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11-19 トオル
ほんで、おかんがどうしてたかというと、どうもしてへん。嵐山 でラブラブやった。鬼やで、あの人も。
おとんがな、帰ってきたんやって。神隠 しにあってた人が、ふらっと戻ってきたみたいに、おーい、ただいま、帰ったでって、嵐山 の家の玄関 に現れて、おかんの腰 を抜 けさせたらしい。
あのおかんがやで、玄関先 にへたりこんで、お兄ちゃんお帰り言うて、わんわん泣いたらしいわ。
舞 がうちにお使いに来て、そう話してた。
アキちゃん、ものすご目泳いでたで。自分もわんわんもらい泣きして話してる舞 が、編 み上げコルセットで乳 バーンみたいな、レースひらひらの白ゴス服で、髪 なんか縦 ロールやったからやろか。
奥様お幸せそうです、おふたりで旅行に行きはるそうです。これ、ご帰還 記念の写真です。祇園祭 はよろしくて、若様 にお伝えするよう言付 かってきました。
うちも旅のお供 で参 ります。後のことは、よろしゅうお頼 み申 しますって、舞 は写真をテーブルの上についっと差 し出した。
おかん……洋服着てたで。ほんでな、おとんに腰抱かれて、超笑顔で写ってた。
紺色 の、地味 なワンピースやねんけど、よう似合 うてて美人やったわ。
アキちゃんは何か、ココロの中にあった大事 なイメージが、がらがら大崩壊 みたいな顔してた。
その写真な、おかんの弟子 の本間 さんが撮 ったんやって。あの人、カメラマンやってん。知らんかった。おとんの出征前 のあの写真、撮 ったんは、本間 さんのお父さんらしいわ。親子代々で秋津家 に仕 えてるんやって。
今のおとんとのツーショット写真撮 ってやれるんやから、あの、いつも嵐山 の家の玄関先 を掃除 してるオッサンかて、実はただモンやなかったんやで。
とにかくその人のおかげで、おうちに帰れてダディ大満足みたいな、両親のラブラブ写真を見せられて、アキちゃんはがっつり凹 んでた。ものすご傾 いてた。
そして、もうすぐ祇園祭 やな、亨 、って俺に言うた。俺と一緒に行ってくれるかって。
そんな訊 くまでもない当たり前なことを、敢 えて訊 いた。癒 されたかったんやろ。わかるで、アキちゃん。
失恋 したんやろ。つらい夏やったな。
せやけどまだまだ終わってへんで。俺といっぱい遊んで、楽しい思い出作ろう。
祇園祭 、楽しみやわ。何着ていこか。やっぱ浴衣 やろ。
せやけど俺、ちょっと怖 いわ。お前も悪い鬼やて言うて、俺も追い祓 われたりせえへんやろか。
ソファで傾 いてるアキちゃんに、俺も傾 いて甘えると、アキちゃんは、大丈夫や、亨 、心配いらへん、俺が守ってやる。神さんにも、話つけたる。
お前は俺の大事な式 やから、悪いモンやないですって、ちゃんと言うとくからって、アキちゃんは俺を励 ました。俺はそれに抱かれてデレデレし、キスしてもろて、どろどろに溶 けてた。
そんなこんなしてる日々を、俺らが禁欲 して過 ごしたかというと、そんなわけあらへん。前にも増して、やりすぎやったわ。
どっちもどっちの蛇淫 の相 やで。我慢 なんか二日は保 たへんねん。暇 さえあれば、絡 み合って生きてたわ。
アキちゃんはもう、それでいいらしかった。俺に夢中 やねん。
それにはちょっと、そうでいたいっていう願望も入ってたかもしれへん。
それでもええねん。ベタベタに甘やかされて、俺は幸せやった。これも何かの埋め合わせやろ。
幸せならそれでええねん。理屈 やないねん、恋は。
いろいろ頭で考えるより、なんも考えんと抱き合ってる時のほうが、よく分かってることがある。その事実に、俺は気づいた。
好きや好きやって熱くキスしながら抱き合って、深くお互 いに溺 れてると、お前が俺の片割 れやって、よく分かる。
