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11-11 トオル
何やとコラって、俺はむっとしたけど、この際まあええわ。
勝呂端希 はピリピリ来てた。下手 に相手を刺激せんほうがいい。
ぶちきれて暴れられたら、火事場 のバカ力ってこともあるからな。
「お前、なにやってるんや。なにやってるか、わかっててやってんのか」
分かってないといいって、アキちゃんはそんな気配のする訊 き方やった。
アキちゃんは鍔鳴 りのする水煙 を握りしめて、座っている勝呂端希 を遠目 につらそうに見てた。
つらいんか、アキちゃん。なんでつらいんや。
こいつはもともと、こういう化けモンやったやないか。
「人食うてるんです。腹が減るんで……。でももう、食い尽くしてもうたし、あとはこいつらを食うしかあらへん」
膝元 にすり寄ってきてる、でかい犬たちを、勝呂端希 は冷たく見下ろしてた。
「みんな俺のツレやったんです。中学くらいからかな。ここに溜 まって遊んだり、歌歌ったり、ゲームしたり、普通に楽しかったですわ。別に普通にです。俺が好きやていう奴もおって、遊びで付き合ったこともあるんです。遊びでね……」
震えて歯の根の合わない舌で、勝呂端希 は何となく掠 れた声で話してた。そのうち咳込 んできて、ほんまに苦しそうに咳 したあと、奴はぺっと唾吐 くように血を吐 いた。
アキちゃんはそれに、ショック受けたみたいやった。こいつも死にかかってるんやって、実感湧 いたんやろう。
「でもね、先輩と共同製作やってるときの方が、楽しかったです、俺は。絵描くやつはツレにおらんかったし、いっつもひとりで描いてたんで」
なにまた改 めて告 っとんねん。隙 あらばやな、こいつ。
もう殺 らなあかん。話聞きにきたんとちゃうねん。
さあ、やろかって、俺はやる気まんまんの目をアキちゃんに向けたけど、まだやって顔された。
むかつく。早く戦えって命令してくれ。こいつの口車 に乗せられてどないすんねん。
「犬やねん、こいつらは」
お前も犬やろっていうような事を、憎そうに言って、勝呂端希 は足下 にいた犬人間を蹴 りとばしてた。その悲鳴は、あたかも犬のものやった。
「群 れとく仲間がほしいだけやねん。一人ではなんもでけへんのや。わんわん騒 ぐばっかりで、楽しいのが取 り柄 やけどな、まともな話はでけへんねん。付き合う言うても、やるだけですよ。それだけやねん」
喉 痛いんか、勝呂 は顔しかめて、ポケットに入れてた手を出し、自分の首を掴 んだ。
元の手やなかった。青黒い、もう死んでるみたいな、鉤爪 のある鬼の手やった。
「先輩は、俺には格好 よく見えたんや。いつも一人でいて、ポリシーあって、頭も良くて、ちゃんとまともな話もできる。それに絵が……絵が好きやったんです」
自分の手を見て、泣きそうな顔して、勝呂 はアキちゃんに話してた。
「地下道に、絵描いたでしょ、先輩」
アキちゃんは、そんな話、出ると思ってませんでしたっていう顔やった。深刻 なまま、何度か瞬 きして、アキちゃんは思い出したみたいやった。
「描いた。大阪の、長堀 ってとこの地下道で、近畿 の美大 の作品コンペやるから、何か描け言われて描いたわ。一年の時にやで」
「うん、それや。見たんです、俺。長堀 で。ツレと意味なく歩いてて。森の中を、走ってる狼 の群 。それで惚 れてもうて、先輩のいる大学に来たんや。三年前です」
三年前なんやぞって、勝呂端希 は熱で潤 んでぼんやりした目で、ちらりと俺を一瞥 した。
アキちゃんは見るからに、その意図 に気づいてなかった。鈍 ッ。それもこの際、それでええけど。
つまりこいつは、こう言いたいんや。俺のほうが先やったんやぞって。三年前から好きやったんやって。
せやけど、お前、ちょっと待て。それは一方的なファン活動やろ。ストーカーみたいなもんやで。
実際会ったのは入学してからなんやから、俺より後やんか。
それで勝ったみたいに言うな。未練 がましいねん。もう振 られたんやから、おとなしく往生 しろ。しっしっ。
「そんな話、お前いっぺんもしてへんかったで」
アキちゃんの鋭 いツッコミに、犬は泣き笑いみたいな顔で頷 いてた。
「してませんでした」
「なんでや」
「なんでって……先輩が逃げてたし。それに、恥 ずかしかったんや」
恥 ずかしいって、そういう、つらそうな顔して、勝呂端希 は言った。
アキちゃんはそれに、またショック受けてた。
共感できすぎやったんやろ。
似たもの同士 やねん。結局な、そこやねん。
俺とアキちゃんは正反対。犬とは酷似 。
似たもの同士VS正反対ですよ。ベタやけど、つまりそういうことやってん。
犬が可愛 い顔してるくせに無愛想 やったんは、照 れ隠 しやったらしいわ。
それが、俺はもう死ぬて覚悟 決めて、それこそ死ぬような想 いで、京都駅で大告白やってん。
そして玉砕 。それでもまだ、言い残したことがあったわけや。
お前、必死すぎて、話の順番おかしいねん。まずは馴 れ初 め編からやろ。いきなり結論から言うたら、アキちゃんついていかれへん。
順々 に話進めてたら、うまく落ちたかもしれへんのに。お前も口下手 なんやな。おかげで俺は助かったよ。
そもそも三年も好きで、一回も会いに行かへんかったというのが変や。
学祭 とかいろいろチャンスはあるやろ。アキちゃんの大学、お前が人食う前は、門なんか常 に全開で、誰でも入れたで。
会おうと思ったら会えたやろ。恥 ずかしすぎて行けへんかったんか。
ヘビメタ少年のくせに、なに可愛 いこと言うとんねん。純情 なんか、お前は。
それ以前にやな、絵見ただけで惚 れるっていうのが、俺にはわからんわ。
絵やで。ただの絵。本人いたわけやないやろ。その頃 アキちゃんまだ京都の外には出られへん体やったんやから。
わからん。絵描くやつらの、この異常さが。
アキちゃんは、不思議 やと思ってないみたいや。絵見て惚 れられてたという、この話の脈絡 の無さに、ぜんぜん異論 がないみたい。
俺だけか。取り残されてるのは。皆は分かってるんか。この話の理屈 が。
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