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11-13 トオル

 (へび)(あく)やていうイメージは、基本、キリスト教の影響(えいきょう)やで。  エデンの(その)でぼけっと生きてたイブとかいう名の女に、知恵(ちえ)果実(かじつ)食うたら(かしこ)くなるでって親切に教えてやった俺の仲間がおって、余計(よけい)なことすんなって、そこの管理人(かんりにん)やった神さんに怒られただけや。  せやけど、そのおかげで人間たちは、今や悲しき失楽園後(しつらくえんご)で、好きな服着て、美味(うま)いモン食って、彼氏とエッチなことしたり、ネイルアートにハマったりできるんやないか。  ビバ堕落(だらく)。そういう考え方かてできるやろ。  以上、アキちゃん調べ。最後のは俺の考えやけどな。  人生、気の持ちよう。神も悪魔も、価値観次第(しだい)や。  俺が()たして(ぜん)なのか、はたまた(あく)なのか。  それを決めるのは人間様やねん。もっと言うなら、今やそれはアキちゃんしだいや。  アキちゃんが、殺せと命じれば、俺は犬でも赤ん坊でもなんでも殺す。  正義の味方にでも、悪魔にでも、どっちにでもなれる。  結局、俺はもともと、そういうもんやってん。神であり、鬼でもある。  美しくもあり、(みにく)くもある。それが異界(いかい)の力というものやないか。  アキちゃんのお(かげ)で、俺は今回、人々を(すく)う正義のヒーローで、ええモンの(がわ)。  せやけど、(あわ)勝呂端希(すぐろみずき)はアキちゃんに()られ、(わる)モンに()ちた。自業自得(じごうじとく)や。  けどそれは、紙一重(かみひとえ)やった。  もしも何かのちょっとした手違(てちが)いで、アキちゃんが俺でなく、犬の方を選んでたら、裏切(うらぎら)られた俺は、鬼と()してたかもしれへんで。  そして今回、それを()つのは狗神(いぬがみ)のほうやったかも。  それについては、俺は自惚(うぬぼ)れはしない。自分がどんだけ性悪(しょうわる)で、わがままな(へび)か、よく知ってる。  アキちゃん()きでは、俺はただの鬼。きっとそうなんや。  それを、お前は美しいわって(あが)(たてまつ)ってくれて、大事に愛してくれる、そういう誰かがいてくれたから、俺もあたかも神のごとく()()えるんやないやろか。  可哀想(かわいそう)にな、勝呂端希(すぐろみずき)。お前にもそういう誰かがいたら、良かったのかもしれへんな。  (うら)むんやったら、アキちゃんやのうて、俺を(うら)め。言われんでも、そうするやろけどな、お前の場合。  変転(へんてん)を終えた俺を、見上げる銀色の(いぬ)の目は、(あき)らかな憎悪(ぞうお)に燃えていた。どう見ても(わる)モンやった。  せやけど、ちっぽけな(いぬ)やったで。大蛇(おろち)に化けた俺から見たら。  やろうと思えば、お前をまるごと一呑(ひとの)みや。  純白(じゅんぱく)(うろこ)に守られた俺の体は、ゆったりとトグロを巻いて、持ち上げた頭を(ささ)えてた。  そこから見下(みお)ろす俺の金の目を、アキちゃんがじっと見上げてた。(しん)から(しび)れたような、陶酔(とうすい)した目で。  そのアキちゃんの目が、お前は美しいわて言うてくれてるような気がして、俺は思わず身悶(みもだ)えた。  でもそれは、戦いの前の舞踊(ぶよう)のようなもんやったかもしれへん。  (いぬ)は俺を一目見て、勝てるわけないと思ったようやった。  勝てるわけない。力量(りきりょう)が、あまりにも違うやろ。  それは一口(ひとくち)に言うと、まあ、サイズの問題。フルパワー(みなぎ)る俺は、あいつから見て、見上げるような天を()くデカさやったんや。  はぁ、と(こお)り付くような息を、俺は(いぬ)()きかけてやった。  それだけでも苦痛やったやろ、向こうは元々、疫神(えきしん)たちに(むしば)まれ、寒うてたまらず(ふる)えてんのやから。  それでも(いぬ)は、逃げへんかった。死ぬ気で戦う覚悟(かくご)やったんやろ。  どうせ死ぬんや。しっぽ巻いて逃げた負け犬として死ぬよりは、戦って死にたいて、そう思ったんかもしれへん。  それはそれで、敵ながら天晴(あっぱ)れな心意気(こころいき)。  それでも俺はこの時点(じてん)でもまだ、こいつをナメてたんかもしれへん。  とにかく死闘(しとう)は始まった。