その間にいったい誰が割って入れるんやろ。
アキちゃんとひとつになれば、俺は完全無欠 になれる。その愛と愉悦 を甘く貪 るのに、永遠でも短い。
うっとりじっと見つめ合って、お前が俺の全てやって思う、その瞬間、アキちゃん以外の誰かが、この世界にいることなんか忘れてる。そして、この宇宙の時が、ほんまに永遠に続く無限のものならいいのにって、心底 そう思う。
そしたらずっと、いつまでも抱き合って、見つめ合ってられるやろ。アキちゃんも俺も、それに忙 しくて、時の経 つのを忘れてるんや。たぶん、百年でも、千年でも。
せやからな、実はなにも、心配せんでええねん。
長い話やったな。結局、のろけやねん。びっくりしたか。
誰かに盗 られる、俺はもう死ぬ、そんな話もな、ふたりの限 りなき愛の世界の、ちょっとしたスパイスみたいなもんなんや。本人たちは必死やけどな、周 りはもっと迷惑やねん。ええかげんにしてくれって、水煙 いつも言うてるわ。
あいつ置き場が決まらんで、いつもリビングのソファにいるんやけど、頼 むからここでいちゃつくのやめろって、それが無理なんやったら、どこかに俺を片 づけろって、常 に言うてる。
ごめんて言うけど、アキちゃんはいつも忘れる。肝心 の時には、いつも忘れてて、無節操 やねん。
俺しか見てない。俺しか見てないねん。この集中力。
揺 るぎないその集中力によって、アキちゃんはいつも俺を幸せにしてくれる。手を握 って、果 てるまで愛してくれて、そしてまた、もう一回 。
俺は歌うで、愛の歌を。誰 憚 らず喘 ぐ。
たぶんそれが、俺が歌う歌のなかで、アキちゃんが一番好きな歌やねん。夜明けまででも歌い続けるわ。アンコールの続く限りな。
ちょっと長く喋 りすぎたわ。俺の美声 も嗄 れてくる。今夜の歌に障 りがあったらあかんし、長い無駄話 はこれくらいにとこか。
しかしほんまに、つくづく話せば長い話やったわ。ほんの何日かの出来事やったのに。それから長い時を一緒に過ごすことになったアキちゃんと俺の、おそらく一番長い日やった。
俺には恐ろしい敵やった、勝呂端希 。
でももう、あいつは死んだ。この世のどこにも、おらんようになった。あの世にはどうか、知らへんで。それもますます怖い話や。
せやけどそれくらいの緊張感 は、あったほうがええやろ、俺みたいに、すぐ調子 乗る自惚 れ屋 さんには。
勝った負けたは関係ないねん。最後に俺は、あいつに負けてた気がする。それでも俺を選んでくれって、信じる目で行くしかないわ。
そうして自分がいつもアキちゃんにとって一番好きな相手でいられるような、そんな精進 が必要や。
愛してるって見つめるしかないねん。信じて見つめれば、同じ目で、あいつは答える。
そういう奴やねん、アキちゃんは。裏切 らない。くそ真面目 で、誠実 で、浮気者 。ときどき憎い、骨まで食いたいような、愛しい俺のツレ。
ただいま売り出し中の、画家の卵 で、その正体 は覡 やねん。
何かあったら呼んだって。アキちゃん、何とかしてえなって。
きっと何とかしてくれる。優 しい男やねん。
せやけど惚 れたらあかんのやで。あれは俺のもんやから。
皆さん、そういうことで、よろしゅうお頼 み申 します。
俺の話はとりあえず、これでお終 い。大トリは、相方 に譲 るわ。
それではまたいつか、どこかでお会いしましょう。そう遠くない、いつか。
どこか普通の街の、普通でない出来事の中で。
水地 亨 が駆 けつけます。なんせ秋津 には、蛇 が一匹 、予備 は無しなんやからな。
それがこの話の、一番重要なところなんやで。皆もしっかり、憶 えといてや。
――――第11話 おわり――――
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