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12-3 アキヒコ

 由香(ゆか)ちゃんは、俺と同じひとりっ子やった。  可愛(かわい)可愛(かわい)いて甘やかされて育って、何でも自分の思うようになるって、何となくそんな自信を持ってる。そんな子やった。  将来ハリウッドで映画のCGやりたいねん、うち才能あるからと、両親を説得し、留学(りゅうがく)もさせますよと高校生を口説いてる、うちの大学の学生課の宣伝を()に受けて、希望を持ってやって来た。実際そういうチャンスはあったんや。  彼女は学年でいちばんイケてる対抗馬(たいこうば)やという勝呂(すぐろ)に近づき、その次は俺に()れた。軟派(なんぱ)な子やってんな。支離滅裂(しりめつれつ)やねん。  留学(りゅうがく)目指して頑張(がんば)る言うてるくせに、遊び回って学校休む。勝呂(すぐろ)に、うちら親友やんねと親しげにしながら、あいつの気持ちを()みにじる。そんな普通の女の子やってん。  わがままやけど、女なんて、普通みんなそうやろ。  由香(ゆか)ちゃん、俺は嫌いやなかった。特に好きでもなかったけど、明るくて、元気な子やった。調子(ちょうし)が良くて、けらけら笑って、べたべた甘えて。妹みたいな子やったわ。  そういうの、きっと見抜かれてたんやろ。本間(ほんま)先輩て、うちのお兄ちゃんみたいて、いっつも口説(くど)かれてたし。  うちら、ほんまの兄妹(きょうだい)みたい、明日から本間(ほんま)由香(ゆか)になろうかな、そうや、結婚しましょか、今。奥さんでもええわ。ふたりでハリウッド行きましょお、って、由香(ゆか)ちゃんは冗談なんかアホなんか分からんようなことを、平気でべらべら話してた。  勝呂(すぐろ)もいる(せま)い作業室で、俺とべたべた(うで)組んできながら。  殺されても、しゃあなかったんかもしれない。猛犬(もうけん)注意の(おり)の中で、無邪気(むじゃき)にはしゃいでたんやから。  勝呂(すぐろ)はずっと由香(ゆか)ちゃんに、内心キレてたんやないか。  あいつは俺の手(さわ)っただけで、気弱(きよわ)そうに(ふる)えてた。  そんなやつの目で見て、俺の顔見ればべたべた抱きつこうとする、そんな気ままなわがまま女や、アキちゃん好きやて甘え声で(ひざ)に乗ってくる、(とおる)みたいなやつが、どんだけムカついたか、なんとなく想像はつく。  でもそれが、殺されても文句の言えんような罪とは到底(とうてい)思えへん。由香(ゆか)ちゃんは気の毒や。  俺がもっと(するど)く気がついて、気をつけてやれば、死んだりしなかった。きっとそうなんや。俺のせいやって、そう思えてきて、底抜(そこぬ)けの笑顔で遺影(いえい)に写ってる、普段通りの由香(ゆか)ちゃんの日焼けした顔を、正視(せいし)でけへんかった。  こんな子が親は、可愛(かわい)かったやろ。どうせ留学(りゅうがく)なんかでけへんて、そう思ってても、好きにさせてやってたんやろ。  女の子やし、幸せな結婚でもして、それで普通に幸せになってくれればって、そんな世界観の(にお)う家やった。普通の子や。そんな子が俺のせいで死んでもうて、もう、()びるしかない。  すみませんでした、お(じょう)さんを助けられずにと()びる俺に、人殺しと泣き(さけ)ぶ母親、どうぞ気にせず、どうか許してやってくださいと頭下げる父親、そんな地獄絵図(じごくえず)やったで。  でもそれは、一連(いちれん)焼香(しょうこう)ツアーの皮切(かわき)りに、通らなあかん関門(かんもん)やってん。俺にとっては。  守屋(もりや)刑事に電話して頼むと、一連(いちれん)の事件での被害者のリストをくれた。  ほんまはこんなことできんのですよ、バレたら私も首が飛ぶんやからと、重々(じゅうじゅう)念押(ねんおし)しして、守屋(もりや)さんは出町柳(でまちやなぎ)の駅の通りすがりに、俺にデータの入ったUSBメモリーをくれた。  