死ぬのは俺やない。(いぬ)のほうやて決まりきったような戦いがな。  アキちゃんも、ぼけっと見てる(わけ)にはいかへんかった。  いっぱいおった犬人間(いぬにんげん)達がな、あれっ、なんか美味(うま)そうな(にお)いするわって、今更(いまさら)ながら気がついたらしい。  アキちゃんて、そうやねん。外道(げどう)にモテモテ。  それは根本的(こんぽんてき)にはな、なんともいえん甘露(かんろ)(にお)うからやねん。  アキちゃんが持ってる(げき)としての血の力のせいや。俺も元々それに()られた、例のあれ。  血でも肉でも何でもええから、ちょっと食わせろって、すっかり頭おかしなって(おそ)いかかってくるワンワン達の(むれ)に、アキちゃんぎょっとしてたわ。  俺も正直、ぎょっとしててんけど、そこはそれ、水煙(すいえん)先輩がおるから。俺に任せろ、(へび)は犬やれって言わはるもんやから、水煙(すいえん)兄さんが。(まか)せなしゃあない。  アキちゃんも、なかなかやるなと俺は思った。  それともあれは、けたけた(うれ)しそうに笑ってた水煙(すいえん)兄さんの仕業(しわざ)やったんか。  剣士が剣を使ってたんやのうて、その(ぎゃく)か。  とにかくアキちゃんの剣さばきは、なかなか華麗(かれい)なもんやった。おとんの(あぶ)ない速習(そくしゅう)コースが、よっぽどためになったんかな。  これなら平気や、心配いらへんと、俺は安心して犬を追いつめた。  あいつも善戦(ぜんせん)したやろ。後で思えば、何千年を()た俺と、互角(ごかく)に戦えるような経験値(けいけんち)のないやつやった。  それでもあいつに強みがあったんは、あいつが俺の急所(きゅうしょ)心得(こころえ)てたからや。  とうとうとっつかまえて、トグロを巻いた胴体(どうたい)()めあげてやると、犬は(あわ)れに(うめ)いてた。  痛いやろな、それは。すぐには死なせへん。ゆっくり(しぼ)り上げたるわ。  お前の首を引っこ抜いてやるくらいは、俺には簡単やけど、アキちゃんがとどめは()すなって言うてるんや。せいぜい、時間かけて弱らせたるから。  俺はそれを、どんな顔で喜んでたんやろ。ちょっと夢中(むちゅう)で気づいてへんかった。アキちゃんがワンワン退治(たいじ)(いそが)しくて(さいわ)いやったで。 「どうやって、助かったんや、お前は」  それは実際に、耳元(みみもと)()かれたような、はっきり(ひび)く声やった。  ほんまもんの声やないと思う。(いぬ)はその間も、(けもの)にふさわしい悲鳴をあげてたからな。それでも(まぎ)れもなく勝呂端希(すぐろみずき)の声やったで。  それで俺はふと、どこかで正気(しょうき)(かえ)った。 「どうって……アキちゃんに助けてもろたんや」 「先輩の、血もらったんか。それで死ぬかもしれへんのに。(へび)の仲間にしたんか。先輩は、人間やったのに。もう違うやないか」  俺を(とが)める苦悶(くもん)の声で、勝呂端希(すぐろみずき)は静かに言うてた。 「あいつら見たやろ。失敗したら、ああなるんやで。化けモンやないか。今かて、ある意味そうかもしれへん。お前みたいな(へび)の、仲間にされたんやで。それでほんまに、先輩は幸せになれるんか」  なれる。俺と永遠に一緒にいてくれるって、アキちゃん約束してくれた。それで幸せみたいやったで。俺のこと、愛してるからな。  そう言う俺の返答は、勝ち(ほこ)るというよりは、なんとなく()(わけ)めいてた。  自分が何を()められてるか、なんとなく分かってたんや。 「わがままな(へび)や……お前は。親兄弟も死んで、友達もみんな(とし)食って死ぬのに、自分だけ若いまま永遠に生きていくんやで。お前しかおらん、そういう世界で、生きて行かなあかん。お前を好きなうちはええかもしれへん。でも、それはほんまに、永遠に続くんか」  わからへん。そんなもんは。(ため)してみんことには。  俺は信じてる。アキちゃんを。  俺の答えに、勝呂(すぐろ)は笑ってた。 「先輩は、そうやろ。(やさ)しいからな。でもお前はどうやろ。さっさと()きて、捨てていくんやないか。たった一人で、永遠に生きていかなあかん、地獄(じごく)の底に」  藤堂(とうどう)さん、て、俺はまた唐突(とうとつ)に思い出してた。

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