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11-18 トオル

 アキちゃんが、勝呂(すぐろ)ともうひとりの女の子と、三人セットで作ってたCGは、結局、出品(しゅっぴん)されないことに決まった。  それが(おん)()やった。出したらあかんて、アキちゃんは(その)センセを説得しようとしてたけど、その必要なかってん。  コロンボ守屋(もりや)が、一連(いちれん)の変死事件は、事故か殺人か、(いま)だに結論は出てないけど、大阪で失踪(しっそう)または死亡が確認された被害者のメンツが、偶然(ぐうぜん)やでは押し切れん割合で、勝呂端希(すぐろみずき)の友人知人ばかりやった。携帯の通信記録によれば、本人がメールで現地に呼び出してる。  勝呂(すぐろ)本人も行方不明で捜索願(そうさくねが)いが両親から出てる。未成年やから実名は出ないが、場合によっては容疑者や。  そんな作品、世間(せけん)に出すと、あんまりええこと言われませんよって、(その)センセに耳打ちしてやったらしい。それで根性なしの(その)センセは、簡単にビビってくれたわけ。出品辞退で、あっさり解決。  それでも(うわさ)っていうのはよく走る。  たて続いてた変死が途絶(とだ)えて、あの恐怖はもう過去のことやって、世間(せけん)敏感(びんかん)察知(さっち)したんやろう。恐れのあまり引っ込んでたはずの好奇心が、またぞろ頭をもたげてきてた。  大学で絵描いてると、どっから来るんやっていう突撃(とつげき)取材(しゅざい)の人が、文字通り突撃(とつげき)してくることがあった。  最初は(いや)がってたはずのアキちゃんも、もう()れたというか、居直(いなお)ってきてもうたというか、お前()どっから来るねんというのが、ちょっとツボになってきたんかもしれへん。  駅前のコーヒー屋のバリスタの姉ちゃんが、実は突撃取材班のリポーターやったときには、アキちゃんあぜんとしてたわ。  アキちゃんてな、コーヒー飲んでる時は(すき)だらけみたいやねん。ぼけっとしてるんや。  それで、そんなココロのゆるむ瞬間に、コーヒー渡してきた可愛い姉ちゃんに、一連の事件の犯人はあなたですかっていきなり()かれて、頭真っ白やったんやろな。お(かた)いはずのアキちゃんは、その質問に、思わず答えてもうた。  違います、って。  でも、俺やったらよかったですよね。そのほうが、死んだ人の身内(みうち)も、誰を(うら)んだらいいか分かるし。あなたたちも、そういう悪モンが欲しいんですよね。  勝呂(すぐろ)か俺かて言うことやったら、俺にしといたらどうです。俺やったら成人してて名前も出せるし、別にいいですよ、ご自由にどうぞって、アキちゃんはその女に真顔(まがお)で言うた。  しかもそいつ、()ってたんやで、その時の映像を。どこにカメラあるやら分からんハイテク時代の迷惑さやで。  勝呂(すぐろ)くんとあなたは、どういうご関係ですかと、リポーターの姉ちゃんに問われ、ちょっと長すぎやろっていうぐらい真顔で沈黙してたアキちゃんが、ふと目を泳がせて、分かりません、と、つらそうに答える映像が、その日の夕方にはもう、テレビでがんがん流れ、それを俺らが知るより先に、おかんからはお(しか)りの電話ががんがんかかってきてたわ。  世間ていうのは、恐ろしいところや。その映像はな、夕方頃のワイドショー時間帯に速報映像として間に合ったらしいねん。まあ、どうせ、この手のニュースはもう、まとも系報道番組には出てこなくなった頃合いやったんやけどな。  それを流した局の電話も、放送直後から、がんがん鳴ってたらしい。アキちゃんがな、男前やからやねん。  今さら言うのも何やけどな、アキちゃんて、真顔でじっと見つめられると、俺かて今でも、()ずかしなってきてもうて、もじもじしてまうような、凛々(りり)しい感じの男前やねん。それでほんまに、ええとこの(ぼん)て感じ。  それを公共の電波で流したらあかんのですよ。写真でも少々やばかったのに、一分ガン見のあとの苦悩顔(くのうがお)はあかんわ。  エロいねん、(なや)んでる時のアキちゃんは。なんや(みょう)色気(いろけ)があるんや。  これ見た有象無象(うぞうむぞう)やおばちゃんや外道(げどう)が、どっと押し寄せてきたらどうしようって、俺は脂汗(あぶらあせ)だらだら出ながらテレビで見たわ。こいつ誰やねんて、世間(せけん)がじっとアキちゃんを見るのを。  本間(ほんま)暁彦(あきひこ)とは、世間(せけん)から見て、京都の旧家のぼんぼんやった。  (おど)りの師匠(ししょう)のひとり息子やった。  父親は誰ともわからんが、(おおやけ)にはできんような、どえらい男なんやないかというのが世間の空想やった。それはある意味、当たらずとも遠からず。  そして本間暁彦は、犯人なのかという世間の問いに、警察はやがて、こう答えた。  あれは事故。(したが)って、容疑者(ようぎしゃ)はおらん。狂犬病の犬が、気の毒な犠牲者(ぎせいしゃ)(おそ)ったんやって、そう結論した。  それで晴れて本間暁彦は、世間にとって、どうしてええかわからん奴になった。  画学生(ががくせい)やった。絵描きや。日本画描いてるらしい。どんな絵描くんやって、まあ順当(じゅんとう)にそういう話になり、まだ学生やから世間に出回ってる絵はほとんどない。  テレビに出ろと局の人がアキちゃんに電話してきて、お断りやと冷たく切られ、それで困ったおばちゃんとかが、どういう理屈か日本画ブーム。(ねこ)杓子(しゃくし)も絵描くねん。  京都にも行かなあかんて、京都に観光客もいっぱい来る。街が()む。アキちゃんうんざり。そんな感じ。  街を歩くと、やたらとストロボぴかぴかするんで、嫌んなってもうて、初めは怒り、怒っても意味なくて、これも居直(おなお)るしかあらへん。  そんな一方で、犬に()まれた人が、皆死んでもうた訳やない。闘病中(とうびょうちゅう)やった人のところには、警察通じて病院にアポとって、アキちゃんが疫神(えきしん)を回収しに行ってたわ。  (ぶた)の丸焼きの絵描いてな。もう、おかんが(おど)らんでも、一人でやれるようになったんやって。がっかりやな。  とにかくそれで、(みんな)治った。発病後の狂犬病が治癒(ちゆ)したのは世界的にも(めずら)しいケースやねんて。  でもその記録にアキちゃんの名前は残らへん。残るとまずい。医者やのうて、(おが)()なんやもんな。  狂犬病には、(ぶた)の丸焼きの絵が()きますって、そんなん、いかにも(あや)しいやんか。  ()かへん。そんなもんは迷信やねん。信じる者は救われるっていう論法(ろんぽう)は、現代では通用(つうよう)せえへん。  でもそれで、なんとか八方(はっぽう)丸くおさめた。  アキちゃんは自分の不始末(ふしまつ)にすべてオチをつけ、犬の絵も仕上げた。  その絵が高値(たかね)で売れたて言うて、(その)センセはくよくよし、大崎(おおさき)先生なるおかんのファンは、(わし)に一言の相談もせんと、勝手に絵描いて競売(きょうばい)したりして、けしからん言うて、くよくよしとったらしい。おかんがそう言うてた。

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