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11-16 トオル
トミ子……帰ってきてくれ。
俺は、命助けてもろた礼も、ちゃんと言うてなかったんやないか。
アホなことばっか話しとらんと、もっと真面目 に語り合っとけばよかった。
ぼろぼろ泣いてる涙 もろい俺の横で、アキちゃんは呆然 のまま突っ立ってた。
どこまで何が見えてたんやろ。見えてたとしても、何が起きたんか、これっぽっちも理解でけへんかったんとちゃうか。
勝呂 が消えたからやろ。周辺を閉じてた夜の結界 も、ふわっと解 けるように消えた。
ああ、一件落着、というノリのこっちとは対照的に、お巡 りさんたちは、これからが大騒ぎやった。
速効 でヤバいもんは、全部俺らが片づけてたけど、匿 われてたらしい本物の犬たちが、わっと溢 れ出していったし、それのどれが狂犬病に感染してるとも知れへんかった。それに、人の死体もごろごろ落ちてた。
大阪府警の下駄顔 のおっちゃんも、おっかなびっくり探しに来てみたら、京都から来た拝 み屋 ふたりの、片方は茫然自失 で、片方は号泣 やろ。アホやと思ったやろな。
まあ新米 やったんやから、そのへんの手抜 かりは大目 に見て欲しい。
結界 が晴れても、大阪の街は結局 夜やった。
中と外とで、過ぎてる時間が狂ってたんか、それとも単に、実は長い戦いやったんか。
アキちゃんは、すぐに帰ろうとはせえへんかった。車の後部座席に、ぷんぷん怒ってる水煙を放り込んで、そのまま置き去りに鍵 閉めて、どっか行こかと俺を誘 った。
楽しいお散歩って感じではぜんぜんなかったで。手も繋 がへんと、アキちゃんは適当に黙々 と歩いた。
すごい早足 やったわ。初めて歩く街やのに、ためらいもなく突き進んでた。
道を知ってたわけやないんやろ。ほんまに適当に歩いてたんやと思う。
俺はしゃあないから、黙々 とそれに付いて歩いた。
ミナミの夜は、俺が知っているよりずっと、人もまばらになってた。人食い犬が怖くて、みんなこの街を避 けてたんやろ。
ほんまはもっと、賑 やかな街なんやでって、俺はアキちゃんに教えた。寂 しい街やなあって、アキちゃんが突然 ぼやいたので。
いつもは人もあふれかえるくらい、沢山 おるし、店やら飲み屋やら、いっぱいあって、友達と遊びに来てたり、デートしてたり、なんとなく一人で来たり、そんな奴らが好き勝手に歩いてる。そんなのが、群 を成 してる。そんなような世界やった。
いろんな力がみなぎってる。そんな活力のある、楽しい街やねん。
せやけど、合うやつと、合わへんやつが、おるかもしれへんな。おとなしい奴は、この街には合わへん。強気で欲しいもんぶんどるような、がめつい根性のやつでないと、ここはパラダイスとは行かへんかもしれんわ。
俺には合ってるけど、あいつには、合ってなかったんかもしれへんなって、俺はたぶん、余計 なことを言うた。
アキちゃんは、そんな話するなて言うたきり、またずっと黙って歩いた。
ギラギラ光る、道頓堀 のネオンが現れるまで。
なんやこれって、アキちゃんは呆 れた顔して呟 いてた。
みんなも一回くらいはテレビとかで見たことあるやろ。大阪の、グリコの走ってる人とかの、あのネオン看板 やで。
アキちゃんも、ぜんぜん知らんかった訳やないんやろけど、実物見て、そのケバさに絶句 したんやろな。
京都には、ネオン看板 なんてないからな。
人気 も薄 いのに、溢 れるほどの、賑 やかな光やった。この灯 を消さへんかったのって、大阪の人の底力 というか、意地なんか。消してたまるかみたいなな。
でもそれは、京都の坊 には分からへんかったみたい。ただ惨 いようにしか、思われへんかったみたいや。誰が死のうが、この街は知ったこっちゃないんやみたいにな。
そういうんやないねん、アキちゃん、大阪は。京都みたいな風情 はないかもしれへんけどな、この街は、元気なのがええとこやねん。元気無いときでも、空元気 出して生きていく人たちやねん。
せやけど元気出せとは、その時のアキちゃんは言われへんかったな。
代わりに俺は、ネオンが映 る暗い道頓堀川 を見下ろす橋の上で、アキちゃんにこれまで俺だけが知ってた事をあらいざらい話した。
姫カットの話もしたし、そいつの正体 が実は怪物的なブスで、しかもそいつが猫になって、しばらく俺らと住んでて、そいつが俺の命の恩人 で、そいつが居 らんようになってたことに、アキちゃんはぜんぜん気づいてなくて、そして、そいつがさっき勝呂 を成仏させるて連れてった。
成仏ちゃうか。トミ子はクリスチャンや言うてたし。せやけどクリスチャンが猫に転生 したりすんのか。あいつ、実はめちゃくちゃテキトーな女なんとちゃうか。
でもな、ええ奴やってん。あいつアキちゃんが好きやった。そして俺の友達みたいなもん。あいつなら、信用できると思うし、きっと大丈夫やでって、俺はアキちゃんを慰 めた。
それにもアキちゃんが黙 ってるもんやから、俺はどうにもつらくなってきて、なんでもかんでも話してもうた。藤堂 さんのことも話した。アキちゃんがたぶん、聞きたくなかったような他のいろんな事も、思いつく片 っ端 から全部話した。
アキちゃんはそれを、橋の柵 にもたれて、痛恨 の表情で聞いてた。
きっと、つらいんや。あの犬が死んでもうて、アキちゃんはつらい。好きやったんやろ、俺に遠慮 してただけで。
ほんまは抱いてやりたかったんか。せめてキスくらい、してやりたかったか。してやったらよかったんや、俺に遠慮 なんかする必要ないねん。
不実 というなら俺かてそうやで。俺のほうがひどいかもしれへん。
アキちゃん好きやて夢中 のようでいて、あの人もう死んだやろかって、前の男も気になるねん。いろいろ思い出す。
それとアキちゃんとを比 べてるんかもしれへん、アキちゃんのほうが優しい、アキちゃんのほうがええわって、そうやって安心してる。
でももしいつか、アキちゃんよりも好きなのがいたら、俺はどうしたらええんやろ。そんなの鬼畜 そのものやないか。
せやからアキちゃんは、もし俺より好きな奴 ができたら、そっちへ行ってもええねん。そんなことしてほしくないけど、でももし、そんな目に遭 っても、俺は自業自得 やねん。
今まで人のもんをぶんどってきた、罰 があたったんや。因果応報 やねん。きっとそうなんや。
そう思って俺が我慢 するから、アキちゃんは何も我慢 せんといて。俺が泣いても気にせんと、したいようにしたらええよって、俺は一人でべらべら話してたわ。
アキちゃんは聞くだけ聞いてくれたけど、そのへんでもう黙 れと思ったみたいやった。
俺を抱きしめてキスをした。
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