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11-9 トオル

 開襟(かいきん)シャツに、ネクタイも(はず)してもうてる。暑うてたまらんみたいな、太ったおっちゃんやった。そして顔は下駄(げた)みたいやねん。 「後藤(ごとう)です、どうも。守屋(もりや)から聞かされとります」  本間(ほんま)さんは、京都の(おが)()さんやそうで、と、下駄(げた)はずばっと言った。  ほんまにもう、(おが)んで解決するんやったら、いくらでも(おが)みたい気分ですわ。この際、よろしゅう(たの)みますって、後藤(ごとう)のおっちゃんはクサクサした顔で(たの)んできた。  コロンボ守屋(もりや)とは、中学時代の親友らしい。下駄(げた)はおとんの仕事の都合で、高校入る(ころ)に大阪に引っ越したんやって。  その後も二人には付き合いがあり、アホかと思うが文通(ぶんつう)をしていた。それでお(たが)い、将来は刑事にと夢を語り合って、現在に(いた)る。そんな仲良しオヤジどもやねん。気色悪(きしょくわる)いやろ。 「着替(きが)えたりしはるんですか」  どう見ても街の子なアキちゃんと俺の格好(かっこう)を見て、後藤(ごとう)のおっちゃんはそう()いてきた。 「着替(きが)えなあかんのですか?」  何に、っていう顔で、アキちゃんは()き返してた。 「(おが)()さんなんですよね。ええと。先生は。そんな普段着(ふだんぎ)で行きはるんですか。なんや、それっぽい格好(かっこう)の人が来はるんやと思うてましたわ」 「……服なんか、どうでもええんです」  アキちゃんは、なんかショックだったみたいに、自分をじろじろ見てる下駄顔(げたがお)のおっちゃんと(にら)みあってた。  確かにな。説得力(せっとくりょく)ないよな。  ちょっと遊びに来ましたみたいな、普通の服で、さあやろかって言われても、一般人にはピンと()えへんよな。せめて着物を着てくるとかやな、そんなんあっても良かったんちゃうか。  でももう、ええか。面倒(めんどう)くさいし。アホみたいやん、いちいち着替(きが)えるなんて。  ええねんべつに普段着(ふだんぎ)で。気にすることあらへん。アキちゃん、何着てても男前(おとこまえ)やから。  せやけど、おとんの軍服姿、格好(かっこう)良かったなあ、ハアハアなんて、俺が思ってぼけっとしてると、アキちゃんは車の後部座席から、()()水煙(すいえん)を連れてきた。(さや)は置いていくつもりらしい。  水煙(すいえん)は気合い十分なのか、すでにむらむらと、名前の由来になってる水煙(みずけむり)(はっ)して、()れたような光りかたやった。 「ほな行ってきますけど、何日()っても戻らんようでしたら、うちの実家に連絡してもらうよう、守屋(もりや)さんに伝えてください」  アキちゃんはあっさりそれだけ挨拶(あいさつ)して、下駄顔(げたがお)の刑事に会釈(えしゃく)をすると、行くでといって、俺の手を引いた。  後藤(ごとう)刑事は、なんやろこいつらという目で俺を見たけど、俺はただ、にやにやしてただけやった。  ええやろ。ラブラブやねん。はぐれたら厄介(やっかい)やからな、手(つな)いでいこうということやねん。  水煙(すいえん)は、ちりちりと鍔鳴(つばな)りしてた。なんでかトミ子まで、とぼとぼ歩いてついてきた。  安全なとこに待たせてやりたいけど、トミ子は俺と(つな)がってるのやし、一緒(いっしょ)に来るしかあらへん。 「元の手はずでええんやな」  アキちゃんは俺の手をぐいぐい引いて歩きながら言った。 「俺がやる。とどめは()ささへん」  渋々(しぶしぶ)でもなく、俺は答えた。アキちゃんはそんな俺の方を、ちらりと()り返った。 「それで納得(なっとく)いってるんやろうな。俺はお前に、命令する気はないんや。言いたいことあったら、今のうちに言え」  (きび)しい目で言うアキちゃんは、いつもに()して格好(かっこう)良かった。それで俺は、歩きながらぼけっと見とれて見てた。 「言いたいこと、ある」 「なんや。あるならさっさと言え」  ()かされたんで、俺はさっさと言うた。 「アキちゃん、好きや。めちゃめちゃ愛してる」 「……アホか、お前は。ほんまにアホか」  痛いみたいな顔で、何か()り払うように首()って、アキちゃんは(わめ)きながら歩いてた。 「愛してないんか、アキちゃんは俺のこと」 「愛してないことない」  怒ってるようにしか聞こえん声で、アキちゃんは(おさ)えた怒鳴(どな)り声。なに怒ってんのや。 「愛してんのやろ。ほな、そう言ってよ」 「愛してる!」  怒声(どせい)やんか、それ。なに怒ってんの。もっと(やさ)しく言うてほしいわ。  せやけどな、アキちゃんはどうも、()れてたらしいねん。()ずかしい度がMAX()えると、怒りに変換されるらしいねん。(なぞ)めいた構造やな。 「俺が一位で、二位以下は無しって、約束してくれるか」  俺が最後に(たず)ねると、アキちゃんは眉間(みけん)(しわ)寄せた、怒った顔のまま、()り返った。 「しつこい、お前は。約束する。俺が愛してるのは、お前だけや」  めっちゃ怒った顔で、アキちゃんはそう約束した。それでも、ぎゅっと手を(にぎ)ってくれた。その時の強さを、俺はずっと一生忘れへん。  約束するって言うたかてな、アキちゃんは結局、気の多いやつやねん。絵()きやし、面食(めんく)いやから、あれも綺麗(きれい)、これも綺麗(きれい)で、目移(めうつ)りばっかりしてる。それはもう、何年生きても変わらへん、アキちゃんの性癖(せいへき)やねん。  それでも、約束してくれた。それはアキちゃんの意志やねん。ずっと俺だけを見てるって、そういう決意表明や。  もしも目を()らしそうになったら、俺はアキちゃんをどついていいし、場合によっては食うてまうぞって、そういう話やねん。  それでもええよ、そんなことには、ならへんようにするって、アキちゃんなりに努力することにしたらしい。  とりあえずは、それで満足しとこ。それ以上望んだら、(ばち)当たるんちゃうかって、その時は思ったんや。  俺も初心(うぶ)やった。俺のこと、アキちゃんが誰よりも愛してくれてる。その事実だけで、満足できてた。  幸せやってん。しょうもないけど、日頃口下手(くちべた)なアキちゃんが、愛してるのはお前だけって、ちゃんと口に出して言うてくれたし。それでなんや胸一杯(むねいっぱい)になってな。一生ついていきますみたいな感動に(つつ)まれてたんや。  けど、恋なんて、そんなもんやろ。妄想(もうそう)やねん。信じる信じないの世界や。神や妖怪とおんなじ。  いると思えばいるし、おらんと信じればおらへん。恋もそうやねん、きっと。信じてるうちが花や。(うたが)い出したらキリない。  アキちゃんは、俺が好き。そうなんやって信じて、それに(たよ)って生きてれば、アキちゃんは優しい、俺を見捨てたりせえへん。俺が傷ついて泣き(くず)れるようなことは、もうしない。  もう()りたんやって、そう信じてやらな、アキちゃんかて傷つく。なんでお前は俺が信じられへんのやって。  どっちが先かわからへんけど、信じなあかんねん。  アキちゃんは、俺が好き。俺を好きなアキちゃんを、俺は好き。  アキちゃん好きやっていう俺を、アキちゃんは好き。  お(たが)いをお(たが)いが、必要としてる。ぐるぐる回る輪みたいなもの。途切(とぎ)れ目のないその輪っかに、途切(とぎ)れ目を作ったらあかん。  俺とアキちゃんは、永遠を(ちか)いあった(なか)なんやで。せやからな、その途切(とぎ)れ目のない愛の連鎖(れんさ)は、永遠に続く、そんな魔法でないとあかんねん。  わかるかなあ、この心意気(こころいき)。わからへんやろうなあ、生半可(なまはんか)な恋しかしたことない奴には。  とにかく俺はこの恋に、命懸(いのちか)けてた。  本気も本気、大マジですよ。

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