97 / 103

12-4 アキヒコ

 これでアキちゃんも、立派(りっぱ)変態(へんたい)の仲間入りやなって、(とおる)は自分の白シャツの中に俺の手を入れさせながら、(うれ)しそうに言ってた。  それが(うれ)しいのはお前だけや。次は軍服かなって、やっぱり言うた。お前の芸風(げいふう)分かってきたわ。  まともな俺を、そんな変な世界に引きずり込まんといてくれ。やめてくれ、それが無理なら小出(こだ)しにしてくれ、俺の体が()たへんから。  しばらく大人しめに生きてたはずやったのに、俺と亨はまた、どっぷり(おぼ)れたようなエロエロ地獄(じごく)やった。俺は自分で自分が(なさ)けないほど、それに(おぼ)れた。底無しの(ぬま)にぶくぶく沈むみたいに。  (とおる)と抱き合ってると、なにか、際限(さいげん)がない。気持ちよくて、お前が好きやって胸が熱くて、その瞬間、他のことを何もかも忘れてる。  それに(いや)されて、亨に(すが)り付くみたいに、もう一回、もう一回って、恥ずかしげもなく強請(ねだ)ってるような自分がいてる。  俺って、もしかして、全然淡泊(たんぱく)なんかじゃなく、実は相当(そうとう)淫乱(いんらん)なんやないかって、またそう思えてきた。  それも亨のせいや。いや、責任転嫁(せきにんてんか)やのうて、その、血の話。  あいつと血が混ざって、人ならぬ身になってから、俺は気づいた。あいつと抱き合う時の、自分の感度(かんど)がな、前よりずっと、その、敏感(びんかん)みたいやねん。  音やら気配(けはい)やらが前より良く分かるようになったんやから、他の感覚も(するど)くなってるんやろな。  あいつがなんで、抱くと気持ちええわって(もだ)えまくるのか、ちょっと分かってきてもうた。  でも俺は、我慢(がまん)する。そんなの()ずかしいから。  せやけどな、もともと、これより気持ちよかったら頭おかしなるって思ってたぐらい、()かったもんが、さらに品質(ひんしつ)アップみたいな話なんやで。実際、頭おかしなる。  早く()れないと。亨ににやにやされて、俺は(くや)しい。  気持ちええってよがってる亨を、綺麗(きれい)やなあって少々の余裕(よゆう)持って見てる、それぐらいが俺には一番心地(ここち)ええねん。  そうでないと困る。アキちゃん最速記録更新(こうしん)めざしてんのかって、やったあと言われてるようでは。  ちょっと落ち着こう。話、変やで。要点()れて(しゃべ)りすぎてる。  とにかく、事件はじょじょに過去のものとなっていった。亨は元気で、俺も元気やった。相変(あいか)わらずの出町(でまち)の家で、それまで以上に仲良く()らしてる。  俺はまた、気づくと亨にめろめろやった。それを我慢(がまん)せなあかんって、もう、あんまり思えなくなってきた。()れたんやろ、それに。  出会ってから、もう半年。そして一緒に死線(しせん)をくぐった。  もしもこいつが、あるいは自分が、明日にはもう死んでていない、そんなことは無いけど、もしもそうやったときに、後悔(こうかい)しないように、言いたいことは、その時言っておかなあかんて、さすがの俺も、そんな気がした。  朝、目が()めて、亨が俺の(となり)に寝てる。アキちゃん眠いて、熱の()もった素肌(すはだ)で、抱きついてくる。  それを抱きしめて、頭か(ひたい)か、とりあえず目についたとこにキスして、起きよう、腹減った、お前が好きやって言う、そうやって始まる毎日や。  今日もそうやった。そんな風にして続く、普通の、それでも普通でない、永遠に終わらない、お幸せな日々。  それに今日は、祭りの日やった。祇園祭(ぎおんまつり)。  京都の夏が、静かに沸点(ふってん)(たっ)する、そんな日を待つ、山鉾巡行(やまほこじゅんこう)に続く、今日が宵々山(よいよいやま)。  俺と亨は祇園(ぎおん)にいた。:画商(がしょう)西森(にしもり)の店に。  俺は自分が夏の課題(かだい)()ねて()いた犬の絵を、競売(きょうばい)に出すことにした。そしてその実務を、西森(にしもり)さんに依頼した。前に別れ(ぎわ)、何か描けたら連絡よこせって、言うてもらってたからな。  それにこのオッサンやったら、きっとこの絵の取り扱いは、心得(こころえ)ててくれる。そんな予感がしたんや。  (あん)(じょう)、西森のオッサンは、また学校まで取りに来てくれた絵を見るなり、目()ましたら、絵から出てきそうな犬や、(おり)にでも入れときましょか、って俺に笑って言うた。  目利(めき)きや。そう思うのは、俺の自惚(うぬぼ)れかもしれへんけどな。  競売(きょうばい)顛末(てんまつ)について、俺は話を聞きに来た。買い手が決まったと、連絡があったんで。  西森さんの事務所は、ギャラリーを()ねたこざっぱりした店で、古びた赤い絨毯(じゅうたん)()かれ、時代を()雰囲気(ふんいき)のある建物やったけど、(すき)無く管理された、(いき)内装(ないそう)やった。  そこに仕立てのいいスーツ着た、恰幅(かっぷく)のいい実年男(じつねんおとこ)の画商西森がおって、その助手(じょしゅ)やってるらしい若い事務員がひとり。  男やで。普通女やろ。それは俺の偏見(へんけん)か。  これまたレトロっぽい趣味の、深い緑色したビロードのソファセットに、きりっと冷えた麦茶をガラスの茶器(ちゃき)で出してきてくれた事務員さんは、和顔(わがお)でぱっと見に個性はないけど、(すず)しいような(おだ)やかな美形やった。  ぜったい顔で選んでる。二十五、六くらいに見える年上のその人の、にこにこ顔に会釈(えしゃく)しつつ、俺はそう確信してた。  画商西森、(あや)しすぎ。  (とおる)はえらい、このオッサンに(なつ)いてて、店に着くなり俺は放置。最近どうやって、オッサンと話してた。  俺はつらい。この店に来るのは。  でも何か時々来てしまう。  いい絵があるし、西森さんには何か、人間的な魅力(みりょく)がある。人間的なやで。非人間的な魅力(みりょく)やないと思うんやけどな。  それに俺、じつはファザコンなんとちゃうか。マザコンだけやのうて。  西森さんは何となく、親父キャラやねん。お父さんぽい。  どっしり(かま)えてて、多少のことでは()るがへん、そんな感じ。  むかつくが、この人の店はなんや、入るとほっとする空間なんや。  まあ、それも、商売のうちなんやろ。俺はそう結論してた。俺も商売やねん。絵描きやし。絵を売ってもらいに来てるだけ。この人、その方面も、やり手らしいからな。  前回の、亨の絵の一件で、面識(めんしき)ができた大崎(おおさき)先生にも、じゃんじゃん絵を売ってるとかで、今日も(きつね)秋尾(あきお)さんが店に居合(いあ)わせた。

ともだちにシェアしよう!