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11-12 トオル
絵見て惚 れた、三年前やった、俺の勝ち、っていう、この三段論法 。通用してんのか。したらあかんやろ。
俺が先。俺の方が先なんや。犬より俺が先。
「偶然 やけど、苑 センセに声かけてもろて、一緒に共同製作やろかて。それで、こんなチャンス二度とないと思って。運命なんやって……」
言うたら死にますみたいな面 で、犬は喋 ってたで。
恥 ずかしいんやろ。アキちゃんとおんなじ性格なんやったらな。
それに、それ、偶然 やないで、たぶん。
お前、苑 センセに嗅 ぎ付けられたんや。ホモ臭 を。
ご同類 やないか。それに顔可愛 いんやから。チェックされとったんや、新入生名簿とかで。
苑 センセのパラダイス計画やったに違いないわ。全ての元凶 はあのオッサンやったんや。
そこまではな、偶然 やないぞ。でもな、運命でもない。
運命の出会いは、俺のほうや。お前やないねん。この図々 しい犬め。
「俺がアホでした……」
そうや、お前がアホやったんや。
勝呂端希 は、ぶるぶる震えてて、もう恥 ずかしいて目も合わせてられへんていう顔やった。
お前、今ちょっと可愛 いぞ。演技か、それ。マジもんやろ。恐ろしい子。
「もう、ほっといてください、先輩」
「ほっとかれへん」
アキちゃんは押し殺したような声で断言した。
犬は、なんか期待したんやろ、そんな顔して、いかにも切 なそうにこっちを見たわ。
「お前を殺さなあかん」
それが俺にはつらいって、アキちゃんの心は泣いてたと思う。
それは、おとんの教えのせいか。鬼とは申 せ神なれば、泣いて斬 るべし。か。
それとも、ほんまに泣いてんのか、アキちゃん。
勝呂端希 は、言われた意味が、とっさに分からへんかったらしい。そのまんまの意味やのにな。
あいつは首傾 げて、しばらくの間、アキちゃんが握 ってる水煙 の刀身 を見つめてた。
でも、どんなアホでも、ちょっと考えたら分かるやろ。
アキちゃんは、お前を許 さへんて言うてんのや。
「なんでや、先輩。なにがあかんのですか。生きるために食うてるんです、遊びやないで」
お前の言うとおりやって、俺には思えた。それでもアキちゃんは人間の仲間やで。
仲間食われて、放置はでけへんねん。
アキちゃんは犬に、なんも答えてやらへんかった。なんて言うていいか、わからへんかったんやろ。こっちはこっちで口下手 やからな。
「ひどい話や……先輩が俺を、殺しに来るなんて。鬼としか、思われへん」
そんな恨 み言 言いながら、喉 痛いのが、もうたまらんのか、勝呂端希 はもがくみたいに、首輪 を引きむしって捨てた。
喉 渇 くんやろ、傍 の石段に置いてあった、水か何かわからんようなペットボトルの中身の透明 な何かを、奴 は飲もうとした。
でも飲まれへんねん。喉 痛くて。
分かるわ。俺もそうやった。
アキちゃんが病気治してくれるまでの三日間。ずっとつらかった。
お前はいつからそうなんや。もう何日それを我慢 してんねん。
我慢強 いなあ、犬は。俺なら耐 えられへんで。
結局飲めなかったのを、奴 が取り巻きの犬どもに振 りまくと、犬どもは恐慌 してぎゃんぎゃん鳴いた。
こいつら元は人間やったんなら、勝呂 が自分の血飲ませて仲間にしようとしたんやろ。でも大元 が病気なんやから、いくら増やそうと、みんな結局、病気の犬や。
それにどうも、変成 に失敗してる。だって、どう見ても怪物そのものやで。
アキちゃんも、あんなふうにならんで良かったわ。成功してて良かった。
あまりにも悲惨 やで、あんなんなってたら。ただのモンスターですよ。殺すしかあらへん。
「よう助かったな、蛇 」
突然、勝呂 は俺に話しかけてきた。
犬人間 見てた俺は、ふと奴 を見た。そして微笑 してやったわ。
「おかげさんで。今日はそのお礼参 りやで」
「しぶといわ……もっとちゃんと、とどめ刺 しとくべきやった」
「そうやなあ。でも俺が死んでたら、アキちゃんお前の話なんか優 しゅう聞いてはくれへんかったで。とっくにもう八 つ裂 きにされてるわ。なんでかわかるか」
わかってたまるかという目で、勝呂 は俺を睨 んでた。
いい目やなあ。敵なんやから、そういう目してへんとな。
「アキちゃんが惚 れてんのは、俺やねん。お前なんか要 らんのや。さっさと死んで、残った半日 、俺らに大阪デートさせてくれへんか。ちょっとは気利 かせろ、わがまま犬 」
俺ってなあ、口悪 いねん。昔から。
それで悪い子やって誤解 されちゃうみたい。
せやけど悪気 はないんやで。つい、ほんまのこと言うてまうだけ。根 が正直やねん。
けど、そんなん言うたらあかんて、アキちゃんは思ってたらしい。
実 は俺もちょっと思った。
聞いた勝呂 がわなわな震 えてきて、もはやだんだんと、可愛 くはない鬼の形相 やったからな。
あかんわ。めちゃめちゃブチ切れさせてもうた。
おかしいなあ。なんでやろ。俺も内心 キレてたんかなあ、実 は。
キレててもおかしない。
目の前で再 び大告白なんかされてやで、正気 でいられるか。
一度ならず二度までもやで。こいつ、あきらめてへんのや。
まだ脈 あるって思うてる。口説 けばアキちゃんなびくかもって、そんなアホみたいなこと期待してんのや。
もう殺さなあかん。
俺はそう、確信してた。
それは勝呂 もそうやったんやろう。奴 は変転 した。
でっかい銀色の狼犬 に。
狗神 や、こいつ。
病 みやつれたとはいえ、なかなかどうして、美しいやないか。
「俺も変転 させてくれ、アキちゃん」
こうなったらもう、戦うしかあらへん。
狗 に釘付 けになってたアキちゃんに、俺が頼 むと、アキちゃんははっとしたみたいやった。
見とれてたやろ、てめえ。ほんま悪い癖 や。
「変転 して戦え、亨 」
俺を見つめて、アキちゃんは命じた。
その目には、まだどこか、苦々 しいような迷いがあった。
気にすることないねん。今の俺には、アキちゃんのために戦ってやるのが、何よりの喜び。
「承知 しました、ご主人様」
笑って答え、俺は再 び、敵を睨 んだ。爛々 と光る、金の目で。
さあ、変わるわよ。蛇神様 に。
そんな俺様の、魅惑 の変身シーンの間に、ちょっとだけ解説しよう。
この島国では古来 より、蛇 は豊穣 や繁栄 の象徴 で、縁起 のいい神さんやった。
神話に出てくる、国を作った神様のひとりとされてる大国主命 なんて、正体 は蛇 なんやで。
遠 く異朝 をとぶらえばやな、古代ギリシアでは蛇 は医術の象徴 で、今でも国際的に医療 のシンボルマークは、杖 に巻き付いた蛇 なんであります。
なんとこの蛇杖 マークは、アキちゃんの大好き映画『スタートレック』にも医療船のマークとして出てくる。
つまりやな、蛇 は一概 に悪 ではない。気持ち悪いとか言わんといてくれ。
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