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05 旧文の変人〈3〉*

 そうして腹を満たしほろ酔い気分になった所で向かった先は人気のない場所に建っているネオンの派手な建物だ。 「利人君どの部屋が良い? あっあれすごい、天井が鏡になっているんだって。回転式ベッドとかも楽しそう」 「普通ので良いです普通ので。一番安いとこで結構です」 「君は相変わらず謙虚だね」  そういう問題じゃないと言いそうになるが慣れない場所に戸惑い唇を閉じた。  恐らく白岡は分かっていてわざと利人に酒を飲ませている。  それは少しでも利人の緊張を解く為の彼なりの配慮――ではないのだろう。少しでも従順にさせ、少しでも拒絶を解くには少量のアルコール摂取は十分な効果を与えている。 「利人君、力抜いて」  四つん這いになっている利人は荒い息を整え、ゆっくりと息を吐く。額から汗を流しながら白岡の言葉通り身体の力を抜いた。最初の頃は混乱して力の抜き方も分からなかったが、今はどうすれば力を抜く事が出来るのか分かる。  すると、ぐんと背後から身体を貫かれる感覚に呻いた。強い圧迫感。シーツを掴み唇を噛んで更に声が漏れそうになるのを堪える。  ゆっくりと揺すられていた身体は少しずつ柔軟になっていく。熱の中心を扱かれながら挿入が深く激しいものになると、それまで苦しく不快だったものが快感の芽へと変わる。  気持ち悪い。気持ちいい。嫌だ。悦い。その境で頭を真っ白にしてもがいていると、やがて頭の中で花火が上がったかのような錯覚を覚える。 「……っぁ、あ……」  ほたほた、と白く濁った液体が自分の高ぶりから飛び出す。  白岡が離れた感触を感じ取ると、利人は汚れた場所を避けるようにして横たわった。ゴムを外した白岡は、火照った利人の首筋や額に手を伸ばして労わるように触れる。 「利人君、平気?」 「はい……。大丈夫、です」  なら良かった、と微笑んだ白岡はぎしりとベッドを軋ませて降りる。年相応に老いの見られる白岡の身体は少し細く、どこにそんな元気があるのかと疑う程だ。  少し寝ると良いよ、と言ってシャワールームへ向かう白岡を視界の端で見送るとそっと瞼を閉じた。  白岡との身体の付き合いが始まってもう三か月以上経つ。  毎週水曜の恒例行事の中、セックスをするのは二回に一回程度。ビジネスホテルに行く事が多いが、気紛れか趣味か、たまにこうしてラブホテルへ連れて来られる事もある。  まるで不倫のようだが、これはそういうものではない。白岡はバイだが利人は元々ノーマルで、ゲイになったつもりもない。挿れられるのは気持ち悪いし痛いだけで、その慰みに直接扱かれてイかされてもそれを良いとは思っていなかった。  互いに教授とその教え子という関係以上の感情は抱いていない。枕元で愛を囁き合うなんて論外だ。  だからキスはしない。必要ない。心地良くなる為の必要最低限の接触と挿入。事務的と言う程ではないが、それでもその行為は淡々としている。セックスフレンドという言葉があるが、この行為はそれですらないような気がした。  けれどだからこそ、利人はこのおかしな関係を続ける事を許せている。    ***       「ねえ雀谷君、和食好き?」  紐が解けてばらばらになった資料をページ順に並べ直していた利人は、数メートル離れた場所で机に肩肘を立てにこにこと微笑む白岡を見てぱちくりと目を瞬かせた。先日の行為の名残が残る身体は重ったるい。 「好き、ですけど」 「本当? うちの奥さん和食つくるのすっごく上手なの」  特に『のっぺ』が最高でね、と頭を少し傾ける白岡は自慢げだ。のっぺとはこの土地の郷土料理である煮物のことで、里芋や鶏肉、人参にごぼうにと具沢山。雀谷家の食卓にもしばしば現れる料理だ。 (何が言いたいんだろう)  彼はいつもそうだ。突然それまでの会話の流れとは全く関係ない話を始めたかと思えばまたすぐころころと話が変わる。  今だってそう。空き時間に彼に捕まり彼がバラした資料を片付ける手伝いをさせられているのだが、それまではこの資料にまつわる話をしていなかったか。 (唐突だ)  前置きも何もない。話変わるけど、の一言もない。  たまに思う。この教授と話すのは疲れる。 「教授、ここのページ破けてますけど簡単に直しておきますか?」 「あれ、雀谷君バイト探してるの?」  質問に質問を被せるなと利人は心の中で叫ぶ。しかも質問の内容はやはり全く関係ない。 「今度は何ですか」 「だってそれ」  白岡が指差した先には利人のブリーフケースがある。中身が透けて見えるそれの内側には求人情報誌のタイトルが見えていて、やっと納得した利人はああと頷いた。 「平日に入ってたバイトが終わるので新しいバイト先探してるんです。元々産休に入る人の代わりだったので」 「ふーん。雀谷君は学業熱心なのにバイトも頑張るよね。週末には居酒屋で掛け持ちでしょう? あ、そうだその話なんだけどね、来週の金曜日シフト入ってるかな?」 「金曜ですか? その日は入ってませんが」 「本当! 良かった」  にこにこ、と安心したようにこれまた機嫌の良い笑みを浮かべる白岡に利人は怪訝そうに眉を顰めた。少し嫌な予感がする。 「うちにおいで。僕の奥さんの美味しい手料理、ご馳走してあげる」 「え?」  ね、と色素の薄い瞳を細めて教授は楽しそうに笑った。  利人の足元では手から滑り落ちた資料が無残にも散らばっている。

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