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11-10 トオル
アキちゃんを好きやて思う気持ちの強さで、俺に勝てるやつはおらへん。犬でもキリンでもかかってきやがれ。片 っ端 から蹴 り倒 して、俺がいつもアキちゃんの一番好きな相手でいてみせるわ。
俺はな、本来そういう武闘派 やねん。それを忘れてたね。
幸せな恋に溺 れて、ついついナヨくなってたよ。
女々 しいのは顔だけにせんとあかん。俺も一応、男の子やねんから。黙 って俺に付いてこいみたいなな、そういう強気のノリで行かな。
なんか違うか。でもまあええか。深く考えたら、訳 わからんようになる。とにかく受け身で待っててもしゃあない。そんなんベッドの中だけでええねん。
いや、俺はベッドの中でも。必ずしも受け身とはかぎらへんのやけどな。むちゃくちゃ襲 ってる時あるけど。まあなんちゅうか、襲 い受け? 恋にもそれくらいの気合いでいかんとな、って。なんかそんな覚悟 決まってたんやで。
アキちゃん盗 られてたまるかですよ。
だってな。俺はもう、アキちゃんなしでは、生きてられへん。一日だって無理や。せやから、必死やねん。
けど、向こうも必死やったんやで。勝呂端希 も。向こうは向こうで、ガチで死にかかっとったんや。それでも漲 る霊力 はまさに最高潮 やったわ。
俺が脳内恋色 で歩く間にも、辺 りはだんだん、異界 の空気やった。なんでかな、夜やねん。さっきまで昼間やったのに、空見ると、今にも降 り懸 かってきそうな満月がかかってる。
そこらじゅうに、食い散 らかされたピザ屋の宅配 みたいに、無惨 な人間の残骸 がほったらかしになってた。それに犬やカラスが集 ってて、あたかも合戦 の後や。
あおーんと遠吠 えする声が、どこかから幾 つも聞こえてた。それは一体、何の声やったんか。
このピザ食ったんは、あいつやろ。勝呂端希 。完食 せんと、お行儀 悪いやつや。
俺はそう思っただけやったけど、アキちゃんは立ちすくんでたで。ホラー映画は平気やのに、本物怖いんや。映画は作り物やって分かってるから平気で観てられるけど、これはほんまもんの人間の死体やもんな。
アキちゃんは今までそんなもん、見たことなかったんや。平和な時代の子やからな。
それ見て、勝呂端希 への恋も醒 めるやろって、俺はほくそ笑んでたけど、アキちゃんの人がええのも、俺の想像を絶 してる。
アキちゃんはそのピザが、自分のせいで死んだんやと思ったらしい。
つまりな、アキちゃんが疫神 の絵描 いて、それで勝呂端希 がラリって、この人は死んだ。せやから自分のせいやってな。
アホやねん、俺のツレ。人が良すぎ。
どう考えてもな、アキちゃんは悪くない。だって絵描 いただけやで。人殺しなんかしてない。全部、あいつがやったんや。
そうやない、あいつは悪くない、俺が悪いんやって、アキちゃんがそう思うのは、やっぱりあいつに惚 れてたせいやろか。
俺にはそうとしか思われへん。それとも誰にでもそれくらい優 しいのが、アキちゃんの悪い癖 なんやろか。
罪やで、優 しいのも、そこまで行くと。
死屍累々 を数えて、数えるのもイヤやって嫌気 がさす頃 、俺らは探し人と出会った。
墓場みたいな公園の石段に、勝呂端希 はたくさんの犬と群 れて座ってた。犬か人か、よう分からんようになった、たぶん人なんやろ、それのなれの果 て達 と。
そのくせ自分だけは、元通りの可愛い顔のままやったで。京都駅で見せてたような、いかにも獣 みたいな、そんな醜悪 さは、欠片 もなかったわ。
このくそ暑いのに、寒そうにがたがた震えて、銀狐 の毛皮ついたフードの革ジャケ着て、ポケットに手突っ込んでた。
まるで、あいつの周りだけ、冬みたい。吐 く息が白く凍 らないのが、嘘 みたいやった。
ズボンまで革やしなあ。重そうなブーツはいて、ベルトのバックルには銀で狼犬 やで。喉 には首輪 までしてる。
ワンワンやからな、首輪 してると安心なんやろ。
やっぱりこいつは、しょせん犬やねん。
それにお前、実はパンク系かヘビメタ系か?
顔可愛いから、わからへんかったけど、学校来るときは、いい子っぽい普通の服着てきてたんやろ。
鋭 い。ヘビメタやったら、アキちゃん間違 いなく引いてる。普通という名の軌道 から外 れたらあかんからな。
俺もなんか無意識に、突飛 な格好 は避 ける路線 を採用 してるわ、アキちゃんと付き合うようになってから。
たとえ誰も見てへん室内でも、衣装倒錯 は無しの方向で。裸 に毛皮とか、そんなんNGなんやで。アキちゃんの場合。
そんな俺の共感をよそに、アキちゃんは案 の定 、ドン引きしとったわ。服にやないかもしれへんけどな。
勝呂端希 はずいぶんやつれて、可愛いなりに鬼の形相 やったし、口元には乾 いた血のあとがべったりついてた。服も黒いからわからへんけど、きっと血塗 れなんやで。
それに、奴が取り巻きに連れとるやつらも、すでにもう哀 れな犬面 で、よだれ垂 らして人の言葉は舌にのぼらんようやったけど、苦しいて、そんなことを口々に言うてた。それがパッと見、四、五十人は居 る。
それにせっつかれても、勝呂端希 は知らんていう顔で、じっと一点を睨 んでた。たぶん、本人もふらふらなんや。酔 ったような、据 わった目やったで。
どことなく、銀色がかった、冷たく燃えてるような目やったわ。
その目で、しばらくたってから、奴はこっちをダルそうに見た。ダルいんやろう、ほんまに。熱にうかされた病人の目やで。
「勝呂 」
ほんまにお前かって、確かめるような口調で、アキちゃんは呼びかけてた。
それにあいつは、ほんのちょっと目を泳がせたけど、すぐには何も答えへんかった。
もしかして、もう口がきけんのやないかって、俺が疑い始めた頃、奴は口をきいた。
「何の用ですか、先輩。お手々つないで散歩の途中に、気ぃ向いて寄ってくれはったんですか」
アキちゃんは俺の手を引いたままやってん。
それがとんでもない失態 やったっていうように、アキちゃんは、俺とつないでた指をほどいて、さっと手を引っ込めた。
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