大阪の、下駄(げた)みたいな顔した後藤(ごとう)刑事が、アメ村封鎖(ふうさ)解決の礼ということで、特別にくれたモンらしかった。  被害者たちにとって、俺は誰とも知れない赤の他人やった。ほぼ全員が二十歳前後の若い奴で、みんな大阪の人間やった。  友達でもない見ず知らずの他人が、突然(とつぜん)家に行って焼香(しょうこう)させてくれは非常識。それは分かってたんやけど、それでも行くのは俺のわがままなんやろな。  (だま)って焼香(しょうこう)させてくれる親もいた。友達なんやと誤解(ごかい)して、()いてへんのに思い出話を滔々(とうとう)と語る家族もいた。  俺の顔をテレビで知ってて、好意や敵意を示す人も。鼻先で戸閉めて押し(だまる)る家。心をえぐるような大阪弁で怒鳴(どな)る怖いおっさんもいた。  そういう時思うんやけど、大阪弁というのは、人に喧嘩(けんか)を売るときには最高の言語やな。ものすごい、(すご)みがある。  怒っているんや、俺は悲しいんやというのが、言葉面(ことばづら)()えてストレートに伝わってくる。  そうやって悲しみに(いか)る家族がいる一方で、うちの馬鹿息子がどうなろうと知らんという、薄情(はくじょう)な親もいた。慰謝料(いしゃりょう)出るなら話聞くけどと、貪欲(どんよく)そうに言われ、俺はその家の死んだ息子が、ほんまに気の毒になった。  世の中の人間はいろいろや。幸せなやつもいれば、不幸なやつもいる。何が普通かわからへん。  俺は普通やなかったけど、たぶんいつも幸せやった。今も幸せや。  そのお幸せな京都の(ぼん)が、うっかり()いた身の不始末(ふしまつ)で、こんなに大勢(おおぜい)死なせてしもた。俺はその罪滅(つみほろ)ぼしに、なにができるんやろって、それからずっと、そのことが、俺の人生の課題(かだい)やねん。  アキちゃん真面目(まじめ)やなって、(とおる)()めてんのか馬鹿にしてんのか、はっきりせんような事をコメントしてた。  そんな(なや)んだような顔されたら、むらむらしてくるやん。スーツ()ぐついでに一発やろかて、真顔(まがお)(さそ)ってきて、あいつは帰宅するなり俺を抱く。  それを、アホかとも言えず、俺は(だま)って言うなりになってた。  たぶん、めちゃめちゃ疲れてたんや。  家に戻ってきて、(とおる)が待ってて、アキちゃんお帰りって、にこにこ言うて、いい(にお)いのする柔肌(やわはだ)で抱いてくれる。それで帰ってきたんやって思える。その単純なことに(いや)されたかったんやと思う。  スーツもええなあ、って、亨はめちゃめちゃ()えてた。  あいつな。絶対そういう趣味あるねん。衣装倒錯(いしょうとうさく)()が。  なんとなく、そんな気配(けはい)が時々むんむんするねん。  なんでそうなんや、皆して。おとんはチャイナドレスのおかんに、にっこにこしてて、亨はスーツ()えか。お前やっぱり、おとんの海軍コスプレにも(ひそ)かに()えてたんやろ。  なんでスーツ()えが分からんのやって、亨は(なげ)かわしそうに言って、自分もわざわざスーツ着てきた。おかんが仕立(した)ててやってたらしい。  なんやそれ、お前、そんな(あや)しいスーツの男なんかおるか。何者なのか(なぞ)すぎるって、俺は正直びびってた。  それは亨がな、エロかったからやねん。スーツがやないで、亨のせいやって、絶対に。  あいつには何かそういう、独特の能力みたいなのがあるみたいやねん。人を誘惑(ゆうわく)するようなな。  スーツ()えやないねん。そんなん、あるわけないから俺に。あるわけないって。  あるわけないんやって、ほとんど悲鳴。着たばっかりのスーツを()いで、半裸(はんら)(おそ)いかかってくる亨に(まだが)られ、めちゃめちゃ燃えた。そんな悲しい新境地(しんきょうち)やった。

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