気持ちでやれってことや」  うじうじ()く俺に、アキちゃんは(あせ)って答えてた。 「何が不満なんや、亨」  運転しながら、アキちゃんは、困ったなあていう顔やった。困るがええわ。この浮気者(うわきもん)。 「誰にでも(やさ)しいんやなあ、アキちゃんは。(へび)でも犬でも別にええんや」  俺がつい()ねて、嫌みたっぷりに言うてやると、アキちゃんは苦い顔やった。 「いいや、俺は動物の中では(ねこ)がいちばん好きや。その次はキリンかな」  キリン。知らんかったでそんなん。初めて聞いたわ。ていうか、なんでそんな話なんや。  トミ子はお役得(やくとく)なんか、猫派(ねこは)カミングアウトに(のど)をごろごろ鳴らして、アキちゃんの(ひざ)に甘えてた。アキちゃんに見えてへんからって、お前、ちょっと()()れしすぎやないか。 「へ、(へび)は、ランキングで何位くらいや。犬より下なんか」 「下やろな。滅多(めった)におらんやろ。犬より(へび)のほうが好きっていうやつは。十位以内に入るのも(まれ)やろ、普通」  真面目(まじめ)に言うてるアキちゃんは、本気としか思われへんかった。  俺はガーンやったで。だってランク外やで。キリン以下なんやで、俺は。どう(くや)しがっていいかわからへん。 「そ……そんな……」  悲しなってきて、俺はくらくらした。アキちゃん、やっぱ(いや)なんや、俺の正体のこと。それでもまだ手(にぎ)ってくれてる。その(あたた)かみにすがりたい気分で、俺はがっくり来てた。  アキちゃんはそれが面白うてたまらんみたいに、(むずか)しい顔して笑いを()み殺してた。 「心配すんな、亨。俺はもう普通やないから。今は(へび)が一位や。ただし白くて目が金のやつ限定な」  アキちゃん。  俺は絶対うるうる来てた。  後部座席から、水煙(すいえん)先輩の、アホやアホやっていう、鳥肌(とりはだ)立ったみたいな愚痴愚痴(ぐちぐち)言う心の声がしてたけどやな、それは無視(むし)。 「犬より上か。キリンと(ねこ)を抜いて堂々(どうどう)一位?」  そうなんやねっていう期待の声で()く俺に、アキちゃんはキリンは捨てがたいなあって意地悪(いじわる)く言うてた。  やめて、そこで()れんの。そうやって(やさ)しく言うとこやんか、ここは。

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