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12-6 アキヒコ

 勝呂(すぐろ)には本当に、親がいて、家があったんか、俺はどうしても気になって、焼香(しょうこう)ツアーの終幕(しゅうまく)に、それを確かめに行った。  行く必要もあった。あいつが自宅のパソコンに残してたという、例のCGのデータを、抹消(デリート)せなあかんからやった。  もしも何かの間違いで、あれがまた外に()れてくるようやとまずい。  俺はあいつの家にだけ、なんでか普段着(ふだんぎ)で行った。いつもと変わらないような、普通の格好(かっこう)で。  それでも、先方の親に失礼のないように、精々(せいぜい)、京都のボンボンらしく、身なりは(ととの)えて。  あいつの家は、大阪にほんまにあった。意外なことに、金持ちやった。  なんやこれみたいな洋風の白い家で、うちのおかんが好きな『風と共に去りぬ』とかに出てくる家みたいなんやで。白い円柱(えんちゅう)とかあってな。  勝呂(すぐろ)の住んでる家とは思われへんかった。  でも間違いなくあいつの家やねん。黒い鉄で()まれた格子(こうし)の門の(わき)にある、その家の表札(ひょうさつ)には、ちゃんとあいつの名もあった。  三人家族やった。話してたとおり、あいつもひとりっ子。  前もって電話してあったんで、インターフォンに話すと、中から綺麗(きれい)なお母さんが出てきた。  ひらひらの(えり)の、白いブラウス着た、黒いフレアスカートのおばちゃん。  それは喪服(もふく)のようでもあり、地味(じみ)なようでいて、なんやら花のような(かろ)やかさのある人やった。  瑞希(みずき)ちゃんの、お友達の方ですねと、悲しみ(つか)れたような顔で、その女の人は俺に(たず)ねた。そうですと、俺が答えると、その人はやっと微笑(ほほえ)んだ。  息子は家に友達を連れてきたことがない。せやから友達がいないんやないかと、お母さんは心配してはったらしい。  もらわれっ子やからて、いじめられてるんやないかと、子供のころからずっと心配してたんやと、レースのハンカチで目頭(めがしら)を押さえながら、その洋風でひらひらのおかんは話してた。  あいつは養子(ようし)やったらしい。幼稚園(ようちえん)くらいの年頃(としごろ)に、家の前に突っ立ってんのを(ひろ)われて、いろいろ()てから、この家の子になったんやって。  首輪(くびわ)を持ってたんやと、ひらひらのお母さんは、涙ながらに(ふる)えながら話してた。この人もちょっと、錯乱(さくらん)してるんやないかと、俺は身構(みがま)えて話聞いてた。  この家は長く、子供が(さず)からんで(なや)んだ。とうとう(あきら)めて、代わりに犬を()った。  血統書(けっとうしょ)付きのマルチーズ。  男の子が欲しかったから、オスにして、ひらひらのお母さんは、生まれれば息子につけたいと(あこが)れてた、瑞希(みずき)という名を犬に与えた。  そしてほんまの息子のように可愛(かわい)がって育てた。お前がほんとに息子やったらよかったのにと、時々話しかけてみたりして。  そんなこと、したらあかんかったな。犬は犬でよかったんや。人の子の代わりなんか、できるわけない。  それでもその犬は忠犬(ちゅうけん)やったんやろ。そして深情(ふかなさ)けやった。  白い犬はある日ふらっといなくなり、ひらひらのおかんを発狂(はっきょう)させたが、やがて戻ってきた。幼稚園(ようちえん)ぐらいの子供の姿で、いなくなった時に持ってたのと同じ、犬の首輪(くびわ)持って。  それは怪異(かいい)やったんやと思う。神か悪魔に、あいつは出会った。  そういうこともあるんやろ、不思議なことばっかりの、この世の中やから。  おかんは(なや)みもせず、(ひろ)ってやった子を瑞希(みずき)と名付けた。  そいつはイイ子で育った。おとんにも忠実(ちゅうじつ)やった。  (かしこ)かったし可愛いから、会社()がせよって、お母さんは実の子みたいに可愛がってた。わがまま言わん子やった。物もねだらん。(しつけ)も行き届いてた。親孝行(おやこうこう)やった。どこに出しても()ずかしくない我が息子。  (かしこ)いからアメリカ留学(りゅうがく)やって、おかんは一緒に行くつもりやったらしいで。  でもその肝心(かんじん)な時になって、可愛(かわい)瑞希(みずき)ちゃんは突然()(まま)を言った。  友達と長堀(ながほり)のほうへ行く言うて出かけて、帰ってくるなり、京都の美大(びだい)(かよ)いたい、留学(りゅうがく)はやめてもええかと、思い詰めた顔で(たの)むんやって。  それで、ひらひらのおかんは可哀想(かわいそう)になって、そうしましょう、画家もええわねと、あっさり迎合(げいごう)。  そして可愛(かわい)瑞希(みずき)ちゃんは、おらんようになってしもた。どこ行ったかわからへん。  ()なくなる前、京都から傷だらけで帰ってきて、お母さん、許してくれとあいつは()びたらしい。  人間になられへん。なりたいもんには、俺はなにひとつなられへん。悪い子やから出ていくと、そう言って、そのまま消えたらしい。  あの子はほんまにええ子やったのにと、ひらひらのおかんは泣いていた。  どうなんやろう、それは。あいつは、ええ奴やった。でも、ほんまにそれだけか。  人にも、人でなしにも、綺麗(きれい)なとこと、(みにく)いところがあるやろ。  亨かて、そうやないか。その清濁(せいだく)合わせてはじめて、一個の存在なんとちゃうか。  あいつはいつも、自分の綺麗(きれい)なとこだけ人に見せようとしてたんやないか。俺もそうやけど。人が好みそうな、無難(ぶなん)なとこだけを見せて、それで許してもらおうとしてた。それでやっていけると。  でも、それやと(さび)しくて、俺はほんまはこんな奴やと、誰かに見せたかった。  あいつにとっては、その誰かが俺やったんやろ。  ひらひらのおかんに(たの)んで、勝呂(すぐろ)の部屋に入れてもらって、パソコンの中にあったデータを消した。  ログイン用のパスワードはな、スタートレックやったわ。STAR TREK。俺の好きな映画。  あいつも好きやって話してた。映画好きやねん。CGやる奴やしな。その辺の話、話し出したら止まらへんみたいなところあった。  なんでもよく知ってた。ほんまに好きやったんやろ。  制作(せいさく)終わったら、一緒に映画行こうって約束してた。由香(ゆか)ちゃんと三人で。  でも、たぶん、あいつは俺を(さそ)ってたんや。二人で行こうって。  行ったらきっと楽しいやろなあ、て、俺は普通に思ってた。それが後ろめたいとは、気づいてるような、気づいてないようなで。  でも、行けず仕舞(じま)いで良かったな。(さび)しいけど、行かなくて正解やった。  勝呂(すぐろ)の部屋は、可愛(かわい)いような部屋やったわ。ひらひらのおかんの趣味なんやろ。子供のときのまま。  親孝行(おやこうこう)瑞希(みずき)ちゃんが頑張(がんば)った、表彰状(ひょうしょうじょう)とか、トロフィーとかが一杯(いっぱい)(かざ)ってあって。  でも、がらんどうみたいな場所やったで。

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