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12-9 アキヒコ 【完結】
「でもな、亨 。食ったら働 かなあかんのやで。おかんに言いつけられてるやろ。街見回 って、道に迷 てはる外国の神さんいてはったら、ちゃんと道案内 せなあかんえ、って」
「いやや、俺、アキちゃんとデートしてたい」
「あかんあかん、仕事やねんから」
手を引いて、錦通 りのあるほうへ、亨 を引いていきながら、俺は諭 した。
亨 はそれに付いてきながら、しばらくぶうぶう言うてた。けど、しゃあないからキスしてやったら、大人しくなったで。
さあ大変な夏や。責任とらなあかん。
知らんと放 った疫神 が、どこまで飛 び散 ったやら。
それに、こんな血筋に生まれついた宿命 もある。お仕事三昧 、頑張 らなあかん。もう俺のせいで、誰かが死ぬのはご免 やで。
「お前まで、俺の仕事に付き合わせて悪いなあ」
連れて歩きながら、俺は亨に謝 った。こいつはもともと、勝手気ままにふらふらしてた自由人やったのに、俺なんかとデキてもうたせいで、こき使われる羽目 になるんやからな。
「気にせんでええよ。俺はアキちゃんと一緒に居 れれば、それでええねん」
観念 した笑 みで、亨は少し眩 しそうに俺を見た。
闇 の中でも、亨の目には、俺は光って見えるらしい。
「好きや、アキちゃん。俺をずっと、傍 から離さんといて」
少し離れた祭り囃子 の音を背に、亨はぎゅっと手を握 ってきて、小声で俺に頼 んだ。
「離さへん、ずっと、俺が生きてるかぎり」
「そうか。嬉 しいわ。二人で永遠に生きよう」
切ないような、愛 しげな淡 い笑 みを浮かべて、亨は俺を見た。美しすぎるわ、お前は。
「永遠か。そらまた長いなあ」
苦笑して、俺は答えた。たぶんちょっと照 れ隠 しやねん。
まともに見るのも恥 ずかしいようなお前に、好きやて言われて、俺はほんまはめちゃくちゃ恥 ずかしい。
せやけど永遠か、って、俺は安心した。
そんだけ時間あれば、さすがの俺も、いつか慣 れるやろ。平気でお前と見つめ合って、俺もお前が好きやって、平気で言えるようになるやろ。
それまで何百年かかかるかもしれへんけど、気長 に待っといてくれ。
それまではと思って、言葉で言うかわりに、俺は亨の白い頬 を指で撫 でた。亨はうっとりと気持ちよさそうに、俺の手に顔を擦 り寄 せてきた。
好きやて言う言葉は、ほんまは必要ないんかもしれへん。
こいつは分かってくれてる。うっとり見つめ合う時、俺がものすごくお前を好きなのを、きっと分かってくれてる。せやから、別に言わんでもええかなあ、なんて。
それは俺の身勝手 か。
しゃあないねん、ボンボンやから。
「アキちゃんと居 るのに、永遠でも長いってことはないで」
ちょっとすねたような顔を、亨はしてた。
「そうやな。亨、ずっと俺の傍 に居 ってくれ。お前が居 らんと、俺はあかんねん。そんなん、言わんでも分かるやろ」
せやから普段は言わへんしな、今夜だけ特別なていう含 みで伝えると、亨はまた、むっとしたような顔で、それでも笑ってた。
「しゃあないなあ、アキちゃんは。言われんでも、ずっと傍 におるよ。ずっとずっと離さへん。ずっとずっとずっと居 るよ、ずっと……」
亨はふざけてんのか、ずっとずっとうるさかった。それを連 れて、俺は夜の街を歩いた。照 れくさかったけど、ほんまは嬉 しかったんやで。
お前が好きや、亨 。お前とずっと一緒にいられて、俺は幸せや。
そう思ってそぞろ歩く夜の河原町 は、途方 もなく綺麗 やった。こんな美しい街やったやろかと、俺は思った。
きっと亨 と一緒やからやろ。こいつと手繋 いで眺 めれば、きっとどんなもんでも美しく見える。
ああ、早よ帰って絵描きたいて、俺は静かに焦 れた。
帰って絵描いて、それから亨を抱いて眠りたい。せやけど仕事あるし、それはまだちょっと無理やわ。
時間はいっぱいあるんやし、焦 ることない。焦 ることないけど、気が逸 って待ちきれへんわ。
俺にとっては二十一回目の京都の夏やった。
せやのに俺は今年はじめてこの世に生まれ出たような気がしてた。
ずいぶん長いこと、おかんの腹に抱かれたボンボンで、今やっと生まれてきたんかもしれへん。
亨と出会ってから。生きていきたいと思ったんや。
こいつと生きていけるんやったら、どんな力を自分が授 かってようと、どんな怪異 と向き合おうと、怖いことあらへん。
こんな俺で良かったわ、お陰 でお前と手繋 いでられる。
愛しい俺の蛇 。そう思って見つめた亨 は、この世のモノでないような美しさやった。
亨は微笑 んで俺を見つめ返してた。何も言わずに、お互 いの手の温 もりだけを感じながら、亨と俺は歩いた。
祇園囃子 が遠くで響 いていた。
来年もその先も、ずっと二人でこれを聞くやろう。この街がある限り。
それが永遠やったらええなと、俺は願 った。
この街は俺の故郷 、愛 しい美しい街で、この美を俺は永遠に守りたい。
時とともに変わり続けても、目を覆 う醜 さを隠 し持ってても、それでもこの街の美しさに揺 るぎはないやろ。俺はそれに、心底 惚 れている。
俺は永遠に、お前を守ってやる。この美しい街、美しい島の、えもいわれぬ美を。
なにものにも代 え難 い、美しいお前の、美しい微笑 みを。
そうやって生きていく。永遠に。お前と手を繋 いで。愛 しく見つめるその目と、見つめ合いながら。
コンチキチンと、どこかで囃子 が鳴っていた。
それはこれから無限 に繰 り返される、永遠の調 べだった。
――第12話 おわり――
【三都幻妖夜話 大阪編・完結